第413話.やっぱりこれだな
7月半ばになってから、王都の天気は雨と晴れが繰り返された。南の都市に比べたらそこまで暑くはないけど、雨のせいで道路の整備が少し遅れているみたいだ。これは仕方無い。
そして7月18日の正午……宮殿で小さなパーティーが開かれた。リックとアンナさんの婚約パーティーだ。俺の側近たちとその家族は大応接間に集まり、2人の婚約を祝った。
「皆さん、今日は集まって頂き真に感謝致します!」
礼服姿のリックが大応接間の真ん中に立ち、みんなに向かって礼をした。彼の側にはもちろんアンナさんがいる。彼女も真っ白なドレスを着ていて、本当に美しい。
「まだ自分たちの戦いが終わったわけではありませんが、これからアンナさん……いいえ、アンナと一緒に強く生きようと思います!」
リックが上気した顔で宣言してから、アンナさんとキスを交わす。俺たちは2人に拍手喝采を送った。特にアンナさんの弟であるトムは、誰よりも嬉しい笑顔で拍手した。
それから俺たちは三々五々テーブルに座って、昼食を食べながら楽しく話し合った。いつもの砕けた雰囲気のパーティーだ。レイモンの娘のエイミが、2歳には有るまじき体力で大応接間の中を走り回る。そして俺の義妹の黒猫がそんなエイミの後ろを追って走る。見ているだけで笑ってしまう光景だ。
「リックの婚約を聞いて、涙目になっている女の子も多いはずですよ」
俺の隣からゲッリトがそう言った。
「リックのやつ、市民やメイドから結構人気ですからね」
「なるほど」
俺は頷いた。確かにリックは顔が端正だし、人気があってもおかしくない。
「お前の方はどうだ、ゲッリト?」
「俺ですか?」
「ああ、好意を寄せてくる女の子はいないのか?」
俺は笑顔で聞いた。ゲッリトは少し軽薄なところがあるけど顔は端正な方だし、今は王都の統治者の側近であり立派な騎士だ。好意を寄せてくる女の子がいても不思議ではない。
「まあ、いないわけではありませんけど……」
ゲッリトが後頭部を掻く。
「最近はもうちょっと鍛錬に集中したくて……時間が無いというか……」
「へぇ、お前らしくないな」
「俺だって成長しているんですよ、ボス」
ゲッリトが恥ずかしそうに笑う。
その時、全力で走っていたエイミがうっかり転んでしまう。俺たちは驚いたが、エイミは何もなかったように立ち上がってまた走り出す。流石レイモンの娘だ。
楽しい雰囲気の中、パーティーは続いた。主役のリックとアンナさんは文字通り幸せに包まれていた。しかし……俺はふと妙な違和感を覚えた。
「……ん?」
違和感は……ジョージとゲッリトの態度から漂っていた。彼らは笑顔でリックを祝っていたが、2人ともいつもとは違う。
いつもなら、ジョージとゲッリトはすぐ口喧嘩したり、互いの胸ぐらを掴んで睨み合ったりしたはずだ。しかし今日のジョージとゲッリトは静かだ。リックやアンナさんを気遣っているため……? いや、違う。よく観察したら、ジョージとゲッリトは互いを見つめようとしない。
先日、レイモンは『格闘大会以来、ジョージとゲッリトはギスギスしています』と言っていた。どうやらそれは本当だったみたいだ。でも格闘大会はもう1ヶ月前のことだ。この2人がまだ仲直りしていないなんて、何かあったんだろうか。
俺は疑問を感じて、恋人のミアさんと一緒に座っているジョージに近づいた。
「おい、ジョージ……」
しかし俺がジョージに話しかけようとした瞬間、大応接間に1人の衛兵が入ってきた。衛兵は急ぎ足で俺に近づいて、頭を下げる。
「伯爵様」
「どうした? 何かあったのか?」
「それが……『ペルゲ男爵領』から1人の騎士がこの宮殿に訪ねてきました」
「ペルゲ男爵領から……?」
俺は首を傾げた。
『ペルゲ男爵領』は、東部地域の小さな領地だ。ここ王都から割りと近くて、戦乱が始まる前はそれなりに繁栄していたらしい。しかし今は他の東部地域の領地と同じく、結構疲弊していると聞いた。
「あの騎士は、伯爵様の救援をお頼み申し上げると言っております」
「俺の救援か」
ペルゲ男爵領で何か緊急事態が起きたに違いない。俺が直接話を聞いた方が良さそうだ。
「分かった。あの騎士を会議室に案内せよ。すぐ行く」
衛兵にそう言ってから、俺はリックとアンナさんの席に近づいた。
「2人の婚約、本当におめでとう」
「ありがとうございます、ボス! 自分もアンナもボスのおかげでここまで来られました!」
リックとアンナさんは席から立って、深く頭を下げる。俺は笑顔を見せた。
「急な仕事が入ってきたみたいだから、先に失礼するよ。2人はみんなと一緒にこのままパーティーを楽しんでくれ」
「はい!」
リックが笑顔で頷いた。俺は参謀のエミルに目配せして、彼と一緒に大応接間を出て会議室に向かった。
会議室に入ると、礼服姿の30代の男が見えた。たぶんこの人がペルゲ男爵領から来た騎士なんだろう。
「ロウェイン伯爵様!」
俺を見て、30代の男は片膝を折って頭を下げる。
「自分はペルゲ男爵に仕える騎士、ブルーノと申します!」
「俺はレッドだ」
そう言ってから、俺は自分の席に座った。
「俺の救援を求めていると聞いた」
「はい!」
ブルーノという名の騎士は急いで立ち上がり、姿勢を正して俺を見つめる。よく見ると……彼はとても疲れた顔をしている。たぶんペルゲ男爵領から休まずに王都まで来たんだろう。
「ペルゲ男爵領の本城が危険に陥っております! ロウェイン伯爵様の救援が無いと、今月中に陥落されるかもしれません!」
「誰の攻撃を受けているんだ?」
「盗賊の群れ……いいえ、反乱軍に攻撃されております!」
ブルーノが必死な顔で答えた。俺は首を傾げた。
「反乱軍、だと?」
「はい! 最初はただの盗賊の群れでしたが……昨年『グレゴリー』という騎士が連中の首領になり、短期間で勢力を拡大しました!」
その言葉を聞いて、俺はエミルの方をちらっと見た。するとエミルが無表情で頷いた。ブルーノの話が情報部の調べた情報と一致している、という意味だ。
「連中はもういくつの村を略奪して、それなりに武装しています!」
「そりゃ確かに立派な反乱軍だな。やつらの数は?」
「3千以上です!」
多い。小領主に対抗出来る数ではない。
「村を略奪して自信を得た反乱軍が、ついに本城への攻城戦を仕掛けた……というわけか」
「どうかお助けてください、伯爵様!」
ブルーノが深く頭を下げる。
「ペルゲ男爵が部下を率いて対抗しておりますが……いつまで持ち堪えられるか存じません! どうかロウェイン伯爵様の救援を……お願い申し上げます!」
ブルーノの声から、必死な気持ちが伝わってきた。
戦乱が始まって間もなく、東部地域は秩序が崩れてしまった。それでいくつもの盗賊の群れが跋扈し、東部地域の領主たちは自分の身を守ることに精一杯らしい。
そういう状況だから、隣の領主の救援なんて期待出来ないんだろう。だからブルーノは王都まできて、俺に救援を求めているわけだ。『赤い化け物』の力を頼って……必死に走ってきた。
「王都からペルゲ男爵領までは、歩兵隊では少なくとも1週間以上かかる。つまり……」
俺は席から立ち上がった。
「俺が直接騎兵隊で行く」
「は、伯爵様……!」
ブルーノが目を丸くして驚く。
「総大将」
エミルが冷たい声で俺を呼んだ。
「総大将が直接出陣なさる必要はありません。レイモン卿に任せた方が……」
「いや、せっかくだし……東部地域の現状を見ておきたいんだ」
俺はニヤリと笑った。
「すぐ戻ってくるさ。それまでの間、王都のことを頼む」
「……かしこまりました」
エミルが小さくため息をついた。俺の出陣を止めることは無理だと分かっているのだ。
「ブルーノ卿」
「は、はい!」
「衛兵に言って、今日は宮殿の客室で休んでくれ。明日の朝出発する」
「か……感謝致します、ロウェイン伯爵様! 本当に……感謝致します!」
ブルーノは何度も頭を下げてから会議室を出た。俺はテーブルの上の地図を見つめた。王都の東に位置するペルゲ男爵領……あそこで戦いが俺を待っている。
「へっ」
俺は自分の気持ちが高揚するのを感じた。やっぱり俺には……戦いこそが生き甲斐だ。




