第401話.納得出来る理由
6月の朝、眩しい太陽が照らしている中……俺の軍隊が警備隊本部の訓練場に集結した。
3千の兵士が各々の装備を身に着けて、厳粛な表情で並んでいる。まるで出陣する直前みたいな雰囲気だが……今日集結した理由は他にある。
やがて俺が訓練場の壇上に上がると、兵士たちは直立不動のまま息を殺す。そして間もなく6人の戦士が訓練場に入ってきて、壇上の前に並び立つ。俺の親衛隊……『レッドの組織』の6人だ。
俺は笑顔で『最初の仲間たち』を見つめた。すると彼らは片膝を折って、俺に向かって頭を下げる。
「国王代理、レッド・ロウェイン伯爵の名に置いて宣言する」
広い訓練場に俺の声が鳴り響く。
「レイモン、ジョージ、カールトン、ゲッリト、エイブ、リック……以上6名は、俺が兵を挙げた日から大いに活躍してくれた。その勇猛さと武勇は、正しく戦士の鏡と言えよう」
6人の仲間たちと一緒に戦った日々が頭をよぎった。彼らの活躍が無かったら、俺もここまで来られなかった。
「よって……王国歴538年6月2日を期して、この6名を騎士に叙任する」
俺が壇上から降りると、副官のトムが俺に近寄って6つの指輪を渡した。王国から認められた騎士のみが着用出来る、青色の宝石のついた指輪だ。
仲間たちに1つずつ指輪を渡して、俺は壇上に戻った。するとレイモンが1歩前に出て、みんなを代表して宣言する。
「これからもロウェイン伯爵様の命に従い、王国と人々のために戦い抜くことを誓います」
3千の兵士が拍手を送り、6人の仲間は笑顔を見せる。俺も笑顔で頷いた。
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叙任式の後、俺の兵士たちには休憩が与えられた。本来は定期訓練の日だけど……今日くらいはいいだろう。
俺と6人仲間たちは警備隊本部の接見室に集まって、叙任記念パーティーを開いた。パーティーと言っても、別に派手なものではない。一緒に食事をしてお茶を飲むだけの素朴なものだ。それでも仲間たちと一緒に時間を過ごすだけで楽しい。
「今日から俺のことをちゃんと『ゲッリト卿』と呼んでくれ」
ゲッリトが意気揚々な表情で言うと、ジョージが鼻で笑う。
「何が『ゲッリト卿』だ。お前のことはただのゲッリトでいいんだよ」
「何だと……!?」
ゲッリトとジョージが睨み合う。子供か。
「今日という今日は許さないぞ、ジョージ!」
「じゃ、俺と腕相撲でもやってみるか?」
ジョージが笑顔で提案すると、ゲッリトが慌てる。この中でジョージの怪力に対抗出来るのは、俺とレイモンくらいだ。
「じょ……上等だ! 今日こそてめえをぶっ倒してやる!」
それで2人はテーブルに座って腕相撲を始める。互いの手を握り、顔が真っ赤になるほど全力を尽くして相手を倒そうとする。
「……騎士になっても全然変わらないな」
俺が苦笑いすると、レイモンが笑顔で「はい、まったくです」と頷いた。
腕相撲の結果は……みんなの予想通り、ジョージの勝利だ。しかしゲッリトは諦めずに挑戦を続ける。他の仲間たちは2人の戦いを応援した。
「おい、ジョージ! ゲッリトのやつに痛い目を見せてやれ!」
「ゲッリトさん! ジョージさんも疲れ気味です! 負けないでください!」
こういう風景は……みんなと一緒に組織を結成した頃と同じだ。この砕けた空気が……俺にはとても心地良い。
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午後になり、俺は宮殿に戻った。そして早速会議室に入り、参謀のエミルから報告を聞いた。
「……どうやら王都で妙な噂が流れているようです」
「妙な噂?」
俺が眉をひそめると、エミルが淡々とした口調で説明を始める。
「最近、多くの市民が中央広場で『覆面で顔を隠している巨漢』の出没を目撃しました」
「おい、それってまさか……」
「それで市民たちは……『実はその巨漢の正体はロウェイン伯爵様なんじゃないか』と噂しているようです」
エミルが無表情で俺を見つめる。
「しばらくの間、『秘密の外出』は控えてください」
「くっそ……」
俺は自分の顔を手で覆った。
「やっぱり俺に潜入は無理なのか……」
仕方無い。いくら覆面で顔を隠しても……俺の巨体は隠せない。怪しまれるのは当然だ。
「分かった。自重しよう。で、他には?」
「他には……総大将の出生に関する噂があります」
「俺の……出生?」
俺は首を傾げた。
「どんな噂だ?」
「『ロウェイン伯爵様は王族の誰かの隠し子だ』とか、『女神の使者として降臨した存在だ』とか、『今は滅んでしまった古代帝国の末裔だ』とか……そういう噂です」
「何だ、それ?」
俺は失笑した。
「俺は貧民街で育った孤児の1人だ。みんな知っていたんじゃないのか?」
「はい、そうですが……納得出来ませんからね」
「納得?」
「総大将の力が、です」
エミルは無表情のまま説明を続ける。
「総大将の統率力、武勇、知略は……この王国の頂点である3公爵をも凌駕しています。それはもう周知の事実です」
「で?」
「つまり『貧民街で育った孤児』が『最高位の貴族』を圧倒しているのです。当然ながら、これは一般的なことではないし……簡単に納得出来ることでもありません。だから人々は『納得出来る理由』を探しているのです」
「まさか……」
俺はまた失笑した。
「それで俺の出生に何か秘密があるのかもしれない……と思っているのか」
「はい。不可解な事件を目撃した時、無理矢理にでも納得出来る理由を探す……それは人間の本性の1つですから」
「ま、気持ちは分かるけど」
俺は軽くため息をついた。
「親のことは覚えてないけど、俺はたぶん戦争孤児だ。別に秘密なんてないと思うけどな」
「しかしこういった噂は我々にとって有益です」
エミルが俺を凝視する。
「人々が総大将のことを特別な存在として認識すればするほど、総大将の権威は強まる。たとえ正統性が足りなくても、その権威がある限り……総大将の統治に反対したりはしないでしょう」
「確かにそうかもしれないけど」
俺は少し複雑な気持ちになった。
「レッド!」
その時、1人の少女が会議室に入ってきた。健康的な体型と短髪の少女……俺の婚約者であるシェラだ。
「どうした、シェラ? 何かあるのか?」
「ついさっきエルデ伯爵夫人を経由して、レッド宛の手紙が届いて……」
シェラが俺に手紙を渡してくれた。
「その手紙、差出人が……」
「これは……」
手紙は封蝋されていた。そして封蝋の上には貴族の紋章が描かれている。巨大な鹿の紋章……これは『コリント公爵家』の紋章だ。
俺は手紙を開けて読み始めた。シェラが憂いの眼差しで俺を見つめる。
「……どういう内容なの?」
「要すれば……コリント女公爵が俺との会談を希望している、という内容だ」
「また……?」
シェラが目を丸くする。
「レッドっていつも公爵たちから会談を要請されるよね」
「まあな」
「まさか今度も応じるつもりなの?」
「もちろんだ」
俺は手紙をシェラに返した。
「俺は今まで、コリント女公爵に対して本格的な攻勢を仕掛けなかった。その理由の1つは、女公爵の人物像に関する情報があまりにも少なかったからだ」
コリント女公爵は、3公爵の中でも1番謎の多い人物だ。彼女が女神教の信心深い信者ということ以外は、エミルの情報部すらはっきりとした情報を掴んでいない。
「あの女公爵が安定重視の戦略を取っているのは分かるけど……もっと情報が欲しいんだ。これからのためにも」
「それは分かるけど……危険じゃないの?」
シェラが真面目な顔で俺を注視する。
「公爵たちはレッドに負けているから、 無理矢理にでもレッドの命を狙うかもしれないでしょう?」
「否定は出来ないな」
公爵たちがいくら大軍を持っていても、正面から戦っては俺の軍隊に勝てない。その事実はもう証明された。彼らに残った手段は……俺をこっそり暗殺することだ。シェラもそれに気づいている。
「でも心配するな。『レッドの組織』の6人を連れていくつもりだし……相手が罠を張っているのならむしろ好都合だ」
「レッドっていつもその調子だよね」
シェラはため息をついた。
俺は会議室の壁に掛けられている地図を眺めた。王都地域の地図だ。この王都の東南に位置する軍事要塞エイテア……その近くでコリント女公爵と会談する。これで俺は……3公爵全員と話すことになるのだ。




