第441話.これからも進んでいくんだ
決闘の後、俺はコリンズさんと共にアカデミー本館の総長室に入った。
「申し訳ございません、伯爵様」
総長室に入るや否や、コリンズさんが俺に向かった何度も頭を下げる。
「今回の件は自分の不始末が原因です。どんな処分を甘んじて受け入れる所存でございます」
「俺は別に、あんた1人が悪いとは思っていない」
ソファーに座って、俺はそう答えた。
「現実的に見て、このアカデミーは有力者たちの支援に大きく頼っている。スタイン男爵家も毎年かなりの支援金を出しているし、その一員であるビリーを処分しにくいのは……ある意味自然なことだ」
俺はニヤリと笑った。
「いくら美辞麗句を並べても、アカデミーも結局は普通の人間の集団……利益がある方に傾くのは仕方ない」
「そ、それは……」
「だがな」
俺は固まっているコリンズさんを見つめた。
「『全ての生徒に、公正な学問の機会を与える』……それが王都アカデミーの創設理念の1つだろう?」
「は、はい……」
「経緯がどうあれ、マイルズも正式に入学した生徒の1人だ。あんたらには、あの少年が安心して勉強出来るようにする義務がある」
俺は総長室の壁を見つめた。そこには国王からの表彰状が掛けられている。表彰状には『崇高な学問の場、王都アカデミー』と書かれている。
「……本当に『崇高な学問の場』でありたいんなら、あんな表彰状じゃなくて……行動で見せてくれ」
「かしこまりました」
コリンズさんが深々と頭を下げた。俺はしばらく彼を見つめてから口を開いた。
「今後、生徒を処分することに対して反発する有力家系があったら、俺に知らせろ」
「はい、承知致しました」
コリンズさんは真剣な態度だ。どんな人間の集団も完璧ではないし、これ以上彼を追及してもあまり意味がない。俺はそう考えた。
しばらくコリンズさんとアカデミーの運営について話し合った後、俺はアカデミー本館を出た。コリンズさんも俺を見送るために外までついてきた。
「伯爵様!」
ところで馬車に乗ろうとした時、誰かが俺を呼んだ。振り向くと、2人の少年がこちらに走ってきていた。もちろんそれはジェフリーとマイルズだ。
「伯爵様!」
少年たちは俺の前まできて、頭を下げる。
「本当に……ありがとうございます!」
頭を下げたまま、マイルズが言った。
「伯爵様のおかげで……僕は……僕は……」
マイルズがどんどん涙声になっていく。
「大事な友達ができて、勉強も続けられるようになって……希望を得ました。本当に……ありがとうございます!」
マイルズの瞳から涙が零れ落ちた。俺は笑顔を見せた。
「以前にも言ったが、俺に感謝する必要はない。俺はあくまでも面白い戦いが見たかっただけだ」
「いいえ!」
マイルズが首を横に振る。
「たとえ伯爵様のご本意ではなくても、僕が救われたのは事実です。僕にとって……伯爵様は本当の救世主です……!」
マイルズが俺を見上げる。少年の涙に濡れた瞳には、純粋な感謝の気持ちが込められている。
「……ありがとう」
俺はニヤリとしてから、マイルズの肩に手を乗せた。
「逆境にも屈せず意志を貫いて、勝利を掴んだのはお前自身だ。それを忘れるな」
「はい!」
マイルズが強く頷いた。それでいい。
「ジェフリーはこれからどうする気だ?」
俺はジェフリーの方を見つめた。ジェフリーは自分の涙を急いで手で拭った後、笑顔で答える。
「自分は……学部を変えてみようと思います」
「学部を?」
「はい。マイルズと同じ歴史学部に変えて、戦略戦術の歴史を勉強してみたいです」
ジェフリーが真剣な表情でそう言った。
「ジョージ卿のような立派な騎士になるためには、体の鍛錬だけではなく知識も必要ということが分かりました」
「そうか」
「はい。そしてもっと強くなったら……親を説得するつもりです」
それは決して幼い少年の軽率な発言ではない。ジェフリーの瞳と声から……強い決意が感じられる。まるで本物の騎士のようだ。
「お前がそう決めたのなら、頑張って貫いてくれ」
「はい!」
ジェフリーが強く頷いた。こいつなら、いつかは本当に『赤竜騎士団』に入団するかもしれない。
やがて俺は馬車に乗って宮殿への帰路についた。少年たちは、俺の乗った馬車が見えなくなるまでずっと頭を下げていた。




