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第408話.変わらないもの

 赤竜騎士団の設立から2日後……俺はデイナと黒猫と一緒に宮殿を出て馬車に乗った。目的地はエルデ伯爵の屋敷だ。そこでエルデ伯爵夫婦とお茶会をすることになっている。


「少し意外ですね」


 真っ白なドレス姿のデイナがそう言った。


「新兵募集の件で忙しいと聞いたのに、レッド様が時間を割いてお茶会に参席するなんて」


「エルデ伯爵にはいろいろ世話になったからな」


 俺は黒猫を見つめながら答えた。黒猫のメイド姿はいつ見ても可愛い。


「先日の格闘大会も、彼の後援があったからこそ無事に開催することが出来た。恩返し、とは言えないけど……せめてお茶会には参席しないとな」


「そういうところは意外とちゃんとしていますね」


「だから意外って言うな」


 俺は苦笑してから、デイナの顔を凝視した。今日のデイナは……いつもよりも美貌が輝いている。まさに優雅で綺麗なお姫様だ。


「……どうしてそう見つめていらっしゃるのですか? 私の顔に何かありますか?」


「いや、お前は顔だけは本当に綺麗と思ってな」


「顔だけとか……まったく無礼な人ですね、貴方は」


 そう言っているけど、デイナは少し赤面になる。別に嫌いではないみたいだ。しかし……このひねくれたお姫様は、そう簡単には嬉しいと言わない。


「では、レッド様に1つ聞きましょう」


「どうした?」


「私とオフィーリアさん……どちらが綺麗ですか?」


「そう来るか」


 俺はもう1度苦笑したが、デイナは意外と真剣だ。


「実は、昔からよく比較されてきました。『確かにクレイン地方一の美少女はデイナお嬢さんだけど、王国一の美少女はオフィーリアお嬢さんかもしれない』とか何とか」


「なるほどね」


「だからこそレッド様のご意見が聞きたい所存です。レッド様は優れた洞察力をお持ちですからね」


「皮肉に聞こえるのは俺の気のせいか?」


「お答えください」


 デイナが真顔で俺を見つめる。俺はため息をついた。


 オフィーリア・ウェンデルは……俺が生まれて初めて見た『貴族のお嬢さん』だ。貧民だった俺の目の前を、オフィーリアが華麗な馬車に乗って通った。あの時のオフィーリアは……本当にお人形みたいな美しい少女だった。


 しかしその後……兄と母親が死んで、オフィーリア自身も悪夢に魘されることになった。それで彼女はどこか悲しげな少女に変わってしまった。幸いなことに父親のウェンデル公爵との関係を回復して、ようやく立ち直ることが出来たけど。


「……今なら、たぶんお前の方が綺麗だろうな」


「今なら? どういう意味ですか?」


「オフィーリアは今大変だからな」


 俺は馬車の窓を通じて街の風景を眺めた。


「いきなりウェンデル公爵家の後継者となって、オフィーリアは貴族たちの反乱を鎮圧するために戦っている。真面目な性格だから、今頃責任感に押し潰されそうになっているはずだ」


「……レッド様はどうですか?」


 デイナが俺を凝視する。


「現在、王国中の多くの人がレッド様に期待をかけております。レッド様は……責任感に押し潰されそうになったことはございませんか?」


「いや、俺は元々自分勝手な人間だからな」


 俺は自分の赤い手のひらを見つめた。


「人々がどう思おうが、俺のやりたいようにやっているだけだ」


「……ある意味、生まれつきの指導者なんですね」


 そう言ってから、デイナは窓の外に視線を投げる。


「最近、この王都では『赤竜』に対する認識が変わりつつあるようです」


「認識、か」


「はい。赤竜はただ恐ろしいだけの化け物ではない。女神の命に従って、邪悪な存在を討ち滅ぼす頼もしい存在である……という認識が広まっています」


 デイナが微笑む。


「そう、これはレッド様に対する人々の認識の変化です。『赤い化け物』として恐怖の対象だったレッド様は……いつの間にか『勝利と希望の象徴』になっているのです」


 デイナが視線を戻して、俺を直視する。


「『人々がどう思おうが、俺のやりたいようにやっているだけだ』……とおっしゃいましたよね 。でも『地位は人を作る』という言葉があります。救世主と呼ばれて、いつか王国の頂点になっても……レッド様は本当に何も変わらないと断言出来るのですか?」


「……断言は出来ないな」


 俺は手を伸ばして、黒猫の頭を撫でた。


「人と人の繋がりというのは、決して一方的ではない。俺もたぶん……人々の影響を受けていろいろ変わったんだろう。それでも……大事なものまで変わりたくはない」


「大事なもの?」


「俺を信じてくれるみんなだ」


 俺は仲間たちの顔を思い浮かべた。


「いつも自分勝手な俺がここまで来られたのは、俺を信じてくれるみんなのおかげだ。決して俺1人の力ではない。俺はそんなみんなのことを大事にしたい。たとえ王国の頂点になり、いろいろ変わっても……この気持ちだけは変わりたくない」


「……なるほど」


 デイナはゆっくりと頷いた。


---


 やがて馬車がエルデ伯爵の屋敷に到着した。俺たちが馬車から降りると、いつも通りエルデ伯爵夫人が温かく迎えてくれた。俺たちは彼女の案内に従い、屋敷の応接間に入った。


「ロウェイン伯爵様!」


 応接間には、1人の男がテーブルに座っていた。この屋敷の主であるエルデ伯爵だ。


「ご訪問、本当に感謝します!」


「こちらこそ、いつも世話になっているよ」


 俺たちがエルデ伯爵と同席すると、エルデ伯爵夫人がメイドたちに指示してお茶とクッキーを持ってこさせた。それでお茶会が始まる。


 一緒にお茶を飲みながら俺たちは会話を楽しんだ。どうやらエルデ伯爵は、2日前の格闘大会の興奮がまだ冷めないみたいだ。


「本当に凄い大会でした! 赤竜の騎士たちの強さ……噂以上でした! 自分はとても感銘を受けました!」


「ああ、みんないい戦いっぷりだったな」


 俺もエルデ伯爵の感想に同意した。レイモンたちの試合には、人々の心を揺さぶる熱意があった。


「これで人々も分かったはずです! ロウェイン伯爵様の率いる騎士団なら、たとえどんな敵が現れようとも心配無用ということが!」


 エルデ伯爵が上気した顔で言った。確かにそれも格闘大会の目的の1つだった。俺の仲間たちの力を世に示して、人々を安心させたわけだ。


「ところで……今日はいつもより元気そうだな、エルデ伯爵」


「そ、それはたぶん……騎士たちの素晴らしい試合を拝見できて……私も少し元気になったようです」


 エルデ伯爵は恥ずかしげに笑う。


「何というか……私も格闘技を学んでみたいと思いました。もちろん……無理ですけど」


 エルデ伯爵が視線を落とす。彼は元々体が弱い上に、事故のせいで両足が不自由だ。確かに格闘技を学ぶのは無理かもしれない。でも……。


「……エルデ伯爵」


「はい、何でしょうか?」


「この屋敷に弓はあるか?」


「弓、ですか?」


 エルデ伯爵が目を丸くした。俺は頷いた。


「ああ、射撃用の弓のことだ。屋敷にあるか?」


「弓なら……たぶん警備兵が持っているはずです」


「よし。じゃ……俺と一緒に弓術をやってみよう」


「弓術……?」


 エルデ伯爵が驚いた。いや、エルデ伯爵だけではなく……いつも冷静沈着なエルデ伯爵夫人も驚いている。


「弓術も立派な武芸の1つだ。鍛錬すればあんたにも出来る。やってみようじゃないか」


「それは……」


「さあ、屋敷の裏に移動しよう」


 俺に促されて、みんなで屋敷の裏に移動した。そこには広い空き地がある。弓術の鍛錬にはうってつけの場所だ。


 屋敷の警備兵に指示して弓と矢を用意し、空き地の向こうに標的を設置した。そしてエルデ伯爵の足を椅子に固定させた。これで準備完了だ。


「こうやって弓に矢をつがえて放つんだ」


 俺は弓を手にし、矢を1本放って手本を見せた。矢は勢いよく飛んで標的に命中した。


「す、凄い! ロウェイン伯爵様は弓術にも長けていらっしゃるのですね!」


「師匠からいろんな武器術を学んだからな」


 俺はエルデ伯爵に弓を渡した。しかしエルデ伯爵はまだ戸惑っている顔だ。


「私に……本当に出来るのでしょうか……」


「椅子に足を固定させたから、弓を引くことさえ出来れば問題無い」


「か、かしこまりました。ロウェイン伯爵様がそこまで仰るのなら……試してみます」


 それから俺はエルデ伯爵に弓術を教えた。もちろんエルデ伯爵の腕力では、弓を引くこともままならない。でも正しい姿勢を取って、何度も挑んだ結果……やっと弓を引くことに成功する。


「で、出来ました!」


「そのままそっと手を離して……矢を放つんだ」


 俺の指示に従い、エルデ伯爵が矢を放つ。その矢は標的に届くことなく、地面に落ちてしまう。しかしそれでもエルデ伯爵の顔は明るくなる。


「矢が……飛んだ……!」


「よくやった。無理せずに少しずつ鍛錬すれば、いつか標的に命中するさ」


 俺とエルデ伯爵は、しばらく一緒に弓術を鍛錬した。エルデ伯爵夫人とデイナと黒猫は、そんな俺たちを見つめた。


 そして鍛錬が終わった時、エルデ伯爵が涙に濡れた瞳で俺を見つめる。


「ロウェイン伯爵様……本当にありがとうございます。何かを真剣に学ぶのは、こんなにも楽しいことですね。こういう気持ちは……本当に久しぶりです」


「俺も楽しかったよ。これからも一緒に弓術を楽しもうじゃないか」


「……はい!」


 エルデ伯爵が元気な笑顔で答えた。そんな夫の姿を見て、エルデ伯爵夫人もいつの間にか涙を流していた。

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