第462話.両家の業
ベルス男爵はしばらく考え込んでから、また口を開く。
「お前に……1つ頼みがある」
「言ってみろ」
俺が無表情で返すと、ベルス男爵は少し間を置いてから話を再開する。
「……さっきも言った通り、ルイゼン男爵家との対立は私の1人の意志ではない。多くの領民の総意だ。しかし……若い連中の一部は、それが無益な対立だと言っている」
「そうか」
「愚かなやつらさ」
ベルス男爵が首を横に振る。
「我々もルイゼン男爵家も多くの血を流してきた。両家の業は簡単には消えない。それなのに和解を主張するなんて……現実を知らないにも程がある」
「で、あんたの問題は何だ?」
「問題は……その愚かなやつらの中に、私の息子がいるということだ」
「……なるほど」
俺は微かに笑った。全てが理解出来た。
「噂はもう聞いた。あんたの領地で反乱が起きたけど、それに関しては厳しい箝口令が敷かれたと。つまり反乱の首謀者は……あんたの息子なんだな?」
ベルス男爵の顔が怒りで歪んだ。
「私の息子、パウルは3年前……『ベルス男爵領を復興する方法を探す』と言い残して、王都に留学に行った。そして王都で……女の子と付き合い始めた。よりにもよって……ルイゼン男爵家の長女と」
「はあ……?」
俺は思わず失笑した。
「まさかそんな小説みたいなことが本当に……?」
「私も信じたくない。だが全部事実だ」
ベルス男爵の顔が更に歪んだ。
「王都から戻ってきた息子は、ルイゼン男爵家との和解を強く主張した。私が断ると、自分に賛同する若者を連れて南の要塞に閉じ籠ってしまった」
「それで息子が反乱の首謀者になったわけか」
「……やつはもう私の言葉を聞こうともしない。このままでは……全員処刑するしかない。しかし……」
ベルス男爵が俺を見つめる。
「パウルは……『赤い化け物』を尊敬している。武力で戦乱の王国を制覇している『赤い化け物』に……強い憧れを持っている」
「俺に息子を説得して欲しいんだな」
俺はベルス男爵を見つめ返した。
「少し安心したよ、ベルス男爵。冷血漢のあんたも……息子は大事みたいだな」
「当然だ」
ベルス男爵が少しの迷いもなく答えた。俺は頷いた。
「分かった。あんたの頼みを聞いてやる。だが俺にもいくつか条件がある」
「言ってくれ」
「まずはあんたが囮にした雀団にちゃんと謝罪しろ。あの人たちは、あんたのせいで死にそうになったからな」
ベルス男爵は少し考えて「分かった」と答えた。
「他にも条件があるのか?」
「あるさ。俺があんたの息子を無事に連れてきたら……彼とルイゼン男爵家の長女を婚約させろ」
それを聞いてベルス男爵が目を丸くする。
「無理だ……! 我々とルイゼン男爵家の間の業は……そう簡単には……」
「そんなもの、俺が全部背負ってやるよ」
俺も拳を握りしめた。
「先に和解を言った方が負け……なんだろう? じゃ、俺が仲裁者になってやる。俺の名の下で、両家はこれから共存の道を歩むんだ」
「何を馬鹿なことを……」
「じゃ、このまま両家ともに滅ぶか?」
俺とベルス男爵は互いを睨みつけた。
「別に俺が手を下さなくても、このまま衰退が続いたらベルス男爵家もルイゼン男爵家も滅ぶ。あんたらは本当にそれでいいのか?」
「くっ……」
「パウルとルイゼン男爵家の長女がどうして親の意思に逆らっているのか……その理由がまだ分からないのか? 2人は……本当に心配しているんだ。両家の未来を」
しばらく沈黙が流れた。沈黙の中でベルス男爵は俺を睨みつけたが……やがて視線を落とす。
「……分かった」
ベルス男爵が力の無い声で言った。
「息子を助けてくれるなら……ルイゼン男爵家に和解を提案してみる。しかしルイゼン男爵家が受け入れるはずがない」
「心配するな。そいつらも俺が言い聞かせる」
俺が席から立ち上がった。どうやらベルス男爵領での戦いは……まだ続くみたいだ。




