第431話.騒音
時間が経つのも忘れて……俺はひたすら『異端の経典』を読み続けた。
『異端の経典』には、女神の教えに関するいろんな逸話が書かれていた。でもそんなものまで一々読んでいたら、流石に時間がかかり過ぎる。俺が読みたいのはあくまでも『赤竜』に関する内容だ。俺は素早くページをめくりながら、『赤竜』という単語を探し続けた。
「これだ……」
3冊目の経典を読んでいた途中、俺は『幻獣に関する記録』という章を見つけた。
「幻獣、か」
『幻獣』とは、人知を超えた存在のことだ。不思議な力を持っていて、殺しても時間が経てばまた復活する存在……簡単に言えば『化け物』だ。
現在の女神教では、これら『幻獣』のことを『あくまでも想像の話』とか『何かの比喩』と説明している。しかしこの『異端の経典』には……『幻獣は実在する』と書かれている。
「本当に荒唐無稽だな」
俺は微かに笑ったが、一応真面目に読み続けた。
一言で『幻獣』といっても、実はいろんな種類があるらしい。その中でも『地獄』に住んでいる幻獣を『悪魔』と呼ぶ。この『悪魔』たちは人間の魂を苦しめるのが好きで、いつも人間の世を狙っているみたいだ。
しかし『悪魔』たちが人間の世に直接干渉することは出来ない。女神が『悪魔には通れない壁』を作って、人間の世を守っているからだ。
だが……悪魔の中でも強大な力を持っている『大悪魔』は、通常ではない方法を使って、女神の作った壁を通る。その方法とは……『人間の形を借りること』だ。
「なるほど」
俺は頷いた。童話みたいな話だが筋は通っている。
『大悪魔』は人間のあらゆる感情を吸収して、自らの力とする。つまり大悪魔はもっと強くなるために、人間の世に周期的に降臨する。そんな大悪魔の中でも最も危険な存在が……『怒りと憎しみの化身、赤竜』だ。
「……やっと出てきたか」
巨大な胴体は真っ赤な鱗に包まれ、4本の足と2本の翼と1本の尾を持ち、頭には角が生えていて、口から炎を吐く。凶暴で強大で、天地をも喰らい尽くす残酷な化け物……それが『赤竜』だ。
人間の世が怒りと憎しみに満ちている時、赤竜が降臨する。人間の形をしている赤竜は、周りの怒りと憎しみを吸収してどんどん成長し……やがて地獄を具現化する。赤竜の力の前では、人間の軍隊など何の意味が無く……無数の人が殺され、血の川が流れる残酷な時代が始まる。
俺が夢の中で見た『隻眼の赤竜』は、まさにこの表現通りだ。やつは平気な顔で虐殺を命じて、周りを地獄に変えていた。しかもやつの力は……どんどん強くなっている。
『異端の経典』によると、赤竜に抵抗するのは無意味らしい。人間の世が怒りと憎しみに満ちている限り、誰にもやつを倒すことは出来ない。唯一生き残る方法は、ひたすら逃げることだそうだ。
『人間の世に降臨した赤竜には特徴がある。そんな人を見つけたら、抵抗せず逃げるしかない』……それが『幻獣に関する記録』の最後の文章だった。
「……は?」
俺は首を傾げた。『降臨した赤竜の特徴』が何なのか……書かれていない。
「いや、ちゃんと説明しろよ」
俺は慌ててその本をもう1度読んだ。しかし『降臨した赤竜の特徴 』については何の説明もない。
「くっそ……」
まさか他の経典に書いてあるのか? 10冊以上の厚い経典を、一々細かく調べるしかないのか?
「……疲れた」
何時間も書類仕事をして、何時間も厚い経典を読んで……流石に俺も疲れを感じた。しかも腹も減ってきた。まずは何か食べるべきだ。
俺は席から立ち上がって、ランタンを手にした。そして階段で1階に降りた。
「伯爵様」
俺を見て、管理者のダンさんが素早く近寄る。
「ご閲覧はお済みでしょうか?」
「いや、まだ読み切れていない。何か食べてくるよ」
「かしこまりました。では、自分が本館までご案内……」
「いいんだ、1人で歩くさ」
俺は首を横に振って、大図書館を出た。
外は薄暗い。もう夕食の時間だ。今頃アカデミーの講義も全て終わり、生徒たちは食堂で食事をしているはずだ。
ランタンの光に頼って薄暗い街路樹の道を歩いていると、気持ちが落ち着く。世の中の戦乱とは掛け離れている静けさが、このアカデミーにはある。まさに学問の聖地だ。
「……ん?」
ところが、その時……騒音が聞こえてきた。周りの静けさとは正反対の騒音。微かだけど……確かに聞こえてくる。
「これは……」
俺は直感的にその騒音の正体が分かった。これは……暴力の音だ。人間が他人を容赦なく殴る時の音だ。
好奇心に導かれて、俺は騒音に向かって歩いた。そして数分後、アカデミーの寮の裏で『騒音の現場』を見つけた。
小さな空き地に、3人の男子生徒が立っている。黒色の制服を着ている彼らは、1人の男子生徒の囲んで……殴っている。明らかに自分たちより弱いやつを……無慈悲に殴っている。
「へっ」
俺は笑ってしまった。子供の頃、貧民街でよく見た光景だ。孤児ばかりの貧民街も、貴族だけが入学するアカデミーも……こういうことは同じなのだ。
「お前ら、何しているんだ?」
笑顔のまま、俺は生徒たちに近づいた。




