第40話.俺の目標……?
その日の午後、俺はいつも通りシェラに格闘技を教えた。
「暑い」
シェラは手で汗を拭った。露出度の高い服を着ているけど、流石にこの暑さにはかなわないみたいだ。
「じゃ、今日はここまでにしよう」
「え?」
俺の発言にシェラが目を丸くする。
「でも……まだ30分も経っていないよ?」
「この暑さの中で無理して動いても、あまり鍛錬にはならない。いや、むしろ体調を崩すだけだ」
「それは……そうかもね」
「ああ、だから今日はここまでだ。ご苦労さん」
俺が体の向きを変えて屋敷を出ようとした時、シェラが俺を呼び止める。
「レッド!」
「ん?」
「そのまま帰るつもりなの?」
シェラは俺に一歩近づいた。
「うちには大きな浴室があるし、洗っていってね!」
「俺はお前と一緒に体を洗うつもりはないんだが」
「だ、誰があんたと一緒に……!」
「ムキになるな。冗談だ」
俺は暑さにも寒さにも強い方だし、そんなに汗もかいていない。だが……まあ、今日くらいはいいだろう。
「分かった。浴室に案内してくれ」
「うん!」
俺はシェラの後を追って、ロベルトの屋敷に入った。
もうシェラに格闘技を教え始めてから結構な時間が経ったが、屋敷に入ったのは初めてだ。ロベルトが食事に誘ってきたりしたが、全部断った。なるべくシェラと距離を置きたかったのだ。
だが……何故か今日はそこまでしたくない。
「ここが浴室!」
「広いな」
まるで風呂屋みたいに広いし、しかも高級な工芸品で飾られている。流石お金持ちは違うな。
「お前はどうする気だ? 一緒に入らないのか?」
「そういう冗談は要らない!」
シェラが睨んでくる。
「私は、部屋に浴室がついているから」
「なるほど。じゃ、俺はここで洗う」
「うん。あ、着替え用意してあげるね」
「俺に合うサイズの服があるのか? まあ、頼む」
シェラがその場を去ると、俺は服を脱いで浴室に入った。
壁についてる水道から暖かい水が出ていた。まず体を洗って首まで水に浸かると、雑念が消えてしまう。確かに悪くない。
それから30分くらい経ったんだろうか。入浴を終えて浴室の入り口に向かうと、新しい服が用意されていた。着てみたら少し小さかったけど別に問題はなかった。
「シェラはまだか」
俺は近くの椅子に座ってシェラを待った。せめて挨拶してから帰るべきだと思ったのだ。
「レッド!」
数分後、シェラが現れた。彼女はいつもの短いズボンではなくて、女の子らしいスカートを履いていた。
「お前もスカートを履くのか?」
「何言ってるの? 怒るわよ!?」
シェラが怒った顔で睨んでくるが、ただ可愛いだけだ。
いや、俺は何を考えているんだ。今日の俺はちょっと……いつもより緩いな。
「とにかくありがとう。服は明後日返す。じゃ、俺はこれで」
「ちょっと!」
シェラが俺を呼び止める。
「せっかくだからお話ししようよ!」
「話?」
俺は眉をひそめた。
「用件でもあるのか?」
「用件じゃなくて、ただいろいろ会話したいだけ」
「俺と?」
「うん!」
シェラが頷く。
「あんたにはいろいろ聞きたいんだよ。格闘場の試合のこととか……」
「へっ、それはお前らしいな」
「どういう意味?」
まあ、少し話すのも悪くはないだろう。結局俺はシェラと一緒に庭園まで行って、大きな木の下のベンチに座った。
「あんたの試合はいつも凄いらしいけど、ちょっと聞かせてよ!」
「分かった」
俺は今までの戦いをシェラに話してやった。シェラは目を輝かせて俺の話を聞いてくれた。
「ねえ、レッド」
話の途中、シェラが口を挟む。
「何だ」
「あんたは……もうそんなに強いのに、まだまだ強くなるつもりでしょう?」
「ああ、そうだ」
「どうして?」
シェラはいとも真面目な顔だった。
「どうしてそこまで強くなろうとしているの? あんたの目標は何なの?」
「俺の目標か……」
俺は顔に笑みを浮かべた。
「お前にだけ教えてやる。誰にも言うな」
「うん」
「俺は……この王国を滅ぼすつもりだ」
「……え?」
シェラが目を丸くする。
「冗談……でしょう?」
「本気だ」
俺は笑った。
「どうして……王国を?」
シェラの質問に、俺は少し間を置いた。それを説明するためには……今までの俺の人生を振り返らなければならない。
「俺は見ての通り、肌色が人とは違う。おかげでいつも軽蔑され……いつも殴られた」
シェラが口を閉じて俺を凝視する。
「最初は俺が暴力に耐えればそれでいいと思っていた。だが、ある貴族との出会いでその考えが変わった」
「貴族……?」
「ああ」
俺は頷いた。
「その貴族は……虫けら以下のクソを見るような目で俺を見つめた。それで俺は分かった。あいつと俺の間には絶対的な壁があって……同じ人間として扱われることは、絶対ないということを」
シェラが固唾を呑む。
「俺は怒りに満ちた。そして俺の師匠はその怒りの行き先を教えてくれた。つまり……この王国を滅ぼし、俺を見下すやつらを全部跪かせて……誰が上なのか教えてやるつもりだ」
しばらくの沈黙の後、俺はまた口を開いた。
「そしてこれは俺自身との戦いでもある」
俺は自分の赤い手を見下ろした。
「俺は自分がどこまで強くなれるか、確かめてみたい。常に強敵たちと戦って……己の力を高めたい。立ち止まることは……俺自身が許さない」
俺はベンチから立ち上がった。
「話はここまでだ。また会おう」
シェラは何も言わなかった。俺はそんなシェラを残して屋敷を出た。




