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第44話.隠密行動、そして……

 月が雲に隠れて、暗い夜だった。奇襲する側にとっては好都合だ。

 俺は路地の隅から2階建ての広い娼館を覗いた。深夜なのにランタンの光で眩しく、中から人々の笑い声が聞こえてくる。娼館は夜の商売だから当然だけど。

 今夜の目標である『警備隊隊長ラズロ』は、2階の特別室で女と2人っきりだ。それはもう確認している。問題は……どうやってそこまで辿り着くか、その点だ。

 この娼館は警備隊本部から割と近い。騒ぎが起こると武装警備隊が駆けつけてくるだろう。もちろんそんな事態を防ぐために、ロベルトの部下たちが陽動作戦に出ているが……なるべく静かに動かなければならない。

 だからこそ俺は1人で動いている。巨大な体格の俺に隠密行動なんて似合わないが、どうにか速さと力で勝負するしかない。

 娼館の入り口の近くでしばらく様子を見ていたら、1人の男が出てきた。俺は素早く物陰に隠れた。


「怠いな……」


 門番に見える男は体を伸ばした。外の空気でも吸いたかったんだろう。俺にはちょうどいい機会だ。


「っ……!?」


 俺は後ろから接近して……左手で男の口を塞ぐと同時に右腕を首に回し、力を入れた。それで男は気を失う。


「よし」


 失神した男の体を物陰に隠して、娼館の入り口を覗いた。誰も見当たらない。侵入するなら今だ。俺は周りを警戒しながら娼館の中に踏み入った。

 娼館の内部はとても華麗だった。赤いランタン、高そうな花瓶、眩しく光るガラスの装飾品……しかも甘い香りが漂っている。本当に刺激的な場所だ。

 入り口の正面に2階への階段があった。俺は忍び足でそっちに向かった。


「それでさ、あの子が……」


 いきなり人の声が聞こえてきて、俺は大きな鉢植えの後ろに身を隠した。


「うん、分かる。酷いよねー」


 露出度の高いドレスを着ている、2人の若い女性だった。


「流石にそれはないんじゃない? いくら何でも……」


 女性たちの会話を聞きながら、俺は汗をかいた。鉢植えは大きいけど……俺の巨体を完全に隠せるほどではない。もし女性たちが今こっちを振り向いたら……俺は間違いなく見つかる。


「じゃ、私は仕事に戻るわ」

「うん、後でまた話そうね」


 やがて1人の女性が右の方へ、もう1人は左の方へ行ってしまった。俺は彼女たちの気配が完全に消え去ったことを確認してから身を起こした。


「ふう」


 巨体がこんなにも不便と感じるのは初めてだ。だがこれで道が開いた。俺は忍び足で階段に近づき、登り始めた。


「くっそ……」


 今度は男の声が聞こえてきた。踊り場に椅子が置いてあって、1人の男が座っていたのだ。


「早く終わらせろ、まったく」


 男はまだ俺に気付いていない。だが……俺も動けない。


「警備隊隊長のくせに毎晩娼館って……いいかげんにしろよ、本当」


 言動や腰の剣から推測すると、この男はラズロの護衛の1人に違いない。俺はイライラしている男に少し同情した。


「あのやろう……」


 しばらく待っていると、男が椅子から立って足を運んだ。これは……危ない。もうすぐ俺の姿が男の視野に入ってしまう。そうなる前に……!


「うぐっ……!?」


 俺は突進して男のみぞおちを強打した。男は悲鳴も上げられずに倒れ、俺は素早く周りを確認した。幸いなことに誰にも見つかっていない。俺は男の体を背負って2階に登り、壁の隅に隠した。

 2階には狭い廊下があった。壁に体を密着させてこっそり覗くと、大きな扉の前に4人の男が集まっていた。全員腰に剣を差している。ラズロの護衛たちだ。

 こいつらを倒して、裏階段の扉を開けば俺の任務は成功だ。しかし……4人を一瞬で倒すことは不可能ではないけど、1人くらいは確実に悲鳴を上げるだろう。そうなったら騒ぎが起こる。

 だが、ずっと機会を待っているわけにもいかない。他の人が2階に登ってきたり、俺が倒した男を見つけたりすると同じく騒ぎが起こる。ここは少し無理矢理でも突破するしかない。


「じゃ、お酒でも持ってくるよ」


 俺が強行突破を覚悟した時、2人の男がこっちに向かって歩き始めた。俺は壁に体を密着させて息を殺した。足音がどんどん近づき、やがて2人の男は俺のすぐ傍を通った。


「うっ……うぐっ!?」


 俺は後ろから2人の男の首に左右の腕を回し、同時に絞めた。やつらは少し足掻いたけど、結局気を失って倒れた。


「ん?」


 だが……残り2人が今の音を聞いてしまった。


「何だ?」


 やつらは周りを警戒しながらこっちに向かった。これは……後ろから奇襲することは難しい。そう思った俺は全身の力を極限まで高めたまま、ポケットから硬貨を持ち出して……やつらに軽く飛ばした。


「あ……?」


 やつらは空中の硬貨に視線を移した。その刹那の瞬間が……俺には十分すぎる……!


「がはっ……!?」


 俺は物陰から飛び出て……右の男の顎を強打した直後、左の男のみぞおちを膝で蹴った。そして倒れていく2人の体を捕まえた。


「ふう……」


 音は最低限に抑えた。しかし油断はできない。俺は自分が倒した男たちの体をなるべく見つかりにくい場所まで運んだ。


「よし、これで……」


 忍び足で狭い廊下を渡って、裏階段の扉まで行った。この扉は外部から開けることはできないし、誰にも気づかれずに破壊することも難しい。おかげで結構苦労したけど……これで終わりだ。

 俺はビットリオが用意してくれた鍵で裏階段の扉を開いた。するとしばらくして3人の男が姿を現した。ビットリオの部下たちだ。


「俺が警戒に当たっている間に、ラズロを連れ出して逃げろ」

「はい」


 3人の男はナイフや縄などを持って『特別室』に入った。特別室は厚い壁のおかげで防音性が高く、たとえ女が悲鳴を上げても外には聞こえないらしい。しかもビットリオの説明によると、悲鳴が聞こえても誰も気にしないみたいだ。

 つまり……1階からの邪魔者さえ現れなければ、拉致はもう成功したも同然だ。だから俺は階段の近くに身を隠して、1階を警戒した。

 そしてしばらく後、『特別室』からビットリオの部下たちが出てきた。しかし……ラズロの姿は見当たらない。


「おい、どうしたんだ?」


 何か様子がおかしい。そう感じた俺はビットリオの部下に近づいた。彼らはみんな……驚愕した顔だった。


「どうしたんだ?」

「そ、それが……」


 異変が起きたに違いない。俺は答えを待たずに『特別室』の扉を開き、その中に入った。


「これは……」


 目の前の光景に、俺は固唾を呑んだ。

 華麗に飾られている広い部屋……その真ん中に大きなベッドがあり、男女2人が横になっていた。しかしその男女2人には……首が無かった。

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