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第445話.たぶんやつも今頃……

 それから3日後の朝、最初の援軍が王都に到着した。


 1千5百に至る部隊が西の城門を潜り抜けて、王都の街に進入した。隊列を乱さずに堂々と歩く姿から、その部隊がよく訓練された精鋭だと分かる。


「ありゃ、どこの軍隊だ?」


「赤い薔薇の旗を掲げているから、カーディア女伯爵の軍隊だぜ」


「カーディア女伯爵? あの金の魔女?」


 市民たちは警戒と好奇の目で、薔薇の旗を掲げた部隊を見つめる。クレイン地方の盟主、『金の魔女』カーディア女伯爵の名前はこの王都でも有名だ。


 薔薇の旗の部隊はゆっくりと西の大通りを進んで、警備隊本部に入る。そして王都の統治者の前で……俺の前で進軍を止める。


「着いたか」


 俺は援軍の姿を眺めた。よく訓練されている上にいい装備を持っている。流石金の魔女の精鋭部隊だ。


「お久しぶりでございます、ロウェイン伯爵様」


 部隊の指揮官が1歩前に出て、俺に深くお辞儀する。30代の長身の美男子だ。


「久しぶりだな、ダニエル」


 俺は援軍に指揮官に向かって笑顔を見せた。


 この『ダニエル』は、カーディア女伯爵傘下の傭兵隊長だ。主に海の上で活動していて『海賊狩り』とも呼ばれている。


「まさかあんたが傭兵隊ではなく正規軍まで指揮するとはな」


「昨年、カーディア女伯爵様から正式に騎士の爵位を授けて頂きました」


「なるほど。じゃ、もう『ダニエル卿』か」


 俺は頷いた。


「あんたのような有能な指揮官が援軍に来てくれて、俺も心強い」


「戦争の神である伯爵様からお褒め頂き、光栄でございます」


 ダニエルが礼儀正しくもう1度頭を下げる。


 2年前、俺がカーディア女伯爵と戦争をしていた時……このダニエルは海路を使って俺の本拠地を急襲した。あの時ダニエルが見せた用兵術は素晴らしかった。おかげで結構危ない目に遭った覚えがある。


「部隊を駐屯させて、宮殿に行こう。デイナが待っている」


「はっ」


 ダニエルは早速部隊に指示を出して、警備隊本部に駐屯させた。そして俺とダニエルは一緒に馬車に乗って宮殿に向かった。


 俺の乗った馬車が通ると、街を歩いていた市民たちが厳粛な顔で見つめてくる。救世主宣言以来、こんな空気はもう日常になっている。


「……王都の人々にとって、伯爵様の存在はもう心の支えになっているみたいですね」


 馬車の窓の外を眺めながら、ダニエルがそう言った。俺は「まあな」と肩をすくめた。


「女神教の影響もあるし、戦乱の脅威も続いているからな」


「クレイン地方にもたくさんいます。伯爵様のことを本当の救世主だと思っている人々が」


「そいつは……意外だな」


 俺は首を傾げた。


「俺はクレイン地方の軍隊を容赦なく撃破した。恨まれていてもおかしくないが」


「恨んでいる人がいないと言えば、嘘になりますが……」


 ダニエルが真面目な顔で俺を凝視する。


「伯爵様の戦いを直接目撃した人なら、誰もが思っています。伯爵様の強さは……もう人間には対抗出来ない。まさに女神の使者としか言いようがありません」


「あんたもそう思っているのか?」


「もちろんです」


 ダニエルの端正な顔に微かな笑みが浮かぶ。


「戦場で伯爵様と戦った私だからこそ分かります。武勇だけではなく、統率力も知略も……伯爵様に勝てる人間はこの王国には存在しません」


「この王国には、か」


「はい」


 ダニエルが意味ありげな眼差しを送ってきた。


 しばらくして馬借が宮殿に到着し、俺たちは2階の応接間に入った。そこには美しい金髪の少女がソファーに座っていた。カーディア女伯爵の長女であるデイナだ。


「お久しぶりでございます、デイナお嬢様」


 ダニエルがデイナに向かって丁寧に頭を下げる。


「お嬢様が元気そうで何よりです」


「ありがとうございます、ダニエル卿。そちらこそ元気そうで嬉しいです」


 デイナが微かに笑った。


 対外的には、ダニエルはあくまでもカーディア女伯爵の側近だと知られている。カーディア女伯爵は男性関係が派手だから、ダニエルは彼女の愛人の1人だという噂もある。しかし実は……ダニエルとカーディア女伯爵は、腹違いの姉弟だ。


 つまりデイナにとってダニエルは叔父に当たる。しかも一族の中でデイナのことを心配してくれたのはダニエルだけだったみたいだ。自分の一族を嫌うデイナだが、ダニエルのことは信頼している。


 俺とダニエルとデイナは一緒にテーブルに座って、お茶を飲みながら話し合った。話題は主にクレイン地方の動向についてだ。


「デイナお嬢様が王都で活躍なさっていることは、クレイン地方でも話題になっています」


「そうですか」


「はい。特にカーディア女伯爵様は……大変喜んでいらっしゃいます」


「ふふふ」


 デイナが冷たく笑った。


「まあ、お母様は嬉しいでしょうね。欠陥品だった私に利用価値が出来たから」


「それは……」


「ダニエル卿、どうかお母様に伝えてください」


 デイナはゆっくりとお茶を飲んでから、話を続ける。


「私はカーディア伯爵家のために働くつもりはありません。あくまでもレッド様の統治に助力するつもりです」


「……はい、かしこまりました」


 ダニエルが頷いた。


 それから10分くらい後、デイナが先に席を立った。王都の貴族たちとのお茶会のためだ。


「久しぶりにお話出来て楽しかったです、ダニエル卿。では……お先に失礼致します」


 デイナは貴族のお嬢様らしい優雅な動作で挨拶して、応接間から出た。


「……本当に強くなりましたね、お嬢様は」


 ダニエルが微かに笑った。


「まるで……若かった頃のカーディア女伯爵様を見ているようです」


「それ、本人には言わない方がいい。デイナは今も母親のことがあまり好きではないからな」


「はい、承知しています」


 ダニエルはしばらく間をおいてから、口を開く。


「自分が連れてきた1千5百の部隊は、カーディア女伯爵様からロウェイン伯爵様への信頼の証です」


「そうか」


「はい」


 ダニエルと俺の視線がぶつかった。


「その代わり、というわけではありませんが……カーディア女伯爵様からの要請があります」


「……俺とデイナの正式な婚約か」


「お察しの通りです」


 ダニエルが即答した。俺は苦笑いした。


「まあ、俺もデイナのことを大事に思っているし……いつかはちゃんと婚約式を挙げるさ。しかし今は忙しい時期だ」


「はい、そのお言葉だけで十分でございます」


 ダニエルが頷いた。


 昨年まで、カーディア女伯爵は俺の戦いを静観していた。もし俺が公爵たちに負けたら、早速俺との関係を切るつもりだったのだ。デイナは文字通り捨て駒にされただろう。


 でも俺が公爵たちに勝ったことによって、デイナに利用価値が出来たわけだ。『私の長女のデイナが、今はあのレッド様の最側近です。しかも2人は婚約する予定です』……そんな噂をばら撒いているに違いない。


「……カーディア女伯爵とデイナの間には、決定的な差がある」


「差、ですか?」


「ああ、少なくともデイナは……自分の子供を利用価値で判断するようなことはしないだろう」


「……なるほど、かしこまりました」


 ダニエルはゆっくりと頷いた。


 しばらく沈黙の中でお茶を飲んでいると、メイドたちがお菓子や果物などを持ってきた。俺はクッキーを1つ食べてから、話を再開した。


「ダニエル卿」


「はい」


「さっきあんたは……『この王国には』俺に勝てるやつがいないと言ったな」


「はい」


「もしかして、知っているのか? 俺に勝てるやつを……ルケリア王国の『黒竜』を」


 その質問を聞いて、ダニエルは少し戸惑ってから話を始める。


「……伯爵様もご存知通り、自分は海の上の傭兵として活動してきました」


「『海賊狩り』だったな」


「はい。『海賊狩り』としていろんな国のいろんな領主たちに雇われて、あらゆる戦場を経験しました」


 ダニエルが視線を落として、自分の過去を振り返る。


「このウルペリア王国から遥か東南の地に、『テルメイア』という都市国家があります。巨大な港を持っている、繁栄した都市国家です。しかし7年前、そのテルメイアにルケリア王国軍が侵攻し、服従を要求しました」


「それであんたが雇われたか」


「はい。自分はテルメイアに雇われて、ルケリア王国軍と戦いました。ルケリア王国軍は屈強でしたが、幸い海戦には慣れていなかったから……港を中心に何とか対抗出来ました」


 ダニエルが自分の手を見下ろす。端正な美男子だが、彼の手には多数の戦傷がある。


「テルメイアの城壁は頑丈だったし、持久戦になれば勝ち目がある……そう思いました。ですが、開戦から3ヶ月くらい後……あの男が現れたのです。まだ国王に就任する前の、若き黒竜……『ライオネル・イオベイン』が」


「ほぉ」


 俺は自分の胸がざわめくのを感じた。


「若き黒竜の統率によって、ルケリア王国軍は一層強くなり……戦況は不利になりました。しかも若き黒竜は自ら最前線で戦い、名のある騎士たちや無数の兵士を大剣で斬り捨てました」


「そんなに強いのか、黒竜は」


「……私も傭兵として長年活動してきたから、腕には少し自信があります。ですがあの時、黒竜の戦う姿を見て思いました。この男に勝てる人間は……この大陸には存在しないと」


 ダニエルが深呼吸する。


「テルメイアを陥落した黒竜が、いつかはこの王国にも侵攻してくるかもしれない……そんな考えが頭から離れませんでした。そうなったらどうすればいいのか、自分には分かりませんでした。2年前までは」


 ダニエルは顔を上げて、俺を見つめる。


「ロウェイン伯爵様の噂を聞き、自分の目で確かめて……やっと分かりました。もしこの大陸に黒竜を止められる存在がいるとしたら、それはきっと赤竜だけだと」


「へっ」


 俺は苦笑した。


「初めて会った時から、あんたが俺に興味を見せたのは……そういうことだったのか」


「はい」


「じゃ、あんたが見て……俺が黒竜に勝てる勝算はどれくらいだ?」


「……正直に申し上げますと、今の時点ではかなり低いと思います」


 ダニエルが真剣な顔で言った。


「伯爵様と黒竜の指揮官としての力量は、ほぼ互角です。しかし……動員出来る兵力の差があまりにも大きいです」


「まあ、やつは軍事強国の国王だからな」


 俺は笑顔で頷いた。


「面白い話を聞かせてくれてありがとう、ダニエル卿。今日はもうゆっくり休んでくれ」


「はっ」


 ダニエルが席から立ち上がり、お辞儀してから応接間を出た。1人になった俺は、頭の中で黒竜との決戦の日を描いてみた。すると不思議なくらいに体が高揚してきた。

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