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第396話.内なる強敵

 5月15日の午後……宮殿の会議室で書類仕事をしていると、2人の少女が入ってきた。いつも華麗な美貌を誇るデイナ・カーディアと、いつも彼女の護衛を務めている黒猫だ。


「レッド様」


 デイナが黒猫を連れて俺に近寄った。


「どうした、デイナ? 何か要件があるのか?」


「いいえ、別に」


 デイナは美しい顔にいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「ただレッド様の仕事の邪魔がしたくて」


「へっ」


 つい苦笑してしまったが、このひねくれたお嬢さんの言葉に一々反応する必要はない。黙っていれば向こうから要件を言うはずだ。


「……話をお聞きしました」


 予想通り、俺が黙って仕事をしているとデイナの方から口を開く。


「アルデイラ公爵の軍隊が、王都地域から完全に撤退したそうですね」


「ああ」


 俺は書類から目を外して、黒猫を見つめた。黒猫はいつもの無表情で俺を見つめている。


「軍事要塞デメテアに最低限の守備兵だけ残して、自分の領地に戻ってしまったのさ」


「じゃ、もう王都に手を出してくることは無理なのですね」


「そうだ」


 俺は手を伸ばして黒猫の頭を撫でた。黒猫は満足気な顔になる。


「やつはもう7千以上の兵力を失ったし、支援された5千の傭兵も消えてしまった。そんな状態では王都進出どころか、自分の領地を守ることも難しい」


「領民たちを無理矢理にでも徴兵して、短期間で大軍を作ればいいのではありませんか?」


「そんなのは自殺行為さ」


 俺は笑った。


「戦乱が長引いたせいで、アルデイラ公爵の領地は疲弊している。たとえ領民を徴兵して大軍を作っても、それをまともに運営・維持出来るほどの経済力がやつには無いんだ」


「結局お金の問題ですね」


「お金以外にも問題がたくさんある」


 俺は革の椅子に身を任せて、頭の後ろで両手を組んだ。


「俺に何度も負けたせいで、アルデイラ公爵軍の規律と士気はボロボロになっている。そんな状態で頭数を集めても、ただの烏合の衆になるだけだ」


「また『外国の誰か』から傭兵を支援される可能性は?」


「その可能性も低い。何しろ、アルデイラ公爵は5千の傭兵を支援されたのに何の成果も挙げられなかったからな。『外国の誰か』も今頃怒っているだろうさ」


「ということは……」


 デイナが意味ありげな笑みを浮かべる。


「アルデイラ公爵に残っている方法は、本当に陰謀だけなのですね」


「そうだ。俺を暗殺するのが……やつに残った最後の方法だ」


 俺の答えを聞いて、デイナがゆっくりと頷く。


「私たちは指導者のレッド様の力量に頼っております。それにレッド様には……後継者がいらっしゃいません。もしレッド様が暗殺されれば、私たちは一瞬で崩壊するでしょう」


 デイナの言う通りだ。『赤竜の軍隊』の唯一の弱点は……総大将の俺に後継者がいないことだ。もし俺が死んでしまったら……何もかも終わる。


「……以前にもお話ししましたけど、レッド様も決して殺せない存在ではございません。暗殺への対策は万全なのですか?」


「『夜の狩人』の前代頭領、青鼠が防諜活動を行っている」


 青鼠の名前が出ると、黒猫がびっくりする。


「アルデイラ公爵も『青髪の幽霊』という凄腕の暗殺者を雇っているけど……青鼠には勝てない。あの老人の実力は、俺にも手強い」


 『青髪の幽霊』の中、1人は俺の手によって死んだ。残った3人だけでは青鼠に勝てない。


「王都の中にいる限り、俺を暗殺することは無理だ」


「なら……ひとまず安心ですね」


 デイナが頷いた。俺はニヤリとした。


「どうした? 俺のことが好きだから、心配していたのか?」


「……馬鹿なこと言わないでください。黒猫さんの前で」


 デイナが睨みつけてくる。


「レッド様に何かあると、私の政治的な影響力が急減してしまいます。ただそれが心配になっただけです」


「なるほどね。あくまでも打算的な思考ということか」


「はい、私はあくまでもレッド様を利用しているだけです。それをお忘れなく」


 デイナが冷たく言って、俺は苦笑した。黒猫は訳の分からないという顔をして、俺とデイナを見つめる。


 昨年、俺はカーディア女伯爵の城からデイナを連れてきた。あの時からデイナは『赤い化け物の女』と噂されてきた。『デイナに一目惚れしたレッドが、彼女を母親から奪った』という噂もあるらしい。しかし俺とデイナは別にそういう関係ではなかった。今年の3月までは。


 今年の3月から、俺とデイナは本当に男女関係になった。このことについては、まだ側近のみんなにも話していない。


「実は……」


 デイナが俺を直視しながら口を開く。


「今朝、シェラさんとシルヴィアさんにお話ししました。私たちの関係について」


「何……?」


 俺が驚くと、デイナの美しい顔に薄暗い笑みが浮かぶ。


「いくら隠しても、いずれ知られるでしょうから……先手を打たせて頂きました」


「まあ、このまま隠し通すつもりはなかったけど……」


 俺は眉をひそめた。


「で、あの2人の反応は?」


「お2人は別に驚きませんでした。どうやら薄々気づいていたみたいだし」


 今度はデイナが手を伸ばして、黒猫の頭を撫でる。


「『私はシェラさんやシルヴィアさんと競争するつもりはありません』……と正直に話したら、お2人も結局納得してくださいました」


「それは……よかったな」


「しかし……」


 デイナの目つきが鋭くなる。


「お2人から驚くべき事実を教えて頂きました。『銀の魔女』として有名なアップトン女伯爵も……レッド様と男女関係であると」


「うっ……」


「女性を4人も口説くなんて、『赤い化け物』は本当に酷い男ですね」


 デイナが軽蔑の眼差しを送ってくる。俺は苦笑するしかなかった。


「しかもアップトン女伯爵はレッド様より4歳も年上ではありませんか?」


「歳は関係ないだろうが」


「ふーん、なるほど。美人なら誰でもいい、と……」


「違う」


 俺はまた苦笑したが、デイナは深刻な顔だ。


「正直にお答えください、レッド様。シェラさん、シルヴィアさん、私、アップトン女伯爵……この4人以外にも女の子がいますか?」


「なるほど……これが今日の本論か」


「お答えください」


「いないよ」


「ふーん」


 デイナは俺の顔をじっと見つめる。男性恐怖症のくせに……どうして俺には強気なんだ?


「嘘ではないみたいですね。でも……何か引っかかります」


「どういう意味だ?」


「実は私、面識がございます。ウェンデル公爵様のご令嬢であるオフィーリア様と」


 その言葉を聞いて、俺は内心動揺した。


「数年前、王都のパーティーでお会いしました。お人形みたいな美貌と、王族の血統に相応しい優雅さ……そしてどこか暗くて不思議な雰囲気をお持ちの方でした」


「……別に俺とオフィーリアはそういう……」


「冬の間、オフィーリア様からいろいろ支援されましたよね?」


 デイナが無表情で言った。


「ウェンデル公爵家の方もあまり余裕は無いはずなのに、お金や食糧を支援してくださるなんて……いくら同盟関係であっても、少々疑問が残ります」


「あれは戦略的な判断で行ったことだ。別にそういう……」


「……今のレッド様の発言で確定されました。やっぱりオフィーリア様とも大変親しい関係なのですね」


「何でそんな結論に至るんだ?」


「さあ……?」


 デイナが冷たい顔で首を傾げる。


「信じられませんね。5人もの女の子を誑かすなんて……流石赤い化け物」


「いやいやいや」


 俺は首を振った。


「適当に言うのは止めてくれ。黒猫が誤解するじゃないか」


「……これ以上犠牲者を出さないためにも、何か手を打たないと……」


「だから止めろ」


 俺は黒猫の方をちらっと見た。黒猫は……目を丸くして俺を凝視している。


「……頭領様」


「どうした、黒猫?」


「女の子を……たくさん誑かしたのですか?」


「だから違う」


 俺は深くため息をついた。


「言っておくけど、俺がその気になれば……この宮殿の全ての部屋を側室で埋めることも出来る。こう見えても自重しているんだよ」


「ふーん、そういう計画を立てていたんだ……」


「冗談はもういい」


 俺は席から立ち上がった。


「夕方からエルデ伯爵の屋敷で食事会が始まる。お前と黒猫も参加するんだろう?」


「もちろんです。歌の大会も開かれるそうですから、存分に楽しんで頂くつもりです」


「じゃ、そろそろ準備してくれ。1時間後に馬車が出発する」


「……かしこまりました」


 デイナは『今日はこの辺で見逃してやる』と言わんばかりの顔をしてから、黒猫と一緒に会議室を出た。俺はもう1度ため息をついた。

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