第38話.俺が掃除してやる
俺はロベルトの事務室のテーブルに座って、考えにふけていた。
しばらくして誰かが入ってきた。この事務室の主であるロベルトだった。
「レッドさん、医者の検査が終わりました」
俺はテーブルから立ち上がった。
「で、結果はどうだ?」
「それが……レッドさんの読み通りです」
ロベルトの顔は暗かった。
「デリックさんは……覚醒作用と鎮痛作用の強い薬物による中毒状態です」
「やっぱりか」
試合の途中……デリックは人間の限界を超える、異常なまでの反射神経と頑丈さを見せた。あれは鍛錬で手に入れた力ではなく……『無理矢理強化されている』感じだった。だから俺は危険な薬物の存在を予想し、彼を無理矢理気絶させた。
「薬物の効果は確かですが、副作用も強いらしいです」
「つまりデリックは……」
「はい、彼は……彼の命はあとわずかです」
しばらく沈黙が流れた。
「ロベルトさん」
俺は沈黙を破った。
「この都市の組織たちは、薬物も流通しているのか?」
「いいえ……」
ロベルトが首を横に振る。
「もちろんお金は稼げますが、薬物の流通は紛争の種でして……一昔前に大きな喧嘩があった時以来、組織たちも薬物には手を出していません」
「じゃ、誰が……?」
俺の質問にロベルトは間を置いてから答える。
「……噂があります」
「噂?」
「この都市が誇る大きな港……あそこからはいろんな国のいろんな品物が入ってきます。その中には危険な薬物もありますが……ほとんどが警備隊によって取り上げられているそうです」
「まさか……」
「はい、警備隊の誰かが……取り上げられた薬物を密かに流通させているという噂があります」
なるほど。
「そんな真似ができるのは、相当な権力者だろうな」
「そうでしょうね」
「心当たりはいないのか?」
「……現警備隊隊長のラズロさんは、少し欲の強い人でしてね。組織たちからすれば、そんな人だからこそ利用しやすいわけですが……たまにちょっと危険な真似もして困る時もあります」
「そうか」
第一容疑者は警備隊隊長か……。
「レッドさん、警備隊を敵に回すのは……」
「分かっている。俺だってそこまで無謀ではない」
俺は笑った。
「でも……そんな偉いやつが直接薬物を流通しているわけがない。手下にやらせているだろう」
「そうでしょう」
「その手下の尻尾を捕まえることはできないかな?」
ロベルトは顎に手を当てて少し考える。
「……可能だと思います。デリックさんから情報を得ることもできるはずですから」
「じゃ、そっちを頼む。後は俺に任せてくれ」
「レッドさん……」
俺はロベルトの顔を直視した。
「あんたの言う『安定した秩序』とやらに、危険な薬物は要らないだろう? だから俺が掃除してやる」
「……分かりました。お願いします」
ロベルトも覚悟を決めたようだった。俺はそんなロベルトを後にして、彼の事務室を出た。
---
俺の勝利を記念して、本拠地で小さいパーティーを開いた。
組織員たちはみんな楽しそうな顔だった。俺の試合にかなり感銘を受けたみたいだった。
「流石ボスです! 楽勝でしたね!」
「そうだな」
俺は適当に相槌していた。だが時間が経つにつれ、どんどん彼らの楽しい気持ちが伝染して……いつの間にか俺の気持ちも晴れてきた。
「その、みんなに話しておきたいことがあります」
パーティーの途中、ふとゲッリトがそう言った。
「実は俺……彼女ができました」
「何だと……!?」
突然の告白にみんな驚愕する。
「レイモン」
「はい、ボス」
「その裏切者を殴れ」
「はい!」
裏切り者の処分は大事だ。ゲッリトはみんなに殴られた。
「ボ、ボスはどうなっていますか? 恋愛」
殴られたゲッリトが笑いながら質問してきた。
「俺? 俺には彼女なんていないんだが」
「いやいや、可愛い女の子に格闘技を教えていらっしゃるんでしょう? どうなっていますか?」
俺は苦笑した。
「何も起きていない。いや、そもそも女の子が俺に興味を見せるわけがないじゃないか。泣きながら逃げるのが普通だぞ」
「それはどうですかね……」
ゲッリトが更に笑う。
「深く考えずに、『俺の女になれ!』と言えば案外どうにかなるかもしれませんよ?」
「レイモン、そいつをもっと殴れ」
「はい!」
俺はゲッリトがリンチされるのを眺めながら、シェラのことを思い浮かべた。
夏の間、シェラと結構な時間を一緒に過ごしたけど……結局何も起こらなかった。それでいい。俺はロベルトの手駒になるつもりはないし、いずれはこの都市から……。
俺は頭の中で未来のことを描いてみた。




