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第388話.迅速の突撃

 他地方と王都を繋ぐ主要道路は、全部合わせて20本以上ある。『王都封鎖』という戦略を完成するためには、これらの道路を全て塞ぐ必要がある。


 よって……アルデイラ公爵とコリント女公爵は多数の別働隊を編成し、各道路に派遣している。兵力に余裕があるからこそ可能な戦略だ。


 兵力に余裕の無い俺としては、公爵たちのように多数の別働隊を派遣することが出来ない。可能な限り戦力を集中して一点突破を狙うしかない。


 それで今朝、『ロウェイン伯爵』は3千の本隊を率いて西へ出陣した。西の『クレイン地方』との道路を確保するためだ。アルデイラ公爵はこの動きを予想して、8千の部隊で迎撃する準備に入っている。


 ここまで見れば、公爵たちの戦略が見事に的中した。『ロウェイン伯爵』は王都から出て、2倍以上の敵軍と戦う羽目になったのだ。しかし……それはあくまでも表面的なことに過ぎない。本物のロウェイン伯爵……つまり俺は、西じゃなく南へ向かっている!


「もっと速度を上げろ!」


 俺は3百の軽騎兵隊を率いて、広大な平原の真ん中を疾走した。この3百人は、表面的には『ジョージの率いる偵察隊』と知られているが……ジョージと俺は出陣する直前にすり替わった。この事実は味方の兵士も知らないし……当然敵も知らない。


 数時間後、俺たちは休憩のために湖の近くで止まった。もう王都から結構離れて、巨大な『守護の壁』も小さく見える。


「……本当に速いですね」


 革水筒で水を飲んでから、ゲッリトがそう言った。


「俺たち、もう南の地方の近くまで来ているんでしょう?」


「ああ、そうだ。このままでは……明日の朝、最初の敵部隊と遭遇する」


 俺も水を1口飲んでから、そう答えた。


 軽騎兵隊の最大の長所は、驚異的な進軍速度だ。必要最低限の物資だけ持ち、軽い革装備をしている軽騎兵隊の速度は……歩兵はもちろん、重騎兵隊も到底追いつけない。


 もちろん軽い装備をしている分、軽騎兵隊の戦闘力はそこまで強くない。だから普通は伝令や偵察の任務を担当する。しかし今俺が率いている3百は普通の軽騎兵隊ではない。俺と一緒に数々の地獄を突破してきた最精鋭の騎兵隊だ。彼らなら……軽い装備でも十分に戦える。


「ボス」


 休憩の途中、リックが俺に近寄った。


「自分の馬とボスの馬を交換した方がいいと思います」


「……そうだな」


 リックの提案に、俺は素直に頷いた。


 現在、俺はジョージ用の革装備を身につけている。しかしそれでも俺の体重が重すぎるせいで……俺が乗ってきた軍馬はもう疲れ気味だ。ケールのような規格外の化け物じゃないから仕方無い。


 ふと今朝のことを思い浮かべた。伝説的な純血軍馬であるケールは、ジョージを自分の背中に乗せたがらない様子だった。でも俺が困った顔で凝視すると、結局ジョージを乗せて出陣した。本当に不思議なやつだ。


 30分くらい後……俺はリックと軍馬を交換し、騎兵隊を率いてまた走り出した。今回の作戦は速さが命だ。兵士たちの精神力と体力が激しく消耗されるだろうだけど、今は共に進むしかない。


「思えば不思議ですね」


 俺の隣で一緒に走っているゲッリトがそう言った。


「ジョージのやつがボスの代役になって、みんなを率いているなんて……」


「どうした、ゲッリト? ジョージが羨ましいのか?」


「いいえ、全然」


 ゲッリトは笑顔で首を横に振った。


「部隊を統率するとか、そんなのは正直面倒くさいです。俺はボスと一緒に戦えたらそれで満足です」


「出世したくないのか?」


「出世したくない……と言えば嘘になりますけどね」


 ゲッリトがニヤリとする。


「ただ……そういうことに拘りすぎるのはもう止めました。給料なら今も十分もらっていますからね」


「へっ」


 俺は笑った。


「じゃ、女の子に拘るのも止めたのか?」


「いいえ、全然」


 ゲッリトが真顔で首を横に振った。


「それだけは譲れませんね。いつかは美人で可愛くて優しい女の子に出会って、必ず幸せを掴んでみせます!」


「へっ……変わらないものもあるんだな」


 俺とゲッリトの会話を聞いて、リックも声を殺して笑った。厳しい激戦を前にしても……俺たちは普段と変わらない。それは……揺るぎない闘志の証拠だ。


---


 4月15日の早朝……王都地域の平原は霧に覆われて、視界が悪くなった。奇襲する側としては……まさに女神の導きだ。


「ボス、前方に」


 ゲッリトの言葉に俺は「ああ」と頷いた。前方から……多数の光が見えてきた。アルデイラ公爵軍の別働隊が野営地を構築し、道路を封鎖している。


「迅速にやつらをぶっ潰す。1人足りとも……逃すな」


 俺が静かに命令すると、ゲッリトとリック、そして3百の騎兵隊は無言で武器を構えた。戦場の猛獣たちによる狩りの時間だ。


 俺たちは疾風のように突進して、瞬く間に敵野営地に迫った。敵野営地の兵士たちは……霧の中からいきなり現れた俺たちを見て目を見開く。


「ど……どうして敵の偵察隊が……?」


「と、突撃してくる! 敵襲だ!」


 敵兵士たちが慌てる。当然だ。やつらは俺たちのことを『いつもの偵察隊』と思っているのだ。


「へっ」


 俺はニヤリと笑った。数日前から俺は偵察隊を頻繁に派遣して、敵の動向を探らせた。つまり敵兵士たちは『今回の連中も、適当に偵察して帰るだろう』と思っていたのだ。『赤い化け物は西へ出陣したみたいだから、ここは安全だ』とも思っていただろう。しかし……俺たちは最初から貴様らをぶっ潰すつもりだ!


「ぐおおおお!」


 俺はそのまま敵野営地に突入して、巨大な斧を振るった。空気が斬り裂かれる音が響いて、敵兵士の首が空中に飛ばされる。真っ白な霧が鮮血に染まり、鉄の匂いが広がる。


「う、うわああああっ!?」


 仲間が一瞬で首を失った光景を目撃して、隣の敵兵士が尻餅をつく。別にこいつが臆病者というわけではない。アルデイラ公爵軍の別働隊は……誰1人もこの奇襲を予想しなかった。それで油断していた。油断というものは……どんな有能な人間も一瞬で無能にするのだ!


「うりゃあ!」


 俺の隣からゲッリトが連接棍を振るって、抵抗しようとする敵兵士を瞬殺する。その直後、リックと3百の騎兵隊も各々の狩りを始める。たった数秒で……もう十数人の敵兵士が倒される。


「は、反撃しろ!」


 敵野営地の真ん中で、白い鎧を着ている騎士が必死に叫んだ。たぶんあいつがこの別働隊の指揮官なんだろう。俺は笑顔でそっちに突撃した。


「こ、この……!」


 俺の姿を見て、敵指揮官は剣で攻撃しようとする。しかしやつの剣が届くよりも、俺の大斧が先にやつの兜に届く。それで敵指揮官は……縦に真っ二つになってしまう。


「ぶ、部隊長が……!」


 その無惨な暴力を目にして、敵兵士たちの闘志は完全に崩壊する。こうなったら、大男も羊と変わらない。あちこちで悲鳴が上がり、猛獣たちは狩りを続ける。


「助けてくれ……!」


「逃げろ!」


 奇襲が始まってから5分も経っていない時点で、敵別働隊は瓦解して敗走する。しかし残念なことに……作戦上1人も逃がすわけにはいかない。無情で残酷な暴力が敗残兵たちの命を奪い続ける。


「く、来るな! 来るな!」


 敵士官の1人が、軍馬に乗って必死に逃げていく。俺が追おうとしたが、もう距離が結構遠い。


「うおおおお!」


 俺は手に持っていた大斧を全力で投げ飛ばした。大斧は回転しながら空中を飛んで……逃げていく敵士官の胴体に的中する。敵士官は腰が両断され、悲鳴も上げずに絶命する。


「あの距離を……信じられない……」


 隣からゲッリトが目を丸くする。


「ボスって……本当に人間ですか?」


「正真正銘の人間だ」


 俺は苦笑いしてから、ゲッリトを見つめた。


「まだ狩りは終わっていない。敵を全滅させて迅速に移動する」


「はっ」


 それから30分くらい後、俺たちは敵の全滅を確認した。5百近くの敵兵士を抹殺したのに、こちらは6人が軽傷を負っただけだ。


「行くぞ」


 敵野営地から必要最低限の物資を奪い取って、俺たちは移動を再開した。敵本拠地から援軍が来る前に……出来るだけ多くの敵別働隊を撃破する必要がある。何しろ今日の戦いは……まだ始まってばかりなのだ。

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