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第391話.闘志の軌道

 味方野営地の中央には大きな天幕がある。作戦会議用の天幕だ。俺は側近たちを連れてそこに入った。すると円卓に座って兵士たちに指示を出している女性が見えた。シェラだ。彼女の隣にはトムもいる。


「レッド!」


「総大将!」


 俺を見て、シェラとトムが席から立って近寄る。俺は笑顔を見せた。


「よく耐えてくれた、みんな」


「今回は本当に大変だったの」


 シェラが安堵のため息をつく。


「レッドがいきなり『俺は南へ行く。ジョージが俺の代役を務める』と言ってきて、本当に驚いたんだから」


「すまない」


 俺は苦笑いした。


「公爵たちの意図を挫くために、少し無理な戦略を取ってしまった」


「それで、成果はあったの?」


「もちろんだ」


 俺が円卓に座ると、仲間たちも各々の席に座った。


「公爵たちは『王都封鎖』を実行して、『レッドはそこまで強くない。王都を統治出来るほどの力量が無い』ということを世に示そうとした。しかし俺はジョージに俺の代役を務めさせて……」


 俺はちらっとジョージの方を見た。ジョージはまだ俺の鎧を着ている。


「……敵の油断を誘い、南へ進軍して敵別働隊を撃破したのだ」


 ゲッリトとリックと共に全速力で南へ進軍したこと、道路を封鎖している敵別働隊と戦ったこと、リックが負傷したけど大勝利を掴んだことを……俺はみんなに説明した。


「じゃ……王都封鎖はもう失敗したのね?」


「ああ、そうだ。南の敵がほぼ全滅したからな」


 俺は微かに笑った。


「今回の戦いで、俺は逆に世に示したわけだ。『公爵たちには……俺の王都を封鎖することなど出来ない』ということを」


「なるほど……レッドの統治がより強固になったわけね」


「その通りだ。力を示して、誰が上なのか証明する……俺がいつもやってきたことだ」


 側近たちが一斉に頷いた。俺は少し間をおいてから、また口を開いた。


「でも……かなり無理な戦略だったのは事実だ。日程が厳しすぎて、流石に俺も疲れたよ」


「レッドが疲れたとか言うなんて、珍しいわね」


「俺も人間だから疲れるさ。しかしそのおかげで、クレイグという敵傭兵団長を無事に倒せた」


「クレイグ……?」


 筋肉の女戦士、カレンが驚いた顔で口を開く。


「まさか……『黒豹団』のクレイグですか?」


「知っているのか、カレン?」


「はい」


 カレンが頷いた。彼女は『錆びない剣の傭兵団』の副団長として、もう十数年以上活動している。当然傭兵のことなら、ここにいる誰よりも詳しい。


「『黒豹団』のクレイグは……傭兵の間ではかなり有名な存在です。彼はルケリア王国や南方大陸の武力紛争に参加し、各国の騎士たちを次々と倒して名声が高まりました」


「なるほど」


「あのクレイグを倒すとは……流石団長ですね」


 カレンの説明を聞いて、俺は腕を組んだ。


「クレイグは俺も自分の名声の糧にしようとした。それに……結構強かった」


 クレイグの怪力を受け止める度に、腕が痺れた。実戦でこういう感覚は久しぶりだ。


「でも俺が疲れているから、クレイグは油断してしまった。やつがもっと冷静沈着に戦ったら、俺はもっと苦戦したはずだ」


 俺はトムの方を見つめた。


「トム」


「はっ」


「敵本隊を率いているのは、アルデイラ公爵本人なのか?」


「いいえ」


 トムが首を横に振った。


「両軍が対峙した時から、ずっと偵察を行っていますが……どうやらアルデイラ公爵は軍事要塞『デメテア』にいるようです」


「やっぱりそうだったか」


 俺はニヤリとした。


「現在俺たちと対峙している敵本隊は、ほとんどが外国から呼び出した傭兵だ。そんなやつらを統率するのは、アルデイラ公爵にも難しいことだろう。つまり……俺が倒したクレイグこそが、敵の現場指揮官だった可能性が高いな」


「私もそう思います」


 カレンが言った。


「複数の傭兵団をまとめるのは、決して容易いことではありません。傭兵たちに認められるほどの力と戦争経験が必要です。『黒豹団』のクレイグはその両方を持っているし、他の傭兵団も彼の指揮なら受け入れたはずです」


「その現場指揮官が突然戦死してしまった……敵にとっては由々しき事態だろうな」


 複数の傭兵団をまとめていたクレイグが戦死したことにより、敵軍の統制は弱まったはずだ。これが何らかの変化をもたらすかもしれない。


「……敵は一週以内にまた攻めてくるはずだ」


 俺は側近たちの顔を見渡した。


「この戦いは、アルデイラ公爵にとっても俺を倒す最後の機会だ。俺が王都に帰還する前に猛攻を仕掛けてくるだろう。しかし俺としても、これはいい機会だ」


 側近たちの顔から揺るぎない闘志が感じられる。まだ敵の大軍が健在なのに、みんな少しも萎縮していない。


「攻めてくる敵を殲滅して、アルデイラ公爵を王都地域から追い出す。それが俺たちの目標だ。みんなの力……もう1度貸してもらうぞ」


 側近たちが口を揃えて「はっ」と答えた。そして俺たちの闘志は不思議なくらいに一体化した。


---


 その日の夜、俺は自分用の天幕にジョージを呼び出した。


「お呼びですか、ボス」


 ジョージはもう俺の鎧ではなく、普通の革鎧を着ていた。


「代役の任務……ご苦労だった、ジョージ」


「ありがとうございます、ボス」


 ジョージが笑顔を見せる。


「今回の任務で、ボスの力をもう1度実感しました」


「俺の力?」


「はい。ボスの……みんなを統率する力です」


 ジョージが視線を落とす。


「みんなが全力を出せるように、信頼を与えて統率する。ボスはそれをとても自然に行いますが……俺にはとても難しいことです」


「いや、お前はよくやってくれたよ」


 俺はジョージの肩を軽く叩いた。


「今日の勝利は、お前の活躍があってからこそだ。胸を張っていい」


「はい、ありがとうございます」


 少し間を置いてから、ジョージが口を開く。


「南の奇襲戦で、ゲッリトのやつも相当活躍したそうですね」


「ああ、俺も驚いたよ」


 ゲッリトの無謀なまでの突撃、そして人間離れした闘志……俺も素直に感嘆してしまった。


「お前もそうだけど、ゲッリトも短期間で本当に強くなった。信じられないくらいに」


 その言葉を聞いて、ジョージは顔に笑みを浮かべた。


「どうした、ジョージ? ゲッリトの活躍が羨ましいのか?」


「いいえ。逆に……嬉しいです」


 ジョージの熊みたいな顔が、とても優しい表情をする。


「ボスもご存知通り……俺とゲッリトは『レッドの組織』を結成する前から友達……いや、悪縁でした」


「確か2人は……港で偶然に出会って喧嘩したんだっけ?」


「はい」


 ジョージが恥ずかしそうに笑う。


「6年前の、ちょうどこの頃のことでした。どう見ても不良にしか見えないやつが、港で酔っ払った船乗りたちと喧嘩していました。それで俺が仲裁に入りましたが……不良のやつ、俺にも喧嘩を売ってきて」


 ジョージは優しい顔で過去を思い浮かべる。


「俺は喧嘩に自信がありましたけど、やつも強くて……なかなか勝負がつかず、いつの間にか夜が明けました。そして俺とやつの腹が同時に鳴いてきて……」


「一緒にパンを食ったんだな」


「はい。一緒にパンを食いながら話してみたら、やつも俺と同じく戦争孤児でした。何か親しみを感じて……それがゲッリトのやつとの悪縁の始まりだったんですけど」


「いい話じゃないか」


 俺は笑顔で頷いた。


「その後、2人は一緒に格闘場の選手になったんだな?」


「はい。俺とゲッリトは文字も読めなかったし、喧嘩だけが取り柄だから……お金を儲けるには、それが1番だと思いました。そして格闘場で偶然ボスの試合を目撃して……ゲッリトと俺は不思議なくらいに感動を味わいました」


「あの頃か……」


 俺も過去を思い浮かべた。俺がこの世に自分の力を示し始めた頃を。とても厳しく、とても優しい日々だった。


「ボスが格闘場の選手たちのために、犯罪組織と戦ったと聞いて……俺とゲッリトはレイモンさんに合流して、ボスに加勢することにしました。今思えば……人生の中で1番賢明な判断でした」


「へっ」


 俺は笑った。


「俺もお前たちと一緒に組織を結成したことが……人生1番賢明な判断だった」


 ただ自分勝手に戦っていた俺が、組織を率いることになり、やがて王国の頂点になろうとしている。人との縁というものは、本当に不思議なものだ。


「ボスは王国の頂点になり、俺とゲッリトも各々の立場で頑張って、結構出世しました。そのことが……本当に嬉しい限りです」


「いや、俺はまだ頂点になっていないけどな」


 俺はもう1度笑った。


「まだしばらく戦いは続く。お前たちの力……頼りにしている」


「はい、ボスがいつか仰った通り……昨日よりいい明日を迎えるために、誰かが今日戦わなければならないのなら……俺たちは尽力を尽くして、ボスと一緒に戦います」


「……ありがとう」


 いつも俺を信じて、ついてきてくれる仲間たちに……俺は心から感謝した。


---


 そして3日後の正午……側近たちと作戦会議を行っている途中、俺は急報を受けた。


「た、大変です、伯爵様!」


 伝令兵が驚愕した顔で天幕に入ってきて、声を上げた。俺は彼を見つめた。


「どうした? 何かあったのか?」


「はい、偵察隊の報告によると……き、近所の村が……敵傭兵たちによって略奪され……放火されたそうです!」


「何……?」


「被害に遭った村の数は、『外側の村』が2箇所、クレイン地方の村が1箇所……総計3箇所だそうです!」


 その報告を聞いて、俺は眉をひそめた。側近たちもみんな驚愕した。


「どうしてそんなことを……」


 シェラが目を丸くして俺を見つめる。


「『外側の村』って……あまり豊かではないんでしょう? なのに……」


「ああ、略奪しても大した得にもならない」


 俺は冷静に考えて、敵の行動を分析した。


「それに……放火までする必要も無い。あんな行動は敵国を侵攻した時、抵抗する人々を脅すために行うのが普通だ。今は……まったくその必要が無い」


「なのにどうして……」


「たぶん……敵傭兵の中に、そういう行動が日常になっている連中がいるんだろう」


 俺はカレンの方を見つめた。するとカレンが頷いた。


「はい、団長の仰る通りです。一言で傭兵と言っても、いろんな部類がありますから……」


 カレンが暗い顔で話を続ける。


「我々『錆びない剣の傭兵団』や『黒豹団』みたいに、規律の取れた傭兵団もいますが……ただ民間人の住む村を略奪するのが好きな連中もいます。たとえ大した得にならなくても……そんな連中には関係ありません。証拠を残さないために、放火や虐殺も平気で行います」


「そんな……」


 もう何度も戦闘を経験したシェラも、今回のことはとても衝撃みたいだ。


「……クレイグが戦死したことによって、傭兵への統制が効かなくなったに違いない」


 俺は自分の顎に手を当てた。


「アルデイラ公爵としても、略奪や放火は何の得にもならない。でも要塞から現場の傭兵を完璧に統制することは出来ないから……黙認したんだろう」


「レッド……」


「心配するな、シェラ」


 俺は側近たちの顔を見渡した。みんな怒りを感じているようだ。


「もうすぐ敵本隊が攻撃を開始するはずだ。しかし……やつらを待っているのは、悲惨な死だ。その統制の効かない行動が……やつら自身を滅ぼすのだ」


 俺は拳を握りしめて、静かに宣言した。

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