第454話.胡散臭いな
2日後、最初の派遣部隊が出発した。
「では、公爵様……盗賊退治に参ります」
「くれぐれも気をつけてくれ、ハリス男爵」
最初の派遣部隊の指揮官は、俺の親友であるハリス男爵だ。彼の派遣先は北の『コンラド男爵領』だ。
「森に隠れている盗賊なんて、我が森林偵察隊の敵ではありません。戦果をご期待ください!」
ハリス男爵が笑顔で言った。
北の『コンラド男爵領』では、盗賊の群れが森に隠れて活動しているらしい。よってハリス男爵が森林偵察隊を率いて向かうことになったのだ。森での戦闘なら、森林偵察隊は無類の最精鋭部隊だ。
ハリス男爵は森林偵察隊と8百の歩兵隊を統率し、臨時要塞を出て北に向かう。異常が無ければ、本格的な寒波が始まる前に任務を完遂出来るはずだ。
次の派遣部隊の指揮官はダニエル卿だ。彼は5百の部隊を率いて南のロイス男爵領に向かう。ロイス男爵領は海に接していて、戦乱が始まってから海賊が跋扈しているみたいだ。よって『海賊狩り』のダニエル卿を派遣し、海賊を駆逐させる。海戦に必要な軍艦はコリント女公爵が送ってくれる予定だ。ロイス男爵領は結構遠いから……ダニエル卿の部隊が帰還するのは来年の春になるだろう。
「次は……」
俺は執務室の席に座って東部地域の地図を確認した。慎重かつ大胆に武力を行使して、一刻も早くこの地を安定化させるべきだ。
「失礼致します」
その時、1人の女声が執務室に入ってきた。どこか母性を感じさせる女声……『夜の狩人』の工作組、鳩さんだ。
「頭領様、ベルス男爵から返信が到着しました」
鳩さんは俺に近づいて、1通の手紙を渡してくれた。俺は早速手紙を開けて読んでみた。
「……公爵様のお心遣いには感謝しますが、軍事支援はお断りします……か」
俺は苦笑した。
「まさかここまではっきりと断るとはな」
「頭領様の支援を拒否するなんて、ある意味大胆ですね」
鳩さんが笑顔で言った。
「現在、頭領様はこの王国の頂点に最も近いお方……貴族層もその権威を無視出来ないというのに。しかもこちらにはウェンデル公爵様の代理人とコリント女公爵様の代理人もいますが……」
「まあな」
俺は手紙を机の上に置いた。
「他の領主たちも、余所者である俺をあまり歓迎していない。でも結局俺の支援を受け入れた。公爵を敵に回したら後が怖いからな。でも……このベルス男爵は他とは違うみたいだ」
俺は地図に視線を移した。ベルス男爵領はここから東北に位置している。
「鳩さん、ベルス男爵領は山賊に悩まされているんだろう?」
「はい、その通りです」
鳩さんも地図を見つめる。
「ご覧の通り、ベルス男爵領は山に囲まれている領地です。あまり豊かとは言えませんが、それなりに軍事力を有していて……領主のベルス男爵も勇猛な指揮官だという評判です。しかし王国が戦乱に突入してから山賊の数が急激に増え……その対応に困惑している模様です」
「それなら俺の支援を断る理由が無いけどな」
俺は顎に手を当てた。
「ベルス男爵がよほどの頑固者か、それとも余所者を自分の領地に入れたくない理由があるかもな」
「もしかすると、最近流れている妙な噂と関係しているのかもしれません」
「妙な噂?」
俺が首を傾げると、鳩さんが「はい」と頷く。
「実は、ベルス男爵の兵士の一部が反乱を起こしたという噂があります」
「兵士の一部が反乱を?」
「はい。厳しい箝口令が敷かれていて、詳細までは分かりかねますが」
「胡散臭いな……」
俺は腕を組んだ。
「ひょっとしたら、ベルス男爵は何かを隠しているかもしれない。他人には言えない……後ろめたいことを」
「諜報員を派遣して、詳しく調べさせますか?」
「……いや」
俺は首を横に振った。
「俺が直接行ってみるよ」
「また頭領様自ら……ですね」
鳩さんが笑い、俺も笑った。
「本部に居座って指示ばかりするのは、どうも退屈でな。『頑固な東部地域の領主』を直接見てみたい。ベルス男爵領はここから近いし……2週くらいあれば十分だろう」
「かしこまりました。では、白猫をお連れ下さい」
「分かった。話が早くて助かる」
俺はニヤリとした。
「鳩さんは止めないのか? 総指揮官の俺が直接動くことを」
「止めたい気持ちもありますが、頭領様を信じております」
鳩さんが優しい笑顔になる。
「頭領様がお1人で王都を制圧したことを……私はすぐ側で目撃致しました。どんな困難な状況でも、頭領様ならきっと解決出来ると存じます」
「ありがとう」
俺は頷いた。
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それで11月8日の朝……俺は覆面とフードで自分の顔を隠し、荷馬車の御者台に乗った。すると隣の席に長身の美人が乗る。俺の義姉であり、『夜の狩人』の戦闘組である白猫だ。
「久しぶりにレッド君とデートだね」
白猫が満足げな笑顔になる。
「このままベルス男爵領まで愛の逃避しちゃう?」
「何言ってるんだ」
俺は鼻で笑った。
「これはあくまでも任務だ。それに今日は俺たちだけじゃない」
俺は後ろの荷台を振り向いた。
「トム、黒猫。2人とも準備はいいか?」
その質問に、荷台に座っているトムと黒猫が「はい」と答えた。
「今回はこの4人で任務を遂行する。任務の内容は『ベルス男爵領の動向調査』だ。潜入調査だから、くれぐれも気をつけてくれ」
「分かってるわよ。私とトムちゃんと黒猫ちゃんが『行商人をやっている3人姉弟』で、レッド君は私たちに雇われた『御者兼護衛』という設定なんでしょう?」
「ああ、そうだ。俺たちは王都と東部地域を行き来している行商人一行だ。今は東部地域を回りながら特産物を購入しているわけだ」
実際、馬車の荷台には王都から持ってきた生活用品が積まれている。石鹸、靴、鞄など……ほとんど軍の補給物資だが、商品としても十分だ。
「各々自分の通行証を忘れるな。では出発するぞ」
俺は手綱を操り、荷馬車を出発させた。朝の日差しを受けながら……馬車はペルゲ男爵領の道路を進む。
「いいね」
遠くの山を見つめながら、白猫が呟いた。山は紅葉に染まっている。確かにいい風景だ。まだ戦乱が続いているけど……大自然は人間たちの争いとは関係なく美しい。
「寒くないか、白猫?」
「これくらい、ちょうどいいわよ。何ならレッド君の体温で温めてくれる?」
「ふざけるな」
俺はまた鼻で笑った。まあ、空気は冷たいけど……俺と白猫にはこれくらいがちょうどいい。
「でも……レッド君はいいの?」
白猫が俺を凝視する。
「私は4人で旅するのが楽しいからいいけど、レッド君は遠征軍の総指揮官でしょう? しかも今は王国の頂点である公爵様だし……」
「何か問題でもあるのか?」
「そんな立場の人間が他人の領地を潜入調査するなんて、流石に聞いたことも無いわよ」
「俺も聞いたこと無いな」
俺は笑った。
「でももう言ったじゃないか。俺がやりたいのは支配じゃない。戦いだ。公爵としての仕事は果たしたし……たまには俺の勝手にさせてもらう」
「あーあ、これは後でシェラちゃんに厳しく言われるね」
白猫も笑った。
「それに……何か予感がする」
俺は馬車を操りながら呟いた。
「ベルス男爵の動きはどう考えても普通じゃない。何かあるに違いない」
「公爵の権威を無視し続けるなんて、大胆を通り越して無謀だよね。もしかして、裏でルケリア王国と手を組んでいるとか?」
「その可能性は低いと思うけど……」
現時点では何とも言えない。今回の潜入調査でなるべく情報を集める必要がある。
ふと後ろの荷台から話し声が聞こえてきた。どうやらトムが黒猫に東部地域について話してくれているみたいだ。
「……何か本当に兄妹みたいだね、あの2人」
白猫が笑顔で言った。俺は「そうだな」と頷いた。俺の気まぐれで始まった潜入調査だが……意外と楽しい旅になりそうだ。




