表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
458/602

第423話.思いの交差

 それから3日が経った。


 この3日間、ジョージはほとんど何も食べなかった。メイドたちが何度も食事を運んできたが、全部拒否した。俺に促されなかったら水すら飲まなかったかもしれない。


 そして8月14日の朝……ずっと自分の部屋に閉じ籠もっていたジョージが、やっと会議室に顔を出した。


「ジョージ……」


 仲間の姿を見て、俺は顔をしかめた。ジョージは酷くやつれていた。人間離れした怪力を誇る強靭な戦士の姿は……もう見当たらない。今すぐにでも倒れてしまいそうだ。


 だがジョージの瞳にはまだ気迫が残っている。


「ありがとうございます、ボス」


 ジョージがやつれた顔で頭を下げる。


「ボスがミア……の処分を決めなかったのは、俺のことを配慮してくださったからですね」


 そう言ってから、ジョージは顔を上げて俺を見つめる。


「俺……やっと決心がつきました。もうミアとは一緒に歩めません。婚約は……破棄するつもりです」


「……そうか」


「しかし婚約を破棄するまでは……俺とミアは一緒です。ミアのやったことは、俺にも責任があります。だから……ミアに対する処分を、俺にも与えてください」


 やっぱりそう決めたか、と俺は内心ため息をついた。ジョージは……自分の責任を最後まで果たそうとする男なのだ。一度愛した人を見捨てるはずがない。


「……その必要はない」


 俺は首を横に振った。


「そもそもの話……お前はミアさんの工作による被害者だ。俺は被害者に責任を問うつもりはない」


「しかし……」


「本当の問題は被害者であるお前、そしてゲッリトが……ミアさんのことを許すはずだということだ」


 俺はため息をついた。


「俺が独断でミアさんを処刑したりすると、お前とゲッリトは深く傷を負うだろう。お前たちはそんな男だからな」


「ボス……」


「でも俺はボスとして、ミアさんのことを許すわけにはいかない。それは理解出来るな?」


「はい」


 ジョージは力無く頷いてから、口を開く。


「だから俺にも処分を与えてください。責任を……」


「その必要はないと言ったじゃないか」


 俺は席から立って、窓際に近づいた。太陽が眩しい。


「……俺はしばらくミアさんを拘留するつもりだ」


「拘留、ですか?」


「ああ、アルデイラ公爵が滅ぶまでだ」


 俺はジョージの方を振り向いた。


「近い内に……アルデイラ公爵は王国の反逆者として捕まり、やつの勢力は俺とコリント女公爵が吸収するだろう。そうなればミアさんももう敵の特殊工作員ではなくなる」


「それはそうですが……」


「被害者のお前とゲッリトが彼女を許すなら……敢えて処刑する必要もない。追放でよかろう」


 ミアさん……いや、リアンを処刑するのも許すのも困難だ。なら彼女が敵ではなくなった後、追放した方が妥当だ。リアンが姿を消した方が……ジョージとゲッリトにもいいはずだ。


「……ありがとうございます、ボス」


 ジョージが涙を流しながら頭を下げる。


「ゲッリトには……俺がミアに代わって謝罪します。俺はあいつを疑ったし、ミアはあいつを騙したから……俺がしっかり謝罪しないと……」


「話し合えば、ゲッリトも理解してくれるはずだ」


「はい、あいつには……いつも助けてもらっています」


 ジョージが手で涙を拭いた。


 この話を聞いたら、ゲッリトは自分のことよりもジョージの心配をするだろう。そしてジョージは自分のことよりゲッリトへの謝罪を優先するだろう。それで時間が経てば……2人は立ち直るはずだ。俺たちの結束は、逆境に遭ってなお強くなるから。


---


 その日の午後、俺は1人を女性を会議室に呼び出した。もちろんそれはリアンだ。


「お呼びでしょうか、伯爵様」


 丁寧に頭を下げるリアンを見て、俺は少し驚いた。リアンも……ジョージのように酷くやつれている。いや、ジョージよりも酷い。リアンの瞳からは何の気迫も感じられない。まるで……生ける屍だ。


「……あんた、大丈夫か?」


「はい」


 リアンは即答したが、嘘だ。今ここで倒れて死んでもおかしくないほど……彼女は衰弱している。


 俺は無言でテーブルの上を指さした。そこには水差しとコップが置いてある。


「水でも飲んでくれ。これは命令だ」


「かしこまりました」


 リアンは素直にコップに水を注いで、1口飲む。


「……あんたも知っているだろうけど、ジョージは今この宮殿にいる」


「はい」


「ジョージは俺からあんたについて聞いて、3日間悩んだ。そして今朝……あんたとの婚約を破棄すると言い出した」


「……はい」


 リアンが頷いた。俺はリアンの顔をじっと見つめたから、ゆっくりと口を開いた。


「俺はあんたを処刑するつもりだ。俺の仲間に傷つけたからな」


「はい」


「だがその仲間は……ジョージはこう言った。『婚約を破棄するまでは、俺とミアは一緒です。ミアのやったことは俺にも責任があります』……と」


「……それは違います」


 リアンが首を横に振った。


「伯爵様もご存知の通り、ジョージさんには何の責任もありません。全て私が独断でやったことです」


「ああ、分かっているさ。でもやつはそう思っていない。それが問題だ」


 俺は腕を組んだ。


「あんたを処刑すれば、ジョージは更に傷つくだろう。いや、ジョージだけではない。きっとゲッリトも傷つく。だから……命だけは助けてやる」


 それを聞いて、何故かリアンの顔が暗くなる。


「……明日、あんたとジョージの婚約破棄を正式に公表する。そしてあんたにはこの宮殿から出てもらう」


「はい」


「銅色の区画に、俺の情報部の隠れ家がある。あんたはしばらくそこで拘留されることになる。アルデイラ公爵が滅ぶまで」


 少し間を置いてから、俺は話を再開した。


「……そしてアルデイラ公爵が滅んだら、あんたは王都から追放される。理解出来るな?」


「はい」


「運が良ければ……家族と再会出来るかもしれない。ただし……2度と俺たちの前に姿を現すな」


「かしこまりました」


 リアンが深く頭を下げる。


「本当に……感謝致します、伯爵様」


「俺に感謝するな」


 俺は冷たく言った。


「ジョージとゲッリトに感謝しろ。あんたが助かったのはあいつらのおかげだ」


「……はい、肝に銘じておきます」


 再び頭を下げてから、リアンは会議室を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ