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第403話.新たな方向

「アイリン、という名の少女は……貴方にとってどんな意味を持っていますか?」


 コリント女公爵は小さな声でそう聞いてきた。


「さあ……」


 俺は驚きを隠して、肩をすくめてみせた。


「俺の知り合いにアイリンという子がいるけど……あんたが言っているのと同じ人なのかは分からない」


「私が言っているのは……15歳くらいの、黒髪に黒い瞳の少女です」


 その答えを聞いて、俺は必死に動揺を抑えた。そう……アイリンももう15歳になったのだ。


「あの子は現在女神教の異端と一緒にいます」


「……あんた、異端と関わりがあるのか」


「はい」


 コリント女公爵が優しい顔で頷く。


「さっき話した通り、正統か異端かは政治的な問題です。本来、異端は王国法によってその存在が許されませんが……私は彼らも助けたいと思って、以前から秘密裏に支援してきました」


「いいのか? そんな秘密を俺に話しても」


 その質問には答えずに、女公爵は話を進める。


「どうやらアイリンという子は……精神的な傷によって、言葉がまともに喋れない状態のようです。それで数年前から、異端の指導者であるマリアさんの治療を受けているそうです」


「そうか」


「そして1年前、少し回復したアイリンが最初に話した言葉は……『レッド』だそうです」


 俺は口を噤んで、必死に涙を堪えた。


「どうやら、ただ赤色が好きなわけではないみたいです。そう、あの子は……貴方を探しているのです」


 コリント女公爵はしばらく俺の顔を注視してから、話を再開する。


「……もう1度聞きましょう、ロウェイン伯爵。貴方にとって……アイリンという子はどんな意味を持っていますか?」


 俺は直感した。この優雅な女公爵の前で……嘘をつくことは不可能だ。


「あの子は……」


 俺は重々しく口を開いた。


「あの子は……俺の大事な人だ」


「大事な人、ですか?」


「ああ」


 俺は女公爵の顔を睨みつけた。


「……万が一にでも、あの子に手を出したら……誰でも許さない」


 俺の答えを聞いて、女公爵は目を閉じて考える。まるで永遠みたいな、たった数秒の沈黙が流れた後……女公爵は目を開けて俺を見つめる。


「……どうやら、本当にあの子を大事に思っているみたいですね。そして貴方は……やっぱり予言された赤竜とは違うようです」


 俺は何も言わなかった。


「ロウェイン伯爵、お願いがあります」


「……何だ?」


「貴方がこの王国の頂点になった時……コリント公爵家に仕える者たちの命と地位を保障してください」


「やっぱりそれか」


 俺はゆっくりと頷いた。


 コリント女公爵はまだ大軍を持っている。しかし彼女の領地は重い軍備負担のせいで疲弊しているし、もう王都を手に入れることは不可能だ。でもだからといって戦いを諦めることも出来ない。もし他の公爵が国王になれば、コリント公爵家とその傘下の貴族は全員反逆者になるからだ。『戦争を中止したいけど中止出来ない』……それがコリント女公爵の最大の悩みだったのだ。


 しかし『他の公爵ではなく第3者が国王になれば』……つまり俺が国王になれば、丸く収まる可能性がある。女公爵はその可能性に賭けることにしたのだ。


「深刻な問題を起こさず、俺に逆らわなければ……誰も粛清しない。約束する」


「分かりました。そしてもう1つ……」


 女公爵はより慎重な口調になる。


「王国法を改定し、女神教の異端に対する弾圧を中止にしてください」


「俺に異端を助けろ、と?」


「はい。たぶん多くの人々が反発するでしょう。ですが……少しでも悲しいことを減らすために必要なことです」


 俺と女公爵はしばらく互いを見つめた。


 長い間、『女神教の異端』はこの王国で重犯罪者として扱われてきた。当然、彼らのことを恐れている人も多い。『王国内の様々な事件の後ろには、異端の陰謀がある』……と信じている人もいるらしい。


「……分かった。やれることはやってみる。でも確答は出来ない」


「はい、ありがとうございます」


 コリント女公爵は安心した顔になる。


「では……これからコリント公爵家は、貴方に協力します。戦乱を終わらせるために」


「ああ」


 俺は無表情で頷いた。これで……ウェンデル公爵に続いて、コリント女公爵も味方になった。王国の頂点である3公爵の中で2人が……俺の道を支持するようになったのだ。


「じゃ……これからの方針について、あんたに提案がある」


「アルデイラ公爵の排除、ですね」


 まるで俺の心を読んだかのように、コリント女公爵が即答する。


「ついこの間まで、私はアルデイラ公爵に協力して貴方を倒そうとしました。しかし……本当に倒すべき敵は、アルデイラ公爵だったのです」


「やつは……ルケリア王国の支援を受けている」


「はい、つい先日分かりました。彼がいきなり多数の傭兵団を雇えたのは、ルケリア王国の支援のおかげだったことが」


 コリント女公爵がため息をついた。


「まさかこの王国の紛争に外部の力を……しかもよりによってルケリア王国の力を借りるとは。許される行為ではありません」


 ルケリア王国は、19年前にもこのウルペリア王国を侵略して大きな被害を与えた。しかも連中はまだ征服を諦めていない。それなのにルケリア王国の力を借りるとは……いくら貴族社会が陰険で陰湿でも、明らかに一線を越えた行為だ。


「私はこのことを公表してアルデイラ公爵の罪を追及し、彼を排除するつもりです」


「あんたの戦力なら……可能だろう。でも気をつけてくれ。アルデイラ公爵は凄腕の暗殺者を雇っている。ウェンデル公爵が半年も倒れていたのも、やつらの仕業だ」


「はい、十分に気をつけましょう」


 コリント女公爵は真剣な態度で答えた。


「私がアルデイラ公爵を相手している間に……ロウェイン伯爵、貴方は東に向かってください」


「東か……」


「はい、この王国の東部地域では……秩序が崩れて、多くの人が苦しんでいます。『女神教の異端』が難民救済に当たっていますが、難しい状況です。人々を助けることが出来るのは……貴方しかいません」


 王国の東部地域は、昔から多数の小領主によって統治されてきた。しかし戦乱で経済が疲弊し、盗賊の群れが現れて……小領主の力では対応出来ず、秩序が崩れてしまった。もういくつもの村が燃やされ、数万の人が難民になっているらしい。


「……ああ、分かった」


 俺は席から立ち上がった。


「もう言った通り、俺は救世主ではない。ただ俺の欲望のために……邪魔になる者は、盗賊だろうが他の王国だろうがぶっ潰す」


「はい」


 コリント女公爵も席から立って、俺に1通の手紙を渡した。


「その手紙をロジーに見せてください。そうすれば……女神教も貴方の道に大きく貢献してくれるはずです」


「ああ」


「では、貴方に女神様のご加護があらんことを……祈ります」


「へっ」


 俺は笑ったが、それ以上は何も言わなく……天幕を出た。

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