第457話.行商団との接触
翌日の朝……みんなで簡単に食事をしていると、オリバーが提案をしてきた。
「無事にベルス男爵領に潜入するためには、ここから一旦東南に向かって行商団と合流するべきだと存じます」
「行商団か」
「はい」
オリバーが頷いた。
「我々だけでは、途中で山賊に襲われる可能性が高いです。もちろん公爵様なら山賊など容易く撃退可能なはずですが……」
「余計な騒ぎが起こると潜入が難しくなるからな」
「はい。それに多数で動いた方が検問にも引っ掛かりにくくなります」
俺は少し考えてみた。思ったより時間を使うけど、ここは専門家のオリバーの判断に任せた方が良さそうだ。
「分かった。じゃ、行商団と合流しよう」
「かしこまりました」
オリバーが誠実な笑顔で頷いた。
それから俺たちは馬車を出発させて山道を進んだ。オリバーの馬車が先行し、俺がその後ろを追った。そして数時間後、やっと山を越えてまた平坦な地を走れるようになった。
「あっちで昼食を取りましょう。お腹空いてきたわ」
川の近くを走っていた時、白猫がそう言ってきた。俺は頷いてからオリバーに合図を送り、川辺に馬車を止めた。トムが馬車から降りて馬に水を飲ませて、黒猫は馬が水を飲む光景をじっと見つめる。
俺と白猫とオリバーは馬車の荷台から堅パンと干し肉を取り出した。オリバーのおかげで食糧は十分にある。
「このまま進めば、2時間くらい後には『バーデン』という村に到着します。あそこで例の行商団と合流する予定です」
食事の途中、オリバーが話した。
「『雀団』という名の行商団です。行商団の団長とはもう話がついております」
「そうか」
「はい。白猫さんは私の姪っ子であり、ベルス男爵領まで同行する予定だと説明しておきました」
「なるほど、仕事が速くて助かる」
俺は頷いた。
「そう言えば……オリバーさん」
「はい、何でしょうか」
「ベルス男爵領で一部の兵士が反乱を起こしたという噂があるらしい。それについて何か知っているか?」
俺の質問にオリバーは大きく頷く。
「その噂なら自分も耳にしました。ですが詳細までは存じません。ベルス男爵によって箝口令が敷かれている模様です」
「やっぱり箝口令か……」
「これは推測ですが、側近の誰かが離反したのかもしれません。箝口令はそれを隠すためのものかと」
「俺の推測と同じだな」
俺はニヤリとした。
「東部地域の領主って、名誉を大事にしているんだろう? だから親しい人間に裏切られたという『不名誉な事件』があったら、全力で隠そうとするはずだ」
「はい、仰る通りです」
「……ふむ」
俺は腕を組んで少し考えてみた。
「もしベルス男爵が本当に個人的な理由で動くだけの人間なら、力で排除した方が後のためかもしれないな」
「あーあ、またレッド君がやる気になっちゃった」
隣から白猫が笑った。
「ベルス男爵が可哀そうになってきたわ。『赤き公爵様』に狙われるなんて、もう死刑と同義だよね」
「俺に変な異名を付けるな」
俺は苦笑した。
「それに、まだベルス男爵を完全に把握したわけではない。実際に会って話してみないと、人間は分からないものだ」
「ま、噂だけで判断したらレッド君はもう人間ではないからね。天気を変えたり、睨みだけで敵を殺したり、口から火を吐いたり、人の心を読めたりと……もう本当に化け物なんだから」
「そんな噂まであるのか……」
俺はもう1度苦笑した。もう『無敵の赤い総大将』の名声は、ある種の信仰の対象になっているが……当の俺は少し複雑な気持ちだ。
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午後3時頃、俺たちは『バーデン』という村に到着した。ペルゲ男爵領の辺境の村で、ベルス男爵領とも近い。ここで『雀団』と合流し、ベルス男爵領に向かう予定だ。
ところでバーデンの村に近づいた時……俺と白猫は少し驚いた。
「……酷いわね、これは」
隣の席で白猫が呟いた。俺は無言で頷いた。
バーデンの村は主要道路の交差点に位置していて、それなりに商業が発達した村だったはずだ。しかし今は……村の半分近くが焼かれている。
「規模が大きく、物資もあったから……反乱軍に狙われたんだろう」
皮肉な話だが、山の中の小さな村は反乱軍による被害も小さい。そもそも略奪するものがないからだ。でもこのバーデンの村は富を蓄えたせいで逆に災難に遭ったわけだ。
かつて誰かの家だったはずの建物がもう黒焦げた瓦礫になっている。台所も子供部屋も浴室も全部壊されて、もう本来の形状がよく分からないほどだ。そんな家がざっと見ても十数戸以上ある。
村の北にはたくさんの新しい墓が出来ている。反乱軍の襲撃の犠牲者たちだ。そして生き残った村人は天幕で生活している。戦乱期にはよくあることだが……あまり気持ちのいい風景ではない。
「こういう光景を見ていると実感出来るよね。今が戦乱の真ん中であること」
白猫が小さく言った。
「レッド君が平定した西の地域とは違って、ここは混乱が激化している。秩序が崩れて……たくさんの人が日常を奪われた」
「……終わらせるさ」
俺が呟くと、白猫が「うん」と頷いた。
俺たちの馬車が通ると、村の子供たちが好奇の眼差しを投げてきた。子供たちは汚い服を着ていた。まるで……昔の俺を見ているようだ。
「トム」
俺が呼ぶと、荷台の方からトムが「はい、既に報告書を作成中であります!」と答えた。トムもこの村の惨状に驚いて、緊急支援するための書類を書いていたのだ。
やがて俺たちは村から少し離れた空地まで行った。そこには大きな荷馬車が8台も止まっていた。あれが『雀団』なんだろう。
俺と白猫は馬車から降りて、オリバーと一緒に『雀団』に近づいた。すると雀団の方からも中年の男性が現れた。体格のいい人だ。
「予定より早く着いたな、オリバーさん」
中年の男性が笑顔で言うと、オリバーが「モリツさんこそ」と返した。
「モリツさん、紹介します。こちらが私の姪っ子のオリビアです。今は素人行商人として姉弟を連れて働いています」
オリバーが白猫を『モリツ』という人に紹介した。モリツは少し驚いた顔で白猫を見つめる。
「ほぉ、今の時期に若いお嬢さんが行商人だなんて……勇敢なことだ」
モリツが人の良さそうな笑顔を見せる。
「私はモリツという者だ。一応この雀団の代表を務めている」
「オリビアと申します。よろしくお願いします」
モリツと白猫が握手を交わした。
「それで……こっちの人は? 只者ではなさそうだけど」
モリツの視線が俺に向けられた。すると白猫が口を開く。
「こちらは私に雇われた御者兼護衛です。コルという人です」
「なるほど、護衛か。でもどうして顔を隠しているんだ?」
「彼は顔に大きな傷があって、人に顔を見せるのを避けています。どうかご理解ください」
白猫の答えにモリツは「なるほど、なるほど」と何度も頷く。
「私も若い頃ルケリア王国との戦争に参戦して、肩に傷を負ったんだ。あまり人には……特に女性には見せたくないさ」
モリツは豪快に笑ってから、また白猫の方を見つめる。
「どうだ、お嬢さん? 東部地域に対する感想は? 酷いだろう?」
「はい。このペルゲ男爵領はまだいい方だと聞いたのに、たくさんの人が住処を失って……驚きました」
「ああ、本当に悲しいことだ」
モリツが真剣な顔で頷く。
「でもこういう時こそ、私たち行商人が必死に働いて経済を回すべきだ。ロウェイン公爵様が来てくださって、少しだけ希望も見えてきたからな」
「……1つ聞きたいことがある」
俺が口を開くと、モリツが少し驚いて俺を見つめる。
「何が聞きたいんだ、護衛さん?」
「東部地域の経済はかなり疲弊している。今から向かうベルス男爵領もあまり豊かではないと聞いた。それなのに……あんたら『雀団』はどうやって利益を産んでいるんだ?」
「何だ、オリバーさんから聞いてなかったのか?」
モリツが笑顔を見せる。
「私たち『雀団』はいろんなものを扱っているけど、主な商品は『塩』だ」
「『塩』か」
「そうだ」
モリツが自慢げに頷く。
「人間は塩が無くては生きていけないからな。この混乱の東部地域では、どの領主も塩貿易に悩まされているんだ。だから私たちが代わりに塩を購入して運んでいるのさ」
「なるほど」
俺は頷いた。俺の統治している領地はほとんど海に接しているし、水運も発達しているから塩に困ることは少ない。でも山だらけの東部地域では塩が不足になることが多い。戦乱の中なら尚更だ。実際、俺も今回の東部遠征のために大量の塩を用意しておいた。
このモリツの率いる『雀団』は東部地域の現状を読んで塩貿易を行い、利益を産んでいるわけだ。
「もう1つ聞きたいことがある。ベルス男爵領は山賊がよく出没すると聞いたが、道の安全は確保しているのか?」
「慎重だな、あんた。でも心配は要らない」
モリツがニヤリと笑う。
「こちらもあんたみたいな大柄の護衛を数人雇っている。それにベルス男爵様も護衛部隊を派遣してくださる予定だ」
「正規軍による護衛か……」
「ああ、塩貿易は大事だからな」
モリツは自信満々な態度だ。
「これで分かっただろう? お嬢さんたちも私たちと同行すればベルス男爵領まで安全に行ける。いい機会だし、『雀団』の手腕を見ておいてくれ」
「はい、分かりました。学ばせて頂きます」
白猫が笑顔で答えた。確かにこのモリツは信頼出来る人みたいだ。しかし白猫も俺もいくつもの修羅場を乗り越えて学んだことがある。全てが安全に見える時こそ……警戒を怠ってはいけないということだ。




