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第393話.勝利の結果

 勝利の後……俺は5百の軽歩兵隊を編成し、敵の野営地から物資を略奪した。俺の軍隊の物資は必要最低限以外、火計のために焼かれてしまったからだ。


 俺の軽歩兵隊は迅速かつ効率的に略奪を行った。物資を奪い合ったりせずに、必要の無いものには手を出さずに、食糧と装備を確保し続けた。さっき死んだ敵傭兵たちとは大違いだ。


 個々の戦闘力なら、敵傭兵の方が断然上だ。しかしやつらは規律が取れていなかった。それに比べて、俺の軍隊は常に高い規律を維持している。決して隊列を乱すことなく、俺の命令を正確に移行する。それが今回の勝利の理由だ。


 戦闘の勝敗は、別に善悪で決まるわけではない。より効率的な方が勝つ。5千の傭兵が無惨に負けたのも、別にやつらが民間人を略奪したからではない。ただ……俺の軍隊より効率的ではなかっただけだ。


「総大将、十分な物資を確保しました」


 副官のトムが報告を上げた。俺の軽歩兵隊が略奪を終えて、大量の物資と共に帰還したのだ。作戦で失った物資を補って余りあるくらいだ。


「ご苦労した。では、帰還を再開するぞ」


「はっ」


 味方野営地の火災も既に鎮まっている。もう周りに焼けるものが残っていないのだ。空まで届きそうだった炎も、今は完全に消えてしまった。


 俺たちは帰還を再開した。王都へ向かって、3千の軍隊は焦らずにゆっくりと道を進んだ。


---


 その日の夜、俺たちは湖の近くで野営した。このままだと王都に入るのは4日後になりそうだ。


 やがて深夜になり……兵士たちは眠りに入った。でも俺は指揮官用の天幕でテーブルに座り、1人で地図を眺めていた。


「レッド」


 ふと少女の声が俺を呼んだ。シェラがこっそり天幕に入ってきたのだ。


「大勝利の直後なのに、もう次の作戦を考えていたの?」


「当然だ」


 俺が笑顔で答えると、シェラが俺の隣に座る。


「レッドって大変だよね。作戦を考えて、部隊を統率して、最前線で戦って……」


「そう言うお前こそ、寝ないのか?」


「私は……」


 少し間を置いてから、シェラが口を開く。


「私は……今日改めて実感したの。戦争って……本当に残酷だということを」


 シェラは暗い顔でそう言った。


 戦闘で勝利した後、余裕があれば敵軍の遺体を迅速に埋蔵する。それは別に人道的な理由からではない。遺体を放置したら伝染病が発生する恐れがあるからだ。しかし今日は……敵傭兵のほとんどが骨も残さずに焼かれてしまったため、埋蔵が割と簡単だった。後処理の手間が省けたわけだが……その地獄みたいな光景は、歴戦の戦士にも耐え難いものだった。


「敵傭兵たちは村を略奪したり、放火したりしたから……決していい人たちではないのは分かっている。でも……今日みたいな残酷な光景は……いい気持ちでは見られなかった」


「……そうだな」


 俺はゆっくりと頷いた。


「そういう感情も、十分にあり得る」


「レッドはどういう気持ちだったの……?」


「俺は普通だった。確かに気持ちのいい光景ではなかったけど……勝利は勝利だからな」


 俺は腕を組んだ。


「たとえみんなが戦争の狂気に飲まれても、指揮官だけは冷静であるべきだ。冷静に考えて、みんなを勝利に導くべきだ。それが俺の役割だ」


「……そうよね。軍指揮官として、私ももっと冷静にならないと」


「いや、お前は……無理に冷静にならなくてもいい」


 俺は手を伸ばして、シェラの頭を撫でた。


「軍指揮官だけがお前の本質ではない。お前には……いつまでも元気で温かい少女でいて欲しい」


「……私ももうすぐ20歳よ。いつまでも少女ではないんだから」


 俺とシェラは一緒に笑った。


「ね、レッド」


「ん?」


「レッドも同じよ」


 シェラが真面目な顔で俺を凝視する。


「『無敵の赤い総大将』だけが……レッドの本質ではない。それを覚えていて欲しい」


「……ああ、分かった」


 俺は頷いた。


---


 4月27日の午後、俺と俺の軍隊は王都に帰還した。


「ロウェイン伯爵様万歳!」


 俺が巨大な『守護の壁』の中に1歩踏み入った瞬間、集まっていた市民たちが歓声を上げた。俺と俺の軍隊がアルデイラ公爵軍に完璧に勝利し、王都封鎖を粉砕したのはもう市民たちにも伝わっていたのだ。


「赤竜の軍隊万歳!」


「無敵の総大将万歳!」


 それは勝者への歓声であり、戦乱の終結を願う期待の歓声でもある。『この人なら、本当に戦乱を終わらせてくれるかもしれない』……俺を見上げる市民たちの視線には、そういう気持ちが込められている。男も女も、老人も子供も……俺という存在から希望を感じている。


 俺の兵士たちも胸を張って堂々と凱旋した。公爵たちの企みを自らの手で打ち破り、市民たちの生活を守ったことに誇りを感じているのだ。その誇りがある限り、彼らはどんな逆境にも立ち向かえる。


 総大将への信頼、士気、規律、誇り……その全てが重なり、俺の軍隊はどんどん強くなる。先週までは新兵だった青年たちも……もうみんな闘志に満ちた顔をしている。


 そして翌日の夕方、今回の勝利を記念する戦勝パーティーが開かれた。シルヴィアとエミルが事前に準備をしてくれたのだ。おかげで俺とシェラたちは十分に休んでからパーティーに参加することが出来た。


「伯爵様、もうすぐパーティーが開始されます」


「ああ、すぐ行く」


 宮殿のメイドにそう答えた後、俺は礼服に着替えた。そしてドレス姿のシェラとシルヴィアと合流して大宴会場に向かった。


「ロウェイン伯爵様のご入場です!」


 衛兵の声と共に、俺は大宴会場に入った。そして少し驚いてしまった。


「ほぉ」


 宮殿の大宴会場は……貴族でいっぱいだった。ざっと数えても1千人を超える。王都の貴族がほぼ全員集まっているのだ。


「ロウェイン伯爵様」


 青いドレスの姿をしている、優雅な貴婦人……エルデ伯爵婦人が俺に近寄った。


「王都の貴族を代表して……ロウェイン伯爵様のご勝利を、心からお祝い申し上げます」


「ありがとう」


 俺が頷くと、貴族たちが一斉に拍手喝采を送ってきた。そして拍手の音が収まった時、メイドが俺にワインの入ったグラスを渡してくれた。乾杯の時間だ。


「今日集まってくれたこと、本当に感謝する」


 俺がグラスを持ち上げると、貴族たちも各々のグラスを持ち上げる。


「王都の安全、そして戦乱の終結のために……乾杯だ」


 みんな一緒に乾杯し、本格的なパーティーが始まる。王室楽団が優雅な旋律を奏でて、人々は三々五々集まって豪華な食事を食べながら話し合う。


 俺とシェラとシルヴィアは上席に座って、貴族たちと挨拶を交わした。言ってしまえば、これが今夜の仕事だ。


「……トムと猫姉妹と『レッドの組織』の姿が見えないな」


 パーティーの途中、俺がそう呟いた。


「シェラ、あいつらはどうしているんだ?」


「みんな2階で小さなパーティーを楽しんでいるわよ」


 シェラが冷たく言った。俺は苦笑いした。


「なるほど……厄介なことは俺たちに任せて、自由に楽しんでいるわけか」


「私もエイミちゃんと遊びたいの!」


 シェラが露骨に不満げな顔をする。『エイミ』はレイモンとエリザさんの子供で、もうすぐ2歳になる。とても元気で、たまに意味不明な言葉を叫びながら庭園の中を走ったりする。シェラとシルヴィアはそんなエイミが可愛くてたまらないみたいだ。


「俺も兵舎でのパーティーの方が気楽だ。でも……これが俺たちの義務だからな」


「あーあ、レッドが偉くなりすぎたせいで……私たちまで義務がどんどん増えている」


 シェラの言葉に、シルヴィアが声を殺して笑った。


 それから30分くらい後、金色のドレス姿の少女が俺たちの席に近寄った。貴族のパーティーがとても似合う美少女……デイナだ。


「どうですか、レッド様? この数……流石のレッド様も驚いたでしょう?」


 デイナが笑顔で聞いてきた。俺は素直に頷いた。


「ああ、まさか王都の貴族がほぼ全員集まるとは思わなかった。この戦勝パーティーに参加するのは、内戦で俺を支持するという意味だからな」


 これは『ロウェイン伯爵がアルデイラ公爵に勝利したことを記念するパーティー』だ。新年パーティーとは全然意味が違う。


「お前とエルデ伯爵婦人が、貴族たちに圧力をかけたんだろう? パーティーに参加するように」


「もちろんです」


 デイナが自信満々な顔になる。


「今回のレッド様の勝利によって、もう公爵たちには王都を奪還出来ないことが証明されました。だから私とエルデ伯爵婦人が貴族の皆さんに話したのです。未来のことを考えて、ぜひ戦勝パーティーに参加してください……と」


「なるほど」


「これで皆さん、後戻りが出来なくなりました。万が一にでもアルデイラ公爵が内戦の勝者になると、ここにいる全員が反逆者扱いされる可能性が生じましたから」


 デイナはとても楽しそうだ。俺は苦笑してしまった。


 そう、デイナの言った通りだ。もう公爵たちの力量では、俺から王都を奪うことは出来ない。そして王都が俺の手の中にある限り……俺の力はどんどん強くなる。この流れを止められる者は、王国の中には存在しないのだ。

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