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第459話.やってくれたな

 翌日、俺たちと雀団は野営地を解体してまた北に向かった。10台の荷馬車が1列に並んで道路を進む。目的地のベルス男爵領はもう目の前だ。


「あ、見えてきたわ」


 午前10時頃、隣の席から白猫が声を上げた。前方に大きな山が見えてきたのだ。


「あの山を越えたらベルス男爵領よ」


「予定通りだな」


 俺は頷いてから馬車の速度を少し落とした。この辺も道路の状態が悪い。無理に走ったら荷馬車が故障する恐れがある。雀団の荷馬車も一斉に速度を落とし、慎重に山に向かった。


「……ね、レッド君」


 山に向かう途中、白猫が小さい声で俺を呼んだ。


「どうした、白猫?」


「昨日の夜は……ありがとう」


 普段とは違う、真面目な声で白猫が言った。


「私も黒猫も……あなたに会えて本当によかった」


「……やっぱり聞いていたのか」


「ふふふ、元暗殺者だからね」


 白猫が笑う。


「以前、言ったでしょう? 私はね、黒猫ちゃんに出会う前は……とても暗い性格だったわ」


 白猫は無表情で視線を落とす。


「組織に命令されるがままに任務をこなす内に……いつの間にかこう思うようになったの。私は何も悪くないって。悪いのは……暗殺を依頼した人たちって」


「『暗殺集団は道具に過ぎない。そして道具に罪はない。罪は扱う人間にある』……か」


「ふふふ……青鼠から聞いたんでしょう? その言葉」


 白猫が寂しげに笑う。


「でもそれって言い訳だよね。だって、お金さえもらえば誰でも殺す集団に罪が無いわけないから」


 白猫が無表情に戻る。


「結局私はある結論に至ったわ。人間の命なんて……大した価値が無いという結論に。私だけじゃない。青鼠も、フクロウも、夜の狩人の戦闘組はみんな……同じ結論に至った」


 自分の手を見下ろしながら、白猫は冷たく言った。


「罪の意識から逃げるための歪んだ考え。そしてそれはいつの間にか自分自身に帰ってくる。いつの間にか自分の命すら……軽く思うようになる」


 俺はアイリンに出会う前の自分を思い出した。世に対する怒りと憎しみは……いつの間にか自分自身に帰ってきていた。


「黒猫は……そうなる前にレッド君に出会った。レッド君という太陽が……あの子を照らしてくれた。本当に……ありがとう」


「感謝される筋合いは無い。黒猫は俺の義妹でもあるからな」


「……うん」


 白猫がゆっくりと頷いた。俺は手を伸ばして、義姉の手を握った。


---


 やがて正午になり、10台の荷馬車は山道に進入した。


 道の幅は結構広いけど、やっぱり整備されていない。走って進むのは危険だ。俺たちは馬車の速度を更に落として、ゆっくりと山を越えていった。


「止まれ!」


 いきなり前方から数人の騎兵が現れて、こちらに向かってきた。服装からしてベルス男爵の軽騎兵隊だ。俺たちは素直に馬車を止めた。


「あんたらが雀団なのか?」


 軽騎兵隊の1人が警戒の眼差しで聞いてきた。モリツが「はい、そうです」と答えた。


「これから検問を行う。通行証と荷物を見せてくれ」


 軽騎兵隊は雀団の通行証と馬車の荷台を確認した。俺と白猫も検問に応じようとしたが、その必要は無かった。先頭の5台だけ確認して、軽騎兵隊が検問を終えたのだ。


「男爵様があんたら雀団のことをお待ちでいらっしゃる」


 軽騎兵隊の1人が無表情で言った。


「あんたらが来たらすぐ通せ、という指示があった。だからあんたらは寄り道なんかせずに、このまま城に向かってくれ」


「はい、分かりました」


 モリツは頷いてから、軽騎兵隊に少しお金を渡した。検問を早く終えてくれた謝礼……というより賄賂だ。


「ところで、ベルス男爵様の部隊が城まで案内してくれることになっていますが……」


「そういうことは俺たちも知らない。俺たちはただ検問を行っているだけだ」


 モリツの質問に対して、軽騎兵隊は首を横に振った。本当に何も知らないみたいだ。モリツは「分かりました。じゃ、私たちはこれで」と言って雀団を出発させた。


「……割とあっさり終わったわね」


「そうだな」


 俺と白猫は内心安堵した。雀団のおかげで、検問に引っ掛からずにベルス男爵領に進入出来たのだ。


「でも油断するな、白猫」


「分かっているわ。順調すぎる時こそ……必ず何かが起きるから」


 雀団を追って山道を進みながら、俺と白猫は周りを警戒した。荷台に乗っているトムと黒猫も身を構えた。いざとなったらすぐ対処出来るように。


 しかし……いくら山道を進んでも、俺たちの前には何も現れなかった。


「……これはどういうことだ?」


 俺は眉をひそめた。モリツの話によると、ベルス男爵が護衛部隊を派遣してくれることになっている。でもベルス男爵領に進入してもう2時間くらい経ったのに、護衛部隊は全然見当たらない。


 まさかこれは……。


「……馬車を止めろ!」


 俺は雀団の馬車に向かって大声で叫んだ。すると真っ先にオリバーが馬車を止めて、雀団も一斉に馬車を止める。10台の荷馬車が山道の途中で棒立ちになってしまう。


「一体何なんだ?」


 先頭で走っていたモリツが馬車から降りて、俺に近づく。


「どうしたんだ、あんた? どうして馬車を止めた?」


 モリツが険悪な表情で聞いてきた。俺は彼を直視した。


「これ以上進むのは危険だ。だから止めたのさ」


「はあ? どういうことだ?」


「まだ分からないのか? ベルス男爵の護衛部隊なんて……来ないんだよ」


 その言葉を聞いてモリツが慌てる。


「ど、どうして断言出来るんだ? 少し遅れているだけかもしれない」


「そんなわけあるか」


 俺は手を伸ばして、前方の山道を指さした。


「前方をよく見ろ。険しい地形や深い谷のせいで、多数の人間が隠れていてもバレにくい。つまり山賊が獲物を狙うには最適の場所だ」


「それは……」


「もうすぐ日が暮れたら尚更だ。このまま進むのは、死にに行くようなものだ」


 モリツが地形を確認して口を噤む。俺の言葉に反論したくても出来ないみたいだ。


「もしベルス男爵の部隊が俺たちを守るつもりなら、とっくの昔に現れているはずだ。俺たちが危険に晒されているのに連中の足音すら聞こえない。たぶん……俺たちを見捨てるつもりだろう」


「どうして私たちを……?」


 モリツが苦悩の顔を見せる。やっと現実を受け入れたのだ。


「ここにいては危険だ。モリツさん、今すぐ雀団に撤退を指示してくれ」


「し、しかし……」


 モリツは決断を下せずに戸惑った。ここで引き揚げると雀団が損をするからだ。俺は内心舌打ちして、馬車から降りた。無理矢理にでも雀団を撤退させるべきだ。


「モ、モリツさん!」


 その時、雀団の行商人が緊迫した声を出す。


「前方からたくさんの人が……こちらに来ています! さ、山賊です!」


「……ちっ!」


 俺はモリツの肩を掴んだ。


「俺が山賊を食い止める。あんたらは早く撤退しろ!」


 そう言い残して、俺は迷いなく前方に向かって走った。白猫も懐から短剣を取り出して、音もなく俺の後ろを走った。


「……へっ」


 そして雀団の先頭に辿り着いた瞬間、俺は思わず笑ってしまった。山道の向こうから百人近くの人間が斧や槍、粗末な剣などを持って……こちらに来ていたのだ。

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