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第45話.俺には嬉しい限りだ

 俺は冷静さを取り戻して遺体を観察した。

 まだ血が流れているし、殺されてから数分も経っていないように見える。ということは……俺が外で護衛たちを倒している間に、誰かがこっそりラズロと女を殺したことになる。

 しかし……犯人はどうやってここから逃げたんだ? 扉はずっと俺が見守っていたし、窓は小さくて人が通れるほどではない。つまり……。


「暖炉……」


 広い部屋の隅に大きな暖炉があった。暑い夏だから今は使われていないけど……当然ながら煙突と繋がっている。

 俺は警戒しながら暖炉に近づき、煙突の中を覗いた。


「……っ!?」


 俺は見た。人影が煙突から抜け出していくところを……! つまり犯人は……殺人を犯した後、ずっと暖炉に隠れて……こちらを覗いていたのだ!


「こいつ……!」


 大胆すぎるやつだ。しかも動きがとても素早い。たぶん汚い仕事のプロなんだろう。そんな危険な暗殺者やつを……これ以上野放しにするわけにはいかない!

 俺の巨体では、煙突を通って追跡するのは無理だ。俺は特別室の扉を通り、裏階段を降りて娼館から出た。娼館の甘い空気が消え去り、海の匂いがする。


「どこだ……」


 まだこの近くにいるはずだ。月明かりもない暗い夜だけど……屋根上を走っているのなら音がするのは防げない。俺は全神経を集中して、小さな音も逃さないようにした。そして……聞こえた。まるで猫みたいな軽い足音が。

 絶対捕まえてやる。俺は足音を追って走った。暗殺者は足場の不安定な屋根上をまるで飛行でもしているかのように素早く移動しているが……こっちも走りには自信がある!

 一瞬だけだが、雲の隙間から月明かりが漏れた。それで俺は暗殺者の姿を目視できた。暗い服装をしている、普通の体格の男だ。背中には布の袋を背負っている。大きさからして、その中にあるのは死んだ二人の頭なんだろう。

 しばらく後、暗殺者は屋根上から地面に降りて港の路地裏を走り出した。本当にとんでもないほど速い。もう速さだけなら爺と同格かもしれない。


「ちっ」


 俺は歯を食いしばって必死に走った。その真夜中の競争は5分くらい続き……やがて俺たちは海岸に進入した。本来なら砂のせいで走りづらい場所だが、やつも俺も速度を落とさない。

 いきなり周りが明るくなる。暗い雲が消え、月が出てきたのだ。そしてそれと同時に状況が変わる。暗殺者がいきなり立ち止まり、こちらを振り向いた。俺の追跡を振り切ることは難しいと判断し……ここで仕留めるつもりなんだろう。

 暗殺者は覆面をしていて、顔は見えないが……俺を睨んでくる目つきはとても鋭く、殺気がこもっている。


「やっと戦う気になったのか?」


 俺は戦闘態勢に入った。暗殺者も懐から短剣を抜いた。両者は互いを睨んだまま、しばらく動かなかった。


「ちっ……!」


 先に動いたのは暗殺者の方だった。やつはまるで幽霊みたいに音もなく突進してきて、短剣で俺の目を奪おうとした。俺は素早く避けたが、短剣が執拗に追ってくる。いや、短剣だけじゃない。暗殺者は俺の足を狙って下段蹴りを放った。俺は危うくバランスを失うところだった。


「こいつは……」


 強い。これはもう『戦いに慣れている』レベルではない。常に生死を分ける戦いの中で生きてきた……『修羅』そのものだ。

 短剣の動きが鋭すぎて接近することすらままならない。俺は守りに専念しながら機会を待った。


「はあっ!」


 そして短剣がもう一度俺の目を狙ってきた時、俺は回避しながら渾身の反撃を放った。俺の拳が暗殺者の横腹を強打し……やつは数歩後ずさる。


「ほぅ……」


 俺は感嘆した。本来なら今の反撃であばらが折れてもおかしくないが……暗殺者は俺の拳が当たる直前に体をひねて、衝撃を抑えた。

 爺を除けば……こいつは今までの相手の中で間違いなく最強だ。前後の事情がどうあれ……俺にはこの戦いが楽しくなってきた……!


「ぐおおお!」


 暗殺者の動きが鈍くなった今こそ好機だ。俺は連続攻撃でやつを追いつめた。そして十数回の攻防の後……俺の拳がまた暗殺者の横腹を強打する。


「こいつ……」


 俺は微かに笑った。暗殺者は俺の拳に殴られながらも短剣を振るって……俺の左肩に傷をつけた。


「やるな」


 傷から血が出てきた。俺は奥の手を使うことを決心した。


「……っ!?」


 しかし……その瞬間だった。俺は自分の体から力が抜けていくことを感じた。いや、単に力が抜けていくわけではなく……感覚も無くなっていく……!


「麻痺毒か……」


 暗殺者の短剣には麻痺毒が塗られていたのだ。しかも結構強い毒だ。俺の左腕はもう動くことすらままならない。

 暗殺者は立ち止まって、俺をじっと見つめた。


「何しているんだ?」


 俺は声を上げた。


「今が好機だぞ。早くかかってこい」


 全身全霊の力を溜めて、暗殺者の攻撃を待った。しかしやつは……俺に背を向けて走り出す。


「おい、待て!」


 俺は慌てて追いかけようとした。だがもう左足の感覚まで鈍くなっている。追跡は無理だ。


「へっ」


 おかしい話だが、別に気持ちは悪くなかった。むしろ正体不明の強敵の出現が……俺には嬉しい限りだ。

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