第46話.この借りは返してやる
「一体どういう体なんだよ……」
医者のグレッグが呆れたように呟いた。
「あんた、本当に人間なのか?」
「俺に聞かれても困る」
俺は上半身の服を脱いで椅子に座ったまま苦笑した。
ここは診療所だ。昨晩、暗殺者との戦いで麻痺毒に侵された俺は……ここで治療を受けているのだ。
「普通の人だったら命まで危ないはずなのに……もう回復し始めている。どういうことだ?」
「だから医者はあんただろう? 俺に聞くな」
「医学では説明できないから困っているんだよ」
グレッグは俺の肩に包帯を巻いてから席を立つ。
「どうやらあんたは……他人を患者にすることに関しては一流でも、自分が患者になることに関しては三流みたいだ」
「医学的な説明、ありがとう」
俺はもう一度苦笑して服を着た。その時、誰かが部屋に入ってきた。
「レッドさん」
それはロベルトだった。
「お怪我の具合はいかがですか」
「医者さんの話では問題ないようだ」
「それは幸いですね」
ロベルトが頷いてグレッグを見つめた。グレッグは「じゃ、私はこれで」と言って部屋を出た。それで俺はロベルトと2人っきりになった。
「レッドさん」
ロベルトは俺の真正面に座って口を開いた。
「大体のことはお聞きしましたが……昨晩のことについて、もう一度ご説明いただけますでしょうか」
「ああ」
俺は昨晩のことをできるだけ詳しく説明した。
「なるほど……」
ロベルトは顎に手を当てて、しばらく考えにふける。
「……レッドさん、その暗殺者の正体なんですが」
「心当たりがあるのか?」
「はい」
俺とロベルトの視線が交差した。
「『夜の狩人』という名前を……お聞きになったことはございませんか?」
「初耳だな」
「彼らは裏社会に密かに伝わる暗殺集団です」
暗殺集団……。
「『夜の狩人』は莫大な金額の依頼料を受けて暗殺を行い、今まで失敗したことがないと言われています」
「なるほど」
「正体を隠して目標に近づいたり、闇に紛れて潜入したりと、いろんな手法を駆使しますが……暗殺自体は必ず夜に実行し、任務成功の証拠として目標の首を持っていきます」
「だから『夜の狩人』か」
俺は昨晩目撃した首のない遺体たちを思い出した。
「まるで怪談みたいだな。そんなやつらが実在するのか」
「本当に怪談のような存在ではあります。何しろ……『夜の狩人』の暗殺者と戦って生き延びた人は、私が知っている限りレッドさんだけですから」
ロベルトの顔に微かな笑みが浮かんだ。
「で、そいつらがラズロを暗殺した理由は……やっぱり口封じだろうな」
「はい」
ロベルトが頷いた。
「この都市に薬物を広めた『黒幕』は、誰かが自分を追跡していることに気付いたんでしょう。だから暗殺者を派遣し、自分の正体を知っているラズロを殺した……そう見るのが一番妥当です」
「そうだな」
俺も頷いた。
「しかし……暗殺者は何故女の首まで持っていったんだろう」
ロベルトの説明によると、『夜の狩人』は目標を殺してその首を持っていく。しかしラズロの首ならまだしも、何故一緒にいた女の首まで持っていたんだろう。
「私もその点が怪しいと思っていました」
ロベルトが眉をひそめる。
「ラズロだけではなく、女の首も持っていった……つまり、最初からその女も暗殺の目標だったんでしょう」
「その女がただの娼婦ではなかったと?」
「はい、もしかしたら……彼女はラズロと黒幕の間を繋ぐ連絡係だったのかもしれません」
「可能性はあるな」
協力者のラズロ、そして連絡係の娼婦を殺し……自分に辿り着く手掛かりを全て抹殺したわけだ。
「恐ろしいやつだ」
「まったくです」
「だが……まだ道が完全に塞がれたわけではない」
俺とロベルトは席から立ち上がった。
「死んだラズロと娼婦の周りを調査すれば、何かが分かるかもしれない」
「はい、直ちに調査するつもりです」
「俺は鼠の爺に会ってみるよ。爺なら謎の集団についても知っているだろう」
「分かりました」
俺はロベルトと別れて診療所を出た。太陽が眩しかった。
大通りでは子供たちが笑いながら走り回っていた。それを見ていると……『薬物』や『暗殺者』などとは関係のない、平和な都市に見える。
しかし実際はそうではないのだ。今この都市は見えない危機に晒されている。そしてその危機をもたらした『黒幕』を……俺は見逃してしまった。
あの暗殺者とは、いずれまた戦うことになるだろう。今度は……逃がさない。俺は拳を握ったまま、太陽の下でそう誓った。




