第389話.苦戦を乗り越えて
王都地域の南部には4本の主要道路があって、南の『ルベナ地方』と王都を繋いでいる。この4本の道路が塞がれたら、王都地域はもちろんルベナ地方の経済も大打撃を受けてしまう。それを知っていながら……アルデイラ公爵は4つの別働隊を派遣して、道路を完全に封鎖した。俺を倒すために。
俺とゲッリトとリック、そして3百の精鋭騎兵隊は……今朝から奇襲を仕掛けて、敵別働隊を次々と各個撃破した。代役作戦による陽動と味方の超人的な戦闘力、そして敵の油断が重なってこそ可能な……奇跡的な大戦果だ。
しかしいくら超人的な精鋭だとしても、限界がある。ほとんど休まずに数時間も移動と戦闘を繰り返したせいで、3百の精鋭騎兵隊の精神力と体力は著しく低下している。そしてその結果は……3つ目の敵別働隊に奇襲を仕掛けた時、苦難として現れた。
「敵襲だ! 反撃しろ!」
3つ目の敵別働隊は、俺たちの奇襲にも冷静沈着に対応してきた。霧が晴れたせいもあるけど、こちらの勢いが弱まったのが最大の原因だ。
「はあ……はあ……」
俺の親衛隊の1人であるリックも、もう息切れ気味だ。それでもリックは集中力を失わずに、敵部隊の弱いところを攻めて善戦している。
「はあああっ!」
敵弓兵が射撃する直前に、リックが突撃して軍馬の上から剣を振るう。敵弓兵が血を流しながら倒されると、リックは素早く移動して別の敵を襲う。勇猛果敢かつ戦術的な動きだ。頭の良いリックだからこそ可能な戦い方だが……集中力が切れたら、敵部隊の真ん中で孤立する恐れがある。
「うおおおお!」
俺はゲッリトと共に先頭で敵兵士たちを倒し続けた。ジョージから借りた大斧はもう真っ赤に染まっている。ゲッリトの連接棍からも、敵の鮮血が絶えず流れ落ちている。今日俺たち2人が倒した敵の数は、とっくに百を超えている。
「あ、赤い化け物だ! 化け物が現れた!」
俺の姿を見て、敵兵士たちが驚愕の声を上げる。もう正体を隠している意味も無いし、敵兵士を怯えさせるために俺はさっきから覆面を外して素顔を見せているのだ。
「赤い化け物だと!? や、やつがどうしてここに……!」
敵兵士たちが慌てる瞬間を見逃す俺ではない。俺は疲れている軍馬の腹を蹴って、もう1度突撃を仕掛けた。
「俺の前から……消え去れえぇ!」
立ち塞がる敵を大斧で両断しつつ、俺は敵指揮官の目前に辿り着いた。
「ば、化け物め……」
敵指揮官はまるで悪魔を見るような目で俺を凝視する。そしてやつの体は恐怖と驚愕で凍りついている。俺は迷いなく大斧を振るい、敵指揮官の上半身を切り裂いた。牛を屠畜するような音と共に血の雨が降り注ぐ。
「うう……うわあああっ!」
周りの敵兵士たちが闘志を失って逃げていく。結構苦労したけど、これで勝負はついた。
約30分後、俺は3つ目の敵別働隊の全滅を確認した。しかしこちらも被害が少なくない。幸い重傷者はいないが、軽傷者は27人に至るし……何よりも親衛隊のリックが負傷した。
「リック、大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
リックは揺るぎない声で答えたが、彼の肩に巻かれている包帯から血が滲み出ている。味方を守るために敵弓兵たちと激戦を繰り広げ、結局肩に矢を受けてしまったのだ。
「自分はまだ十分に戦えます、ボス」
「……ああ」
負傷したにもかかわらず、リックの気迫は少しも衰えていない。俺は頷いてから、騎兵隊のみんなを見渡した。
「次が最後の敵別働隊だ。みんな、もう1度気を引き締めてやつらを撃滅せよ。そして……一緒に笑顔で帰還しよう」
俺の言葉に、みんな口を揃えて「はっ」と答えた。そして俺たちは今日の最後の戦場に向かって進撃した。
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午後3時頃……進軍を続けていた俺たちの前に、巨大な石橋が姿を現した。あのアーチ状の石橋は『巨人の脚』と呼ばれていて、数百年前から王都地域とルベナ地方を繋ぐ役割を担っている。
4つ目の敵別働隊は『巨人の脚』の近くに陣取って、誰も橋を渡れないようにしている。あいつらが今日の最後の獲物だ。
「ゲッリト」
「はい!」
「俺とお前が道を切り開く。いいな?」
「もちろんです!」
一緒に敵に向かって走りながら、ゲッリトが笑顔で答えた。
俺たちの中で、まだ疲れていないのは俺とゲッリトだけだ。俺たち2人で敵陣を突破し、敵指揮官を仕留めるしかない。
「敵が来た! 全員、戦闘用意!」
しかし最後の敵別働隊は……俺たちの奇襲に対し、ちゃんと隊列を組んで対応してくる。今までの敵とはまるで違う反応だ。
「ちっ!」
先頭の敵兵士を倒しながら、俺は舌打ちした。こいつらは……俺たちの奇襲をある程度予想していたに違いない。味方からの連絡が無くて、敵指揮官が異変に気づいたんだろう。
「ぐおおおお!」
だがこの程度の抵抗は想定内だ。俺は大斧を振るって、迫ってくる敵兵士たちの槍を切断した。そして間髪を入れずまた大斧で曲線を描いて、正面の敵の首を跳ね飛ばした。
「赤い化け物が……どうして……!?」
俺の姿を確認して、敵兵士たちが動揺する。こいつらアルデイラ公爵軍にとって俺はもう悪夢みたいな存在なのだ。でも……敵の隊列は崩れない。
「皆の者、気合を入れて耐えろ!」
砂埃と鮮血が漂う戦場に、敵指揮官の声が響き渡る。
「もうじき援軍が来る! それまで耐えれば、我々の勝ちだ!」
敵指揮官の言葉を聞いて、敵兵士たちは必死な表情で隊列を維持した。その光景を見て俺は歯を食いしばった。
この『巨人の脚』は、アルデイラ公爵軍の本拠地である軍事要塞『デメテア』から遠くない。騎兵隊なら数時間で辿り着ける距離だ。もし敵指揮官が今朝援軍要請を出したとすれば、もうすぐ俺たちの後方から敵騎兵隊が現れるだろう。
「みんな、伯爵様に続け! 突撃だ!」
俺とゲッリトが先頭で奮戦している間に、リックが3百の騎兵隊を率いて敵の側面を叩く。見事の突撃だ。しかしそれでも敵の隊列はなかなか崩れない。敵も俺の騎兵隊が相当疲れていることに気づいたのだ。
このまま戦いが続ければ、結局俺たちが勝つだろう。でも時間がかかり過ぎる。いつ敵の援軍が現れるか分からない。最悪の場合……挟み撃ちを受けてしまう。
こうなったら……仕方無い。俺はもう1度突撃を仕掛けようとした。無謀だけど活路を見出すためにはそれしかない。
「うおおおお!」
しかし俺が動く前に……ゲッリトが先に動き出した。ゲッリトは自分の軍馬から空高く跳躍して、そのまま敵部隊の真ん中に飛び込んだ。その無謀すぎる行動に、敵はもちろん俺も驚愕した。
「おりゃあぁ!」
ゲッリトは空中から連接棍を振り下ろして、敵兵士の頭を粉砕する。そして着地した直後、連接棍で円を描くように大きく振るって左右の敵兵士を倒す。まるで本物の猛獣みたいな激しい戦いっぷりだ。
「ゲッリト!」
俺も自分の軍馬から跳躍して、ゲッリトの近くに着地した。そして俺とゲッリトは背中を合わせて、四方から攻めてくる敵兵士を倒し続けた。
「死にたいやつから……かかってきやがれぇ!」
俺の大斧が敵2人を両断すると、ゲッリトの連接棍も敵2人を粉砕する。互いを補い合いながら死地で戦っているこの瞬間……俺たちの気迫は共鳴し、数倍に増幅する。俺にとってはとても懐かしく、とても気持ちのいい感覚だ!
鮮血が吹き出て、砕かれた兜が空中に飛び散る。悲鳴と雄叫びが交差し、肉片と化した敵が地面に崩れ倒れる。俺とゲッリトは更なる激戦へ自ら進み、周りを地獄に変えた。
「あ、悪魔……!」
「ううっ……!」
それまでよく耐えていた敵兵士たちが、俺とゲッリトの死闘を見て恐慌に陥る。あっという間に敵の隊列が崩され、敵指揮官の姿が視野に入る。
「うおおおお!」
ゲッリトは獲物を見つけた狼のように突進する。その異常なまでの闘志に圧倒され、敵指揮官は目を見開いたまま動かない。そしてゲッリトの連接棍が血を撒き散らしながら走ると、敵指揮官の頭は粉々に粉砕される。
「俺たちの勝ちだ!」
俺が大声で宣言すると、敵別働隊は抵抗を諦めて逃げ出す。まるで悪魔に追われているかのように、少しでも俺たちから離れるように必死に走って逃げる。
「リック!」
「はい、ボス!」
「もう敗残兵を全滅させる必要も無い! 撤退するぞ!」
「はっ!」
リックが素早く騎兵隊を率いて撤退を開始する。もう目的は果たした。敵の援軍が来る前に撤退するべきだ。
「ゲッリト」
「はい」
「よくやってくれた」
「へへ……」
俺の褒め言葉に、ゲッリトは笑みを浮かべた。
俺とゲッリトは敵の軍馬を奪って撤退を開始した。流石に俺も疲れたけど……気持ちは悪くない。俺たちは苦戦を乗り越えて大勝利を掴んだのだ。たった1日で4つの敵部隊を各個撃破したという大勝利を。




