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第433話.調査は中止だ

 アカデミーでの用事を済ませて、俺は宮殿に帰還した。


「レッド!」


 宮殿に入るや否や、短髪の女の子が近寄ってくる。健康的な体型の女の子……俺の婚約者であるシェラだ。


「どこに行ってたの!? 今日はみんなで公演を楽しむ日でしょう!?」


「すまん。ちょっと予定外のことが起きて、遅くなってしまった」


「もう!」


 シェラが目くじらを立てるが、可愛いだけだ。


「早く行きましょう! みんな大宴会場で待っているんだから!」


 シェラに促され、俺は宮殿の大宴会場に向かった。宮殿の大宴会場には俺の側近たちとその家族が集まって、三々五々テーブルに座っていた。


「伯爵様のご来場です!」


 衛兵が大声で言うと、大宴会場の全員が席から立ち上がる。俺は彼らに笑顔を見せてから、シルヴィアとデイナのテーブルまで行って、彼女たちの隣に座った。シェラも俺の隣に座る。


 しばらくして、1人の少女が登場する。まるで道化師みたいにまだらな服を着ている、小柄の少女だ。少女は大宴会場の真ん中の舞台に上がり、大げさな動作でお辞儀する。


「皆様! 今日はご来場頂き、誠に感謝致します! ではでは、私、吟遊詩人見習いのタリアが……歌を以て皆様のお心に安らぎを与えて差し上げましょう!」


 タリアが笑顔で宣言すると、俺たちは拍手喝采を送った。


「ゴホン」


 リュートを手にして、咳払いしてから……タリアが歌い始める。


「空の向こうまで……小鳥たちは羽ばたき……」


 いつ聞いても小柄の少女とは思えないほどの声量だ。しかも最近のタリアの歌には、人々の心を掴む不思議な力が感じられる。まだ自分自身のことを『見習い』と紹介しているけど……タリアはもう立派な一人前の吟遊詩人だ。


 俺たちはお茶やジュース、ワインなどを飲みながらタリアの公演を楽しんだ。平穏な雰囲気の中で心が徐々に安らぎ、やがては気持ちのいい夢を見ているような気分になる。


「小さながらも……風を切って羽ばたき……」


 この公演を企画したのは、シェラとシルヴィアだ。ジョージとリアンの件で、みんなどこか暗くなっているから……気持ちを転換させるためにこの場を用意したわけだ。


 もちろんジョージとリアンも一緒に座って公演を聞いている。これは傷ついた恋人たちのための公演でもあるのだ。リアンの家族も来ている。みんな日常の苦労を忘れて、美しい歌声に心を任せている。


 いくら俺が強くても、武力では人々の心に安らぎを与えることは出来ない。これは……武力とは違う、文化の力だ。俺はその力の素晴らしさをもう1度実感した。


---


 公演が終わった後、俺は宮殿の自分の部屋に入った。そしてメイドたちが用意してくれた浴槽で体を洗い、普段着に着替えた。


「ふう」


 柔らかいベッドに座って、俺は最近読んでいる歴史の本を開いた。歴史には周期があるという、ちょっと不思議な理論の本だ。


「レッド君」


 ところで本を読み始める前に、1人の訪問者が音もなく部屋に入ってきた。白猫だ。


「いつも言うけど、ノックくらいしてくれ」


「ごめん、忘れちゃった」


 いたずらっぽい笑顔を見せてから、白猫は俺の側に座る。


「それで、どうなっているの? レッド君の夢に関する調査」


「それが聞きたかったのか」


 俺は苦笑いしてから、本を閉じた。


「わざわざアカデミーまで行って、禁書を読んでみたけど……あまり収穫は無かった」


 俺は『異端の経典』で見つけた内容を簡単に説明した。幻獣に関する一般的な説明、大悪魔である赤竜の描写、そして赤竜降臨に対する警告……。


「なるほど、赤竜の伝承って……本当にあったんだ」


 白猫が目を輝かせて、興味を見せる。意外と博識な白猫だが、流石に異端の経典については知らなかったみたいだ。


「人間の形を借りて降臨し、怒りと憎しみを吸収して成長する赤竜……面白い話だわ」


 白猫が俺を凝視する。


「その話を聞いたら、誰もがレッド君のことを思い出すでしょうね。『あの赤いやつはとんでもないほど強いし……伝承の中の赤竜なんじゃない?』と」


「ああ、実際……伝承を知っている人間は、みんな俺のことを赤竜だと思っていた」


 俺はニヤリと笑った。


「無理もないさ。俺は肌色が赤くて、戦いが本当に好きだからな。おかげで赤竜の化身とかいう異名までついた。伝承を知っている人間なら、当然疑うだろう。『異名なんかではなくて、レッドは正真正銘の赤竜かもしれない』と」


「そうよね」


 白猫が頷いた。


「でも確証があるわけじゃないんでしょう?」


「ああ。人間の世に降臨した赤竜には、何らかの特徴があるみたいだけど……詳しくは書かれていなかった。まあ、どうせ『肌色が赤い』とか、そんなもんだろうけどさ」


 俺は笑ったが、白猫は真剣な顔だ。


「もしかして、本当にレッド君が伝承の中の赤竜だったら……どうするつもり?」


「どうするも何もないさ」


 俺は肩をすくめた。


「大悪魔と呼ばれようが、救世主と呼ばれようが、俺は俺だ。今まで通り……好きなものを守って、嫌いなものをぶっ潰すだけだ」


「ふふ、そう言うと思った」


 白猫も笑った。


「ま、本当にレッド君が赤竜だとしても、私にとって可愛い弟であることは変わらないからね」


「俺のことを可愛いと思うのは、たぶんあんただけだ」


 俺は苦笑した。


「私、思ったんだけど……」


 白猫が真剣な顔に戻る。


「レッド君の夢に出てきた『隻眼の赤竜』って、『赤竜として覚醒したレッド君』じゃないの?」


「……俺も同じことを思ったよ」


 俺は軽く頷いた。


「あいつは……『隻眼の赤竜』は、まさに伝承通りだった。凶暴で残酷で、とんでもないほど強い。俺よりも……ずっと強い」


「レッド君よりも?」


 白猫が目を丸くする。


「レッド君より強い存在がいるだなんて、信じられないけど」


「正面から戦っては、たぶん俺に勝ち目はない。しかもやつは……時間が経つに連れて、更に強くなっていっている。本当に怒りと憎しみを吸収しているかのように……」


 俺は自分の赤い手の平を見つめた。


「その推測が正しければ、俺は赤竜として覚醒していないから……本来の力を出せないのかもしれない」


「それが本当なら、レッド君はどうするの? もっと強くなるために、赤竜になるの?」


「……いや」


 俺は首を横に振った。


「確かにあの『隻眼の赤竜』は……昔の俺が夢見た姿だ。残酷で強くて、容赦のない存在。でも今の俺は……別の道を選んだ」


「別の道?」


「覇王の道だ」


 そう言った瞬間、とても懐かしい気持ちがした。


「覇王の伝説について知っているか、白猫?」


「うん。千年前に存在していた、東の『シンメイ』という王国の伝説でしょう?」


「ああ」


 俺は4年前の夜を思い出した。覇王の伝説を初めて聞いたあの夜を。


「地方の小領主が、戦乱の世に対してこう宣言した。『武力を以て混乱を鎮める』。そしてやつは戦争に勝ち続けて、それを実現し……覇王と呼ばれるようになった」


「確かにそれが……レッド君の歩んできた道だよね」


「俺が本当に赤竜かどうか、正直分からない。でも俺は自分の道を自分で選んで、今も進んでいる。たとえ女神が目の前に現れて、『お前の正体は赤竜だ』と言っても……他人が勝手に決めた生き方に従うつもりはない」


「流石だわ」


 白猫が微笑んだ。


 俺は少し間を置いてから、口を開いた。


「そもそも赤竜に関する話は、全部推測に過ぎない。経典を読み続けるのも面倒くさいし、調査は中止だ」


「そう? もう興味を失ったみたいね」


「ああ、実は……もっと面白いことを見つけたんだ」


「面白いこと?」


「苦しめられてきた少年の反撃さ」


 そう言ってから、俺は柔らかいベッドに身を任せた。

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