第423話.思いの交差
それから3日が経った。
この3日間、ジョージはほとんど何も食べなかった。メイドたちが何度も食事を運んできたが、全部拒否した。俺に促されなかったら水すら飲まなかったかもしれない。
そして8月14日の朝……ずっと自分の部屋に閉じ籠もっていたジョージが、やっと会議室に顔を出した。
「ジョージ……」
仲間の姿を見て、俺は顔をしかめた。ジョージは酷くやつれていた。人間離れした怪力を誇る強靭な戦士の姿は……もう見当たらない。今すぐにでも倒れてしまいそうだ。
だがジョージの瞳にはまだ気迫が残っている。
「ありがとうございます、ボス」
ジョージがやつれた顔で頭を下げる。
「ボスがミア……の処分を決めなかったのは、俺のことを配慮してくださったからですね」
そう言ってから、ジョージは顔を上げて俺を見つめる。
「俺……やっと決心がつきました。もうミアとは一緒に歩めません。婚約は……破棄するつもりです」
「……そうか」
「しかし婚約を破棄するまでは……俺とミアは一緒です。ミアのやったことは、俺にも責任があります。だから……ミアに対する処分を、俺にも与えてください」
やっぱりそう決めたか、と俺は内心ため息をついた。ジョージは……自分の責任を最後まで果たそうとする男なのだ。一度愛した人を見捨てるはずがない。
「……その必要はない」
俺は首を横に振った。
「そもそもの話……お前はミアさんの工作による被害者だ。俺は被害者に責任を問うつもりはない」
「しかし……」
「本当の問題は被害者であるお前、そしてゲッリトが……ミアさんのことを許すはずだということだ」
俺はため息をついた。
「俺が独断でミアさんを処刑したりすると、お前とゲッリトは深く傷を負うだろう。お前たちはそんな男だからな」
「ボス……」
「でも俺はボスとして、ミアさんのことを許すわけにはいかない。それは理解出来るな?」
「はい」
ジョージは力無く頷いてから、口を開く。
「だから俺にも処分を与えてください。責任を……」
「その必要はないと言ったじゃないか」
俺は席から立って、窓際に近づいた。太陽が眩しい。
「……俺はしばらくミアさんを拘留するつもりだ」
「拘留、ですか?」
「ああ、アルデイラ公爵が滅ぶまでだ」
俺はジョージの方を振り向いた。
「近い内に……アルデイラ公爵は王国の反逆者として捕まり、やつの勢力は俺とコリント女公爵が吸収するだろう。そうなればミアさんももう敵の特殊工作員ではなくなる」
「それはそうですが……」
「被害者のお前とゲッリトが彼女を許すなら……敢えて処刑する必要もない。追放でよかろう」
ミアさん……いや、リアンを処刑するのも許すのも困難だ。なら彼女が敵ではなくなった後、追放した方が妥当だ。リアンが姿を消した方が……ジョージとゲッリトにもいいはずだ。
「……ありがとうございます、ボス」
ジョージが涙を流しながら頭を下げる。
「ゲッリトには……俺がミアに代わって謝罪します。俺はあいつを疑ったし、ミアはあいつを騙したから……俺がしっかり謝罪しないと……」
「話し合えば、ゲッリトも理解してくれるはずだ」
「はい、あいつには……いつも助けてもらっています」
ジョージが手で涙を拭いた。
この話を聞いたら、ゲッリトは自分のことよりもジョージの心配をするだろう。そしてジョージは自分のことよりゲッリトへの謝罪を優先するだろう。それで時間が経てば……2人は立ち直るはずだ。俺たちの結束は、逆境に遭ってなお強くなるから。
---
その日の午後、俺は1人を女性を会議室に呼び出した。もちろんそれはリアンだ。
「お呼びでしょうか、伯爵様」
丁寧に頭を下げるリアンを見て、俺は少し驚いた。リアンも……ジョージのように酷くやつれている。いや、ジョージよりも酷い。リアンの瞳からは何の気迫も感じられない。まるで……生ける屍だ。
「……あんた、大丈夫か?」
「はい」
リアンは即答したが、嘘だ。今ここで倒れて死んでもおかしくないほど……彼女は衰弱している。
俺は無言でテーブルの上を指さした。そこには水差しとコップが置いてある。
「水でも飲んでくれ。これは命令だ」
「かしこまりました」
リアンは素直にコップに水を注いで、1口飲む。
「……あんたも知っているだろうけど、ジョージは今この宮殿にいる」
「はい」
「ジョージは俺からあんたについて聞いて、3日間悩んだ。そして今朝……あんたとの婚約を破棄すると言い出した」
「……はい」
リアンが頷いた。俺はリアンの顔をじっと見つめたから、ゆっくりと口を開いた。
「俺はあんたを処刑するつもりだ。俺の仲間に傷つけたからな」
「はい」
「だがその仲間は……ジョージはこう言った。『婚約を破棄するまでは、俺とミアは一緒です。ミアのやったことは俺にも責任があります』……と」
「……それは違います」
リアンが首を横に振った。
「伯爵様もご存知の通り、ジョージさんには何の責任もありません。全て私が独断でやったことです」
「ああ、分かっているさ。でもやつはそう思っていない。それが問題だ」
俺は腕を組んだ。
「あんたを処刑すれば、ジョージは更に傷つくだろう。いや、ジョージだけではない。きっとゲッリトも傷つく。だから……命だけは助けてやる」
それを聞いて、何故かリアンの顔が暗くなる。
「……明日、あんたとジョージの婚約破棄を正式に公表する。そしてあんたにはこの宮殿から出てもらう」
「はい」
「銅色の区画に、俺の情報部の隠れ家がある。あんたはしばらくそこで拘留されることになる。アルデイラ公爵が滅ぶまで」
少し間を置いてから、俺は話を再開した。
「……そしてアルデイラ公爵が滅んだら、あんたは王都から追放される。理解出来るな?」
「はい」
「運が良ければ……家族と再会出来るかもしれない。ただし……2度と俺たちの前に姿を現すな」
「かしこまりました」
リアンが深く頭を下げる。
「本当に……感謝致します、伯爵様」
「俺に感謝するな」
俺は冷たく言った。
「ジョージとゲッリトに感謝しろ。あんたが助かったのはあいつらのおかげだ」
「……はい、肝に銘じておきます」
再び頭を下げてから、リアンは会議室を出た。




