第460話.山賊と猛獣
「なるほど」
俺は近づいてくる山賊の群れを見て、瞬時にその戦力を把握した。こいつらは……それなりに戦術的な動きをしている。
この山賊たちは険しい地形と谷を利用して上手く姿を隠し、雀団が通るのを待っていた。不意に奇襲を仕掛けて雀団を殺し……物資を奪うつもりだったんだろう。でも俺のせいで雀団が止まると、獲物を逃さないために出てきたわけだ。
「やつらを逃がすな! 退路を遮断しろ!」
大柄の山賊がそう叫ぶと、数人の山賊が山道を迂回して雀団の後方に回り込もうとする。まるで訓練された軍隊みたいな動きだ。そう、こいつらは『襲撃と略奪』に関しては専門家なのだ。
だが俺からすれば……ほぼ無抵抗の民間人だけを狙う山賊など、百人だろうが2百人だろうが何の脅威にもならない!
「うおおおお!」
俺は腰から剣を抜いて突進し、正面から来る山賊を斬り捨てた。やつの上半身が両断され、鮮血が降り注ぎ……血の匂いが広がる。
「ひいいいいっ!?」
「な、何だ……あいつは!?」
一瞬で仲間が殺された光景を見て、周りの山賊たちが驚愕する。まさか行商団の中に反撃してくる人間がいるとは、思ってもいなかったんだろう。
「ぐおおおお!」
俺は剣を大きく振り下ろして、右側の山賊を縦に両断した。そしてやつの血が地面に降り注ぐよりも速く動いて、左側の山賊の首を跳ね飛ばした。
山賊たちの鮮血を浴びて、俺の全身が真っ赤になる。顔を隠しているのに……これではまるで『赤い化け物』だ。
「あのデカいやつには近づくな! 矢を放て!」
大柄の山賊がまた叫ぶと、矢を持っている連中が一斉に射撃してくる。遠距離からの集中射撃は少数の強敵を倒すのに最適の手だ。俺は飛んでくる矢を全部剣で弾き飛ばした。
「他の連中を捕まえて人質にしろ!」
また大柄の山賊が指示を出した。あの野郎……山賊の頭領にしては指示が正確だ。俺は内心苦笑した。
もしここが広い平原だったら、百人の山賊など俺1人で十分だ。全速力で突進し、目の前のやつらを全部斬り捨てればいい。しかしここは……険しい山道の真ん中だ。俺が1歩進む度に、木の枝や根が俺の巨体を邪魔して……速度を上げにくい。つまり敵からすれば矢で俺を牽制して、雀団の行商人を人質に取れば有利になるわけだ。『強敵を足止めして弱い敵を倒す』……そういう戦術の基本を、山賊の頭領はそれなりに活用している。
「へっ」
俺は『森林偵察隊』と森で戦った時のことを思い出した。あの時もこんな形で苦戦した。もちろん森林偵察隊に比べたら、この山賊たちは弱すぎるけど……数が多いし、雀団も守らなければならない。厄介な状況だ。
だが山賊たちには不幸なことに……こちらには誰よりも機敏な元暗殺者がいる!
「ふふふ」
妖艶か笑い声と共に、義姉の白猫が突進する。そして行商人を捕えようとする山賊に接近し、やつの右肩に短剣を差し込んで無力化する。その一連の動きが速すぎて、山賊は状況も理解出来ずに悲鳴を上げながら倒れる。
白猫は雀団に近づく山賊たちを次々と倒す。険しい地形など、彼女の機敏さには何の問題にもならない。踊るかのように動いて敵を襲うその姿は、まるで本物のネコ科の猛獣のようだ。
「……お姉ちゃん!」
そして小さな人影が白猫に加勢する。義妹の黒猫だ。小柄の黒猫は2メートルを超える木の棒を振るい、近づいてくる山賊を容赦なく叩く。
「レッド君!」
白猫が俺を呼んだ。
「後ろは私たちに任せて、あなたは前に進みなさい!」
「ああ」
俺はニヤリと笑った。猫姉妹の活躍によって山賊たちは阻止され、その隙に雀団は撤退を開始した。もう雀団が人質にされる心配は無いし、山賊たちは慌てて動きが鈍くなった。つまり……思う存分に暴れることが出来る!
「ぐおおおお!」
俺は飛んでくる矢を剣で弾き飛ばしてから、空高く跳躍した。そして頭上の太い木の枝を左手で掴み、精一杯引っ張ってもう1度跳躍した。
「な、何……!?」
数メートルも飛び上がった俺を見て、山賊たちが驚愕する。俺はそんなやつらを見下ろしながら急降下して……そのまま山賊の頭領を頭から踏み潰した。轟音が轟き、山賊の頭領は一瞬で肉片になってしまう。
「ば……化け物だ……!」
「う、うわあああっ!?」
頭領の悲惨な死に様に、周りの山賊たちは恐慌に陥る。粗末な武器を捨てて、悪魔に追われているかのように逃げ散る。もうやつらは戦えない。山賊たちには強者に立ち向かえる勇気など無いのだ。
逃げ散る山賊たちを放っておいて、俺は猫姉妹のところに戻ろうとした。しかしその時……山賊たちの後方からまた多数の人間が現れる。革鎧と剣を装備し、指揮に従って一心不乱に動く集団……正規軍だ。
「連中を皆殺しにせよ!」
いきなり現れた正規軍は、逃げ散る山賊たちを追撃して……容赦なく殺す。文字通りの皆殺しだ。
そして山賊が全滅した時、正規軍を指揮していた男が俺に近づいた。屈強な体格と髭だらけの険悪な顔をして、手には大斧を持っている中年の男だ。
「お前は……」
屈強な男は俺を見つめる。俺もしばらく彼を見つめ返した。
「……なるほど」
屈強な男がニヤリと笑った。
「ついて来い。話がある」
「ああ」
俺は屈強な男の提案に応じた。ある意味、これは俺にも都合のいいことだ。何しろ……今回の任務の目標である『ベルス男爵』に出会えたのだ。




