第387話.時間との勝負
4月13日の夜……俺は会議室の席に座って、1人の男を呼び出した。
「お呼びですか、ボス?」
その男は早速姿を現した。俺と同格の巨体と熊みたいな怪力の持ち主……『レッドの組織』の一員である『ジョージ』だ。
ジョージは俺の前まで来て頭を下げる。俺はそんな彼を見つめながら口を開いた。
「お前を呼び出したのは、話しておくことがあるからだ」
「話しておくこと……ですか?」
「ああ、作戦についてだ」
少し間を置いてから、俺は説明を始めた。
「お前も知っている通り……明日の朝、俺たちは出陣する。アルデイラ公爵とコリント女公爵による『王都封鎖』を粉砕するために」
「はい」
ジョージが頷いた。
「この王都が封鎖されたら、その、経済が悪くなって……ボスの統治に問題が生じると聞きました」
「その通りだ」
俺は頷いて話を続けた。
「外部との交流が途絶えたら、この王都の経済はまた悪化する。そうなったら王都の貴族たちは俺の力に疑問を持つだろう」
「愚かですね」
ジョージが真顔で首を横に振る。
「ボスが最強なのは、もう何度も証明されたのに……まだ疑問を持つなんて」
「まあ、連中は俺に忠誠を誓ったわけではないからな。きっかけさえあれば俺を失脚させようとするはずだ」
俺はニヤリとした。
「2人の公爵も王都の現状を把握している。だからこそ王都封鎖を実行した。俺が焦って出てくるようにな」
「封鎖を粉砕するためにボスが出てきたら、全力で迎撃する……という算段なんですね」
「その通りだ」
俺は席から立って、会議室の中を歩き回った。
「……俺がここにいる限り、王都を力で奪うことは無理だ。公爵たちもそれを知っているから、どうしても俺を『守護の壁』の外に誘き出そうとしているわけだ。野戦で戦えば数で有利な公爵たちに勝算があるからな」
「逆に言えば、この野戦で負けたら……公爵たちはもう立ち直れないんですね」
「そうだ。やつらとしても、これは命運を掛けた大勝負だ」
もう何年も戦乱が続いたせいで、公爵たちももう限界だ。莫大な軍事費を支払うために、やつらの領地は疲弊しているはずだ。
「明日の朝、俺たちは3千の兵力を率いて西へ出陣する。そして3日後、8千のアルデイラ公爵軍と対峙する」
「3千対8千……確かに数では敵の方が有利ですね」
「しかも敵軍の大半は戦争の熟練者……傭兵だ。簡単には勝てないさ」
「それでも勝ってみせます」
ジョージが闘志に満ちた顔で言った。
「俺に先鋒を任せてください、ボス。敵の出鼻を挫いてみせます」
「確かにお前には先鋒が似合う。でも今回は別の役割を務めてもらう」
「別の役割、ですか?」
「ああ、お前の役割は……俺の代役だ」
ジョージが目を見開く。
「ボスの代役……?」
「そうだ」
俺はジョージを凝視した。
「3年前、ケント伯爵と戦っていた頃……俺は『囮作戦』を立てたことがある。覚えているか?」
「そう言えば……ありましたね。俺がボスの代役になって敵の注意を引き付ける……という作戦でした。結局実行しませんでしたが」
「今度こそあの作戦を実行する時だ」
俺とジョージの視線が交差した。
「明日の朝……お前は覆面で顔を隠し、俺の兜と鎧を装備しろ。俺たちは体格が似ているから簡単には見抜けない」
「俺がボスの代役になって、本隊と共に西へ進軍するわけですね。じゃ、ボスはどうなさるんですか?」
「俺は3百の偵察隊を率いて南へ行く」
腕を組んで、俺は作戦の説明を続けた。
「もちろん偵察隊というのは偽装であり、その正体は精鋭の騎兵隊だ。本隊が敵の注意を引き付けている間に……全速力で南へ行って、アルデイラ公爵軍の別働隊を叩くのさ」
「敵の別働隊……南の道路を封鎖しているやつらですね」
「ああ。王都への道路を封鎖するために、アルデイラ公爵は多数の別働隊を派遣している。それらを各個撃破するのが今回の目標だ」
「でも……」
ジョージの顔が強ばる。
「南は敵の本拠地から近いです。いくら精鋭の騎兵隊でも、たった3百では……」
「だからこそお前に敵の注意を引き付けてもらうんだよ」
俺はジョージの肩に手を乗せた。
「交戦する必要も無い。堂々と進軍して、敵軍の近くに野営地を構築しろ。敵も無理に攻撃して来ないだろうし、お前から目を離せないはずだ」
「確かに……敵軍はボスを心底恐れいますからね。無闇には動かないでしょう」
「『レッドのやつがまた何を仕出かすか分からない。全部隊はやつの動きに注意しろ』……敵がそう思ったら俺たちの勝ちだ」
「なるほど……」
ジョージが何度も頷いた。
「かしこまりました。俺はボスには遠く及びませんが……代役を務めてみせます」
「ああ、お前なら問題無い」
俺は満足気に頷いた。熊みたいな体格のせいで、よく誤解されるが……ジョージは決して戦術を知らないやつではない。安心して部隊の統率を任せられる。
「現時点で、この作戦について知っているのは俺とお前だけだ。他の仲間にも出陣する直前に説明する予定だけど……兵士たちには知られないように注意しろ」
俺がいないことを知ったら、兵士たちは慌てるはずだ。特に新兵の方は……士気が急激に下がる恐れがある。
ジョージは覚悟を決めた顔になった。自分の役割の大事さを十分に理解したようだ。俺は笑顔を見せた。
「ところで、ジョージ……ミアさんとは上手くいってるか?」
「そ、それが……」
ジョージが少し慌てる。
「ちょっと……喧嘩をしてしまって」
「喧嘩?」
「はい、些細な喧嘩ですが……」
ジョージは後頭部を掻いてから、俺を見つめる。
「その、ボスも喧嘩することがありますか? シェラさんたちと」
「あるさ」
俺は微かに笑った。
「些細な喧嘩ならもう何度もした」
「じゃ、どう仲直りしたんですか?」
「頭を冷やしてから素直に話し合う。それが1番の方法だった」
「なるほど……」
ジョージが軽くため息をつく。
「俺……ミアと喧嘩したことが無いから、どうすればいいのかよく分からなくて。でも……素直に話し合うようにしてみます」
「ああ、上手くいくことを願う」
「ありがとうございます、ボス」
ジョージが頭を下げた。彼が婚約者のミアさんを大事にしているのは、もうみんな知っている。ミアさんの方も、ジョージと一緒にいるために王都までついてきた。そんな2人を……俺は心から応援した。
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そして4月14日の朝……王都から『ロウェイン伯爵軍』が出陣した。
3千の兵士が5列に並び、『赤竜の旗』を掲げて堂々と進軍する。王都の市民たちは道路の左右に集まり、兵士たちに応援の声を送る。
「皆さん、絶対に勝ってください!」
「王都を守ってください、伯爵様!」
兵士たちの先頭にはもちろん『赤い化け物』がいる。彼は真っ赤な兜と鎧を装備し、長い大剣を背負って、巨大な軍馬に乗っている。王国最強と呼ばれている『レッド・ロウェイン伯爵』……彼の姿を見て、市民たちは更に歓声を上げる。
ロウェイン伯爵は兵士たちと共に西の城門に向かった。それで市民たちの視線も西の城門に集まる。今こそ……俺が動く時だ。
「行くぞ」
3百の騎兵が本部から出陣して南へ向かう。『南側の状況を把握しにいく偵察隊』……と知られているが、もちろんそれは偽装だ。正体を知られないように、全員軽装備をしているけど……この3百の騎兵は、俺と一緒に数々の戦場を突破した最精鋭たちだ。
俺は覆面で顔を隠し、ジョージの兜と鎧と大斧を装備して、普通の軍馬に乗っている。そしてゲッリトとリックと共に3百の騎兵を率いて、南の城門を潜り抜けた。
「よし」
王都の外に出るまで……誰も俺の正体に気づかなかった。市民たちは『また偵察隊か。今回は普段よりちょっと多いな』という反応を見せるだけだった。
「ジョ、ジョージ……」
隣からゲッリトが話しかけてきた。
「このまま南に走っていけば……いいのかな?」
「へっ」
ゲッリトの下手過ぎる演技に、俺はつい笑ってしまった。
「いいんだ、ゲッリト。もう王都の外だし、ボスと呼んでも問題無い」
「そ、そうですか」
「ああ、敵が気づいた時は……もう何もかも遅い」
目の前の広大な平原を眺めながら、俺はニヤリと笑った。
「このまま全速力で進軍する。そして敵の別働隊を発見次第、迅速に撃破する。それを4回くらい繰り返せばいい」
「なるほど、遭遇したやつらを全部蹴散らせばいいんですね!」
「そうだ」
俺は頷いてから、リックの方を見つめた。
「リック」
「はい、ボス」
「俺とゲッリトが先頭で敵を叩く。お前は敗走するやつらを追撃して抹殺せよ。敵の本隊に俺たちの動きが知られてはならん」
「はっ!」
「では……速度を上げるぞ」
これは時間との勝負だ。俺とゲッリトとリック、そして3百の騎兵は全速力で走り出した。王都の巨大な防壁が急速に遠くなり、俺たちは風に包まれた。




