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第444話.更なる高みへ

 10月5日の朝、『赤竜の旗』を掲げている軍隊が王都に帰還した。ペルゲ男爵領の反乱軍を鎮圧した『赤竜騎士団』と騎兵隊、そしてトムの率いる歩兵隊だ。


 赤竜の軍隊は隊列を組んで王都の街を進軍した。市民たちは並び立って進軍する軍隊を眺める。


「赤竜騎士団だ……」


「伯爵様の軍隊が戻ってきたみたいだな」


 市民たちは厳粛な表情だ。彼らにとって俺の軍隊は……この王国を救ってくれる存在なのだ。王国の守護者たちの進軍を、厳粛な雰囲気の中で見守っているわけだ。


 やがて赤竜の軍隊は中央広場を横切って、警備隊本部に進入する。そして訓練場まできて、俺の前で整列する。その堂々たる姿は王国最強の軍隊の名に相応しい。


「ロウェイン伯爵様」


 赤竜騎士団の団長であるレイモンが1歩前に出て、片膝を折って跪く。


「赤竜騎士団及び赤竜の軍隊、反乱軍鎮圧の任務を終えて帰還致しました」


「ご苦労だった」


 俺は頷いてから、兵士たちの顔を見回した。


「みんな、よくやってくれた。お前たちの活躍は賞賛に値する。この王国を守るための戦いはまだ終わっていないが……しばらくは休んでいい」


 俺は早速トムに指示を出して、兵士たちを休憩させた。そして赤竜騎士団の6人と一緒に本館の応接間に入って、一緒にテーブルに座った。


 レイモン、ジョージ、カールトン、ゲッリト、エイブ、リック……俺の最初の仲間たちだ。俺がまだ格闘場の選手だった頃から、この6人は俺を支えてくれている。今の俺は王都の統治者で、彼らも立派な騎士になったけど……そんな地位とは関係なく、俺たちの信頼は強まるばかりだ。


「傷はもう大丈夫か、ゲッリト?」


 俺が聞くと、ゲッリトがニヤリと笑う。


「まだ戦うのはちょっと無理ですけどね、歩くくらいなら問題ありませんよ」


「良かったな」


 俺は何度も頷いた。


「あれだけの重傷から1ヶ月で歩けるようになるなんて、素晴らしい回復力だ」


「次の戦いではもっと活躍してみせます。何だって俺は赤竜騎士団の狼ですから」


「何だ、それ」


 俺は失笑したが、同時に安心した。少しやつれているけどゲッリトの気迫はだいぶ回復している。


「あの……」


 ふとジョージが席から立ち上がって口を開く。


「みんなに話しておきたいことがあります。俺と……リアンのことです」


 ジョージは真剣な表情をして、自分の婚約者の『ミア』が実は敵の諜報員『リアン』だったこと、そして彼女と1からやり直そうとしていることを説明した。


 他の仲間たちもこの件についてはもう知っている。でもジョージは自分の口でもう1度ちゃんと説明して、みんなの了承を得ようとしている。


「ボスのお助けがあって、俺は……リアンと子供のために……」


 ジョージが切ない顔で言葉を濁す。


「いやいや、おめでたいことじゃないか!」


 ゲッリトが声を上げる。


「まさかお前が父親になるなんてよ。時間が経つのは恐ろしい」


「ゲッリト……」


「それにさ」


 ゲッリトが笑顔でジョージを見つめる。


「リアンさんのことも、見方を変えれば『敵の諜報員すら惚れさせた』ってことだろう? 素晴らしいじゃないか、ジョージ。俺なら一生自慢すると思うぜ」


「……ふふ」


 ジョージが笑った。そして涙を流した。


 リアンの件で1番の被害者はゲッリトだ。そのゲッリトが笑顔で理解してくれたのだ。ジョージとリアンの未来を祝ってくれたのだ。


「ありがとう……」


 ジョージは兄弟との絆に涙を流し続けた。


---


 翌日の午前、俺は側近たちを宮殿の会議室に集めた。これからの戦略について、みんなに話しておくことがあるからだ。


 シェラ、シルヴィア、デイナ、猫姉妹、鳩さん、青鼠、赤竜騎士団の6人、トム、エミル、ガビン……側近たち全員が大きな円形テーブルに座って、俺を見つめる。


「みんな集まったようだな。話を始める」


 俺はみんなの顔を見渡した。側近たちは息を殺して俺の声に集中する。


「もうみんな知っている通り、俺たちは今月中に東部遠征を開始する。東部地域の秩序を立て直して、ルケリア王国との来るべき決戦に備える」


 側近たちの顔に緊張が走る。そう、これから俺たちは……王国を守るために戦っていくのだ。


「遠征を成功させるためには、多くの兵力と大量の物資が必要だ。東部地域は広いし、経済が破綻しているからな」


 それが今回の遠征において最大の問題だ。今までの戦いは『戦闘で敵を撃破すればどうにかなるもの』だったが、今回はそうはいかない。混沌状態の東部地域を掌握し、治安と経済を回復させるべきだ。


「幸い、物資の方は何とか解決出来そうだ。そうだろう、シルヴィア?」


「はい」


 王都財務官のシルヴィアが頷いた。


「他地域との交流が活発化したことによって、王都の経済は回復しつつあります。まだ贅沢は出来ませんが、遠征の遂行には問題ないと判断されます」


「そうだな。しかも王都の貴族層も俺への支援を続けているからな」


 俺は貴族層との交渉役を務めているデイナを見つめた。デイナは微かな笑顔で口を開く。


「貴族層にとっても、王国自体が破滅するのは流石に良くないですからね。少なくともルケリア王国という脅威が去るまでは、『救世主』たるレッド様への支援は惜しまないでしょう」


「へっ、そういうことだ」


 俺は笑顔で頷いた。


「俺たちこそが王国最強の軍隊ということは、もう何度も証明された。この王国の人々にとって、俺たちは戦乱を終わらせてくれる希望だ。貴族も例外ではない。実際、今この瞬間にも俺への支援金が集まっている」


 『赤い肌の救世主』……人々は俺にそれを求めている。俺の力で王国を救ってくれることを、多くの人が願っている。そしてその願いがまた俺の力になっていく。


「物資の方は順調だ。このまま進めば、1年以上の遠征も出来るはずだ。しかし兵力は……まだ足りない」


 俺は自分の拳を見下ろした。


「王都地域にもある程度の守備軍を残しておくべきだからな。その点を考えると、俺が動員出来る兵力は……最大でも5千が限界だ」


「5千か……」


 シェラが呟いた。


「それって、ケント伯爵領の兵力も足した結果でしょう?」


「ああ。もうちょっと新兵を募集したいところだが、時間が足りない」


「東部地域は広大だし、確かに難しいね」


 シェラは腕を組んだ。


「城の1つや2つはどうにかなるかもしれないけど、東部地域全体を守るのは無理かも」


「最低でも1万は欲しいところだ。多数の城や領地を同時に維持しなければならない」


「同盟の領主たちに援軍を要請出来ないかな……」


 シェラが難しい顔をする。俺は笑顔を見せた。


「いい読みだな、シェラ。実は……もうその手筈は出来ているんだ」


「え……? じゃ、誰かが援軍を送ってくれるの?」


「ああ」


 俺は参謀のエミルの方を見つめた。するとエミルが無表情で口を開く。


「総大将の要請に答えて、既に多くの領主たちが援軍を出発させました。今月中に王都に到着する予定です」


 その言葉を聞いて側近たちが驚く。しかしエミルは無表情のまま話を続ける。


「具体的に話せば、援軍を送ってくれた領主は以下通りです。西のアップトン女伯爵とハリス男爵、クレイン地方のカーディア女伯爵、北の統治者ウェンデル公爵、南の統治者コリント女公爵」


 側近たちがもう1度驚いた。


「あ、あの……エミルさん」


 シェラがみんなを代表して手を上げる。


「援軍の総数はどれくらいですか?」


「まだ集計中ですが、約8千と推定されます」


「8千も……」


「これが総大将の、現在の位置です」


 エミルが俺を見つめる。


「公爵や大領主たちも、もう理解しています。ルケリア王国の黒竜を撃破して、このウルペリア王国を救うことが出来るのは……総大将しかいないと」


 側近たちの視線が俺に集まる。俺はニヤリとした。


「俺の軍隊と援軍が合流すれば、総数は1万3千になる。これで兵力の問題も解決される」


「そうよね。希望が見えてきたわ」


 シェラが明るい声で言った。


「レッドがその1万3千を率いて、東に進んで……戦いに勝つ。それで戦乱は終わるでしょう?」


「……その前に、1つやるべきことがある」


「やるべきこと?」


「俺の地位だ」


 俺は苦笑いした。


「全ての同盟軍を俺の指揮下に置くためには、相応の地位が必要だからな。伯爵以上の地位が」


「伯爵以上って、まさか……」


 シェラが目を丸くする。いや、シェラだけではない。側近たちはみんな驚いて俺を凝視する。


「この王国が建国されて以来、公爵になれるのは王族かその傍系だけだった。完全なる非血縁者でありながら公爵になった人間など……5百年の間、誰もいなかった」


 俺は手を伸ばして、隣に座っている黒猫の頭を撫でた。この場で唯一、黒猫だけがことの重大性を理解していない。ただ可愛い笑顔を見せてくれるだけだ。


「就任の手筈も、もう終わっている。さっさと済ませて……東に向かうぞ」


 ある意味、俺も黒猫と同じだ。伯爵就任の時もそうだったけど……地位自体よりも、それについてくる更なる戦いこそが大事なのだ。俺にとっては。

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