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第461話.総意

「レッド君!」


 ベルス男爵が去った時……後ろから呼び声がした。振り向くと白猫と黒猫が見えた。2人は傷1つ負っていない。それを確認して俺は安心し、黒猫の頭を撫でてやった。黒猫も安心した顔になる。


「どうなっているの? 今の人、ベルス男爵なんでしょう?」


 白猫が聞いてきた。俺は「ああ、そうだ」と答えた。


「どうやら俺たちはやつの城に招待されたようだ」


「招待?」


「ああ」


 俺は猫姉妹と一緒に歩いて、俺たちの馬車に戻った。馬車はトムが守っていた。


「総大将! ご無事ですか!?」


「もちろんだ」


 トムに頷いてから俺は馬車の荷台に入った。そして鮮血のついた服を着替えた後、御者台に座った。


「雀団には悪いけど、俺たちは1歩先にベルス男爵の城に向かう。みんな、くれぐれも気をつけてくれ」


 猫姉妹が頷き、トムが「はっ!」と答えた。俺は馬車を出発させた。大きな荷馬車は山道をゆっくりと進み、ベルス男爵の城へと向かう。


「……つまり」


 ふと隣の席から白猫が口を開く。


「私たちと雀団を囮にしたのね? ベルス男爵は」


「その通りだ」


 俺は苦笑した。


「まず雀団に『塩を買いたいから私の領地まで来い。護衛部隊を派遣してやる』と連絡を入れる。そして『お金持ちの行商団が来ている』という情報を流して、山賊に雀団を狙わせる。上手く事が運んだら、わざと護衛部隊を遅らせて……雀団が山賊にやられるように放置する」


「襲撃に成功した山賊が戦利品を運ぼうとすると、それを後方から叩いて一網打尽にする……というわけね」


「おまけに塩もただで入手出来るからな」


 その言葉を聞いて白猫も苦笑する。


「戦術としては賢いかもしれないけど、相当汚いやり方だわ」


「ああ、何度も出来るやり方ではない」


 俺は無表情に戻った。


「もちろんベルス男爵は『護衛部隊が遅れたのは、不運な事故だった』と公表するだろう。しかし行商人たちも馬鹿ではない。ベルス男爵は信頼出来ないと判断し、もう彼とは取引しようとしないはずだ」


「それを知った上で、ベルス男爵はこんな汚い戦術を使ったのね」


「そうだ。たぶんやつは……かなりの窮地に追い込まれているに違いない」


 俺がそう呟いた時、向こうから3人の軽騎兵が現れた。ベルス男爵の部下たちだ。


「俺たちが城まで案内してやる」


 軽騎兵の1人がそう言った。ま、『案内』というより『監視』だろうけど。俺は無言で馬車を操縦して深い山を進み続けた。


 やがて日が暮れて、周りが暗くなった。俺たちは一旦馬車を止めて、馬車の側面のランタンに火をつけてから旅を再開した。


 そして数時間後……山を抜けた先に、微かな光が見えてきた。遠くに巨大な建物があり、そこから光が漏れている。あれがベルス男爵の城だ。


「やっと任務の目的地に到着したわね」


 白猫が笑顔で言った。俺は無言で頷いた。


---


 深夜の月に照らされながら真っ暗な城下町を通って……俺たちの馬車はベルス男爵の城に辿り着いた。


 俺は城の全貌をちらっと確認した。厚い城壁、深い堀、高い監視塔……美しさより実用性を優先した城だ。規模は大きくないけど、頑丈な軍事拠点だ。


 城の畜舎に馬車を任せた後、俺たちは本館に向かった。ベルス男爵の兵士たちがそんな俺たちをずっと見つめている。


「いらっしゃいませ、お客様」


 本館に入ると、数人のメイドが迎えてくれた。


「男爵様との面会は明朝です。部屋にご案内しますので、今夜はごゆっくりお休みください」


 メイドの案内に従って、俺たちは城の廊下を歩いた。もちろん兵士たちもついてきた。俺たちが少しでも迂闊に行動したら、その場で剣を抜くだろう。


 城の廊下は質素だ。ランタンや蝋燭以外は、数点の肖像画が壁に掛けられているだけだ。たぶん……歴代のベルス男爵家当主の肖像画なんだろう。


「こちらです」


 城の東まで行くと、4つの部屋が用意されていた。俺は自分の部屋に入る前に、みんなの方をちらっと見た。白猫と黒猫とトムが小さく頷く。たとえ罠があっても……この3人なら問題無いだろう。


 客室は綺麗に掃除されていて、結構広い。ベッドも浴槽も高級なものだ。どう見ても『行商人』のための客室ではない。


「やっぱりか」


 俺は笑った。やっぱりベルス男爵は俺の正体に薄々気づいているに違いない。


---


 翌日の朝……俺は客室で1人で朝食を食べた。そして覆面を被ってしばらく待っていると、メイドが扉をノックしてきた。


「面会の時間です」


 その言葉を聞いて、俺は部屋を出た。メイドは俺を城の2階まで案内してくれた。そこにはベルス男爵の執務室があった。


 執務室に入ると、屈強な体格の男が見えた。この城の主、ベルス男爵だ。彼は窓際に立って外の風景を眺めていた。


「……噂なら何度も聞いた」


 ベルス男爵が口を開く。


「西には『赤い化け物』という存在がいて、とんでもないほど強い……とな」


「そうか」


「所詮は噂に過ぎないと思っていたが……」


 ベルス男爵が俺の方を振り向く。


「罠を看破する判断力、たった1人で百人の山賊を圧倒する武力……確かに化け物と呼ばれてもおかしくない」


 ベルス男爵と俺の視線がぶつかる。


「しかし……その『赤い化け物』も、今は王国の頂点である公爵の1人だ。まさか公爵ともあろう者が……他人の領地に土足で入るような真似はしないと信じたい」


「……へっ」


 俺は笑った。


 領地を持っている貴族には『自治権』がある。いくら国王や公爵だとしても、他の貴族の自治権を完全に無視することは出来ない。事前告知無しに他人の領地に入るのは、場合によっては侵略行為に見なされる。


「心配することは無いさ」


 俺はベルス男爵を直視した。


「今の俺は、小さな行商団の御者兼護衛だ。そう思ってもらって構わない」


「……分かった」


 ベルス男爵が無表情で頷いて、席に座る。俺も近くの椅子に座った。


「では、御者兼護衛に聞こう。お前はどうしてこの地に来た?」


「あんたの行動の理由を知るためだ」


 俺は腕を組んだ。


「まだ俺は東部地域に関して詳しくない。でもこのベルス男爵領が衰退しているのは知っている」


 ベルス男爵の顔が強張る。


「一刻も早く山賊を駆逐して経済交流を活性化しないと、ベルス男爵領の発展は完全に頓挫する。それくらいはあんたも知っているはずだ。なのに……あんたはルイゼン男爵との無益な対立を続けて、ロウェイン公爵の軍事支援も断った」


 俺はベルス男爵の顔を注視した。


「行商団を囮にする作戦なんて……話にならない。そんなことすれば、長期的には経済を更に疲弊させるだけだ。どうしてあんたは……自ら衰退の道を選んでいるんだ?」


「……ふふふ」


 ベルス男爵が笑い出す。


「やっぱり勘違いしているようだな、他地方の人間は」


「勘違いだと?」


「そうだ」


 ベルス男爵が冷たい視線で俺を見つめる。


「私の統治方針を……ただ非合理的な判断だと思っているんだろう? しかし……これは私1人の意志ではない。この地に住んでいる領民たちの総意だ」


「総意……」


「ああ、総意だ」


 ベルス男爵が笑顔で頷く。


「例えば……『ルイゼン』という名前は、この地では『どうしようもない卑怯者』という意味で使われる。この地の男にとって『ルイゼン野郎』という言葉は、最低の侮辱だ。その場で決闘が始まってもおかしくない」


「ほぉ」


「分かるか? ルイゼン男爵家との対立を望んでいるのは……私ではない。この地の領民たちなんだ。私は彼らの総意を代弁しているだけだ」


「その結果、この地が完全に衰退するとしても……か」


「その通りだ」


 薄笑いを浮かべて、ベルス男爵が説明を続ける。


「お前も地図を見れば分かるだろうけど、この地は数百年前から孤立してきた。険しい山に囲まれて、狭い平地を得るために……殺し合ってきた。そんな地に住んでいる人々は、発展や経済みたいな『合理的なもの』では団結しないだんよ」


 ベルス男爵が鋭い目つきで俺を見つめる。


「そう、この地の人々を団結させるのは……憎しみだ。隣の地方の連中を憎しむからこそ、私たちは地獄のような争いの中でも団結して耐えることが出来たのだ」


「……なるほど」


 俺は苦笑いした。


「あんたの言うことは理解出来た。確かに憎しみは……場合によっては大きな力となる。俺もその事実をよく知っているさ」


 俺とベルス男爵の視線がもう1度ぶつかった。


「だがな……あんたは本当にそれでいいのか?」


 ベルス男爵の顔が更に強張る。


「たとえ領民たちが憎しみに包まれて、衰退の道を選んでいるとしても……それをもっといい方向に導くのが指導者の役割なんじゃないのか?」


「知ったような口ぶりを……」


「あんたは自分の権力さえ守れれば、この地の人々はどうなっても構わないのか?」


 俺はベルス男爵を睨みつけた。


「もしあんたがそんな種類の指導者ならば……俺はあんたを力で排除する。たぶんその方がこの地の人々のためだ」


「……ふふふ」


 ベルス男爵が笑った。


「どうやら赤い化け物は……噂以上に面白い存在のようだな」


 ベルス男爵はしばらく考え込んでから、また口を開く。


「お前に……1つ頼みがある」

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