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第449話.遠征の前に

 その日の夕方……宮殿の大宴会場には、かつて無いほどの大勢が集まった。俺の公爵就任記念パーティーのためだ。


 王都の全貴族はもちろん、平民の代表や女神教の関係者までパーティーに参加して……総人数は約1千5百人以上だ。広い大宴会場が今日は狭く感じる。


 1番大変なのはもちろん宮殿のメイドたちだ。メイドたちは仕事用のドレスを着て、大宴会場の中を急ぎ足で回りながら接客をしている。もうこれは文字通りの戦場だ。甘美な音楽を奏でている王室楽団は、言わば戦場の軍楽隊だ。


 俺は上席に座って人々からお祝いの挨拶を受けた。参加者が多すぎて、挨拶を受けるだけで何時間もかかってしまう。でも仕方無い。これがパーティーの主役としての仕事だ。


 俺の左右にはオフィーリアとリオン卿が座っている。2人も公爵たちの代理人として、ずっと笑顔で客たちと挨拶を交わしている。立派なことだ。


 やがて夜になり、やっと客たちからの挨拶が終わった。パーティーももうすぐ終わる。俺とオフィーリアとリオン卿は交代で休憩することにした。まず俺からだ。


 俺は大宴会場からそっと抜け出して、2階の応接間に入った。そしてメイドに頼んで1人の女性を呼び出した。


「レッド様」


 しばらく待っていると、その女性が姿を現した。俺の婚約者の1人であり、王都財務官であるシルヴィアだ。シルヴィアも当然パーティーに参加していたからドレス姿だ。桃色のドレスがとても似合う。


「何かご用でしょうか、レッド様?」


「別に大した用があるわけではない。ただ……お前と2人きりで話がしたくてな」


「そうですか」


 シルヴィアは笑顔でソファーに座った。俺とシルヴィアは一緒にお茶を飲んだ。


「今回の遠征、シルヴィアがいなかったら出発すら出来なかった。ありがとう」


「私はただ与えられた仕事をこなしただけです」


「その『与えられた仕事』が半端ないからな」


 俺はニヤリとした。


「税率の調整、支援金の編成、補給物資の確保……どれも大変すぎる仕事だ。しかも財務部の官吏たちの指揮まで上手くやっているし……シルヴィアの知識と知恵には本当に助かっている」


「ありがとうございます。でも……私は時々不安です」


 シルヴィアが視線を落とす。


「シェラさん、デイナさん、アップトン女伯爵、オフィーリアさん……皆さんが凄すぎて、私は忘れられてしまうのではないかと……不安です」


「何言ってるんだ? 俺がシルヴィアのことを忘れるはずがない」


「ふふふ……レッド様のそのお言葉が聞きたかったのです」


 俺とシルヴィアは一緒に笑った。


「それにさ……シルヴィアは20歳で王都財務官に就任して、王都全体の経済を左右しているじゃないか。多くの人がシルヴィアのことを怖がっているぜ」


「ふふふ、そんな……」


 シルヴィアが面白そうに笑った。


「では、レッド様も私のことを怖がっていらっしゃるのですか?」


「いや、俺にとってシルヴィアは可愛い婚約者だ。小動物みたいで抱きしめたくなる」


 俺はシルヴィアのすぐ側に座って、彼女を抱きしめようとした。しかしシルヴィアは「えいっ」と両手で抵抗する。


「『小動物みたいで』というのは余計ですよ、レッド様」


 シルヴィアが横目で俺を見つめる。


「私、自分の低身長を気にしていますから」


「俺は悪くないと思うけどな。俺の場合、巨体が不便すぎる時があるし」


 俺は少々強引にシルヴィアを抱きしめた。シルヴィアは「もう……」と言ったが、結局俺の腰に腕を回す。


「……遠征に出たら、しばらくお前の顔が見られなくなる」


「はい。でも来年の予算編成が終わったら、すぐに駆けつけます」


 シルヴィアが体を密着してくる。


「その間、私のことを忘れないでください。忘れたら怒りますよ」


「そいつは怖いな」


 俺はシルヴィアの小さな唇にキスした。


---


 翌日の朝……会議室で書類をまとめていると、1人の衛兵が入ってきて報告を上げた。


「公爵様、とある青年が宮殿の検問所に来ています。どうやら公爵様に献上したい物があるらしいです」


「一般市民からの献上品は受け取らない。そう伝えておけ」


「そ、それが……その青年は巨大な軍馬を連れております。公爵様の軍馬とそっくりの……」


「……何?」


 俺は席から立ち上がり、検問所に向かった。


 宮殿の検問所は衛兵たちによって固く守られていた。最近、市民たちがよく宮殿の前に集まるから衛兵たちも警戒を強めている。


 報告通り、検問所の前には1人の青年が立っている。そしてその青年の隣には……とてつもなく巨大な軍馬がいる。真っ黒で筋肉だらけの軍馬……本当に俺の『ケール』にそっくりだ。


「お前は……」


 俺は青年の方に近づいた。見覚えのある顔だ。


「公爵様!」


 俺の姿を見て、青年は片膝を折って頭を下げる。


「自分は馬の牧場を経営している『コルバス』の息子です。テオンと申します!」


「コルバスの息子……そうか」


 俺は3年前のことを思い出した。


 3年前、俺はケント伯爵と戦争をしていた。そして戦場でケント伯爵と遭遇した俺は、1対1でやつを倒せそうになったが……やつの黒い軍馬『ゲーラス』のせいで機会を取り逃してしまった。


 それで俺は『ゲーラス』を育てた牧場を訪ねた。『ゲーラス』に対抗出来る名馬を手に入れるためだ。事情を聞いた牧場の経営者のコルバスは、俺に純血軍馬『ケール』を任せた。それが俺とケールの初めての出会いだ。


「コルバスさんは元気にしているか?」


「それが……親父は先月、持病で倒れてそのまま……」


「……そうだったのか」


 俺はため息をついた。コルバスの息子はそんな俺を見上げる。


「生前の親父は、公爵様の噂が聞こえる度に喜びました。最強の戦士が自分の育てた軍馬に乗って、この王国を守っている。軍馬を扱う者としてこれ以上の誇りは無い、と」


「そうか」


「はい。だから親父は最期に……こう言い残しました。この軍馬を……『ネメシス』を必ず『赤い総大将』に届けろ、と」


 俺とコルバスの息子は、同時に黒い軍馬を見つめた。一目でも分かる。こいつは『ケール』や『ゲーラス』と同格の名馬だ。


「このネメシスはゲーラスの子馬であり、親父の最後の作品です。どうかお受け取り下さい!」


 コルバスの息子が深々と頭を下げた。


 通常、俺は一般市民からの献上品は受け取らない。市民たちに余計な負担をかけたくないからだ。だが……流石にこれを断るわけにはいかない。コルバスが俺を信じて残してくれた、最強の軍馬だ。


「でも俺にはもうケールがいるからな。しかもケールはまだ引退したくないみたいだから……」


 俺は検問所の衛兵に指示を出して、ある人を呼び出した。それは赤竜騎士団の騎士団長であり、俺の兄みたいな存在であるレイモンだ。


「お呼びですか、公爵様」


 騎士団本部にいたレイモンはすぐ姿を現した。俺はレイモンにコルバスの息子と『ネメシス』を紹介した。


「このネメシスは、俺のケールの親戚……つまり南方大陸から到来した純血軍馬の一族だ。普通の戦士なら、自分の背中に乗せることを拒否するだろうけど……お前なら大丈夫だろう」


「この軍馬を、自分に……」


「ほら、乗ってみろ」


 レイモンは驚きながらも、ネメシスに近づいた。ネメシスはレイモンの顔をじっと見つめる。彼の力量を測っているようだ。


「では……」


 レイモンはネメシスの背中に乗った。ネメシスは満足気に頭を振る。レイモンのことを認めたのだ。レイモンの方も、最強の名馬に乗れて嬉しいみたいだ。


「ありがとう、テオン」


 俺はコルバスの息子に言った。


「ネメシスはこれからの戦いに大きく役立つはずだ。コルバスさんにも、お前にも……感謝する」


「公爵様や赤竜騎士団の皆様の役に立つのなら、光栄でございます!」


 コルバスの息子は笑顔で涙を流した。それでいい。俺たちを信じてくれる人々のおかげで……俺たちは更に強くなっていくのだ。

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