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第385話.若き戦争王

 俺が生まれ育ったこの『ウルペリア王国』は、多数の王国に囲まれている。南の方は海だが、それ以外の方向は全部他国と接しているのだ。


 隣接している他国の中でも、1番強い国力を持っているのが東の『ルケリア王国』だ。このルケリア王国は昔から軍事強国として有名で、周りの王国に戦争を仕掛けて領土を広めている。


「公爵たちとの内戦が終わったら、ルケリア王国が手を出してくるだろうと思っていたが……」


 俺は自分の顎に手を当てた。


「もう裏で手を回していたとはな。思ったより早いじゃないか」


「はい」


 参謀のエミルが無表情で答えた。


「現在、ルケリア王国は他国と領土紛争中です。まだその紛争が終わっていないのに、このウルペリア王国にも手を出すとは……正直予想外です」


「たぶん、国王が相当好戦的なやつなんだろう」


 俺は席から立ち上がって、会議室の中を歩き回った。何故か気分が高揚してくる。


「エミル」


「はい」


「ルケリア王国の現国王……確か名前が『ライオネル』だったけ?」


「はい、『ライオネル・イオベイン』という者です」


「どんなやつだ?」


 俺の質問に、エミルは淡々とした口調で答え始める。


「『ライオネル・イオベイン』はルケリア王家の長男として生まれ、幼い頃から武芸と戦争に天賦の才があると言われている人物です。16歳の頃、王子の身分でありながら少数の親衛隊を率いて盗賊団を討伐したこともあります」


「ふむ」


「6年前、20歳という若い歳でルケリア王国の国王に就任した後……彼は様々な国際紛争に武力介入を行いました。直接戦闘に参加して、敵の騎士を大剣で斬ったこともあるらしいです」


「へっ」


 俺はつい笑ってしまった。


「どこかで聞いたような話だな」


「まあ、確かに総大将と人物像が似ているかもしれません。2メートルを超える巨体と、周りを圧倒する威圧感の持ち主だそうですから」


「なるほど」


「彼の肌色は普通ですが…… 真っ黒な髪と瞳のせいで『黒竜の化身』と呼ばれているとか」


「『黒竜の化身』、ね」


 思わず苦笑いしてしまった。


「『赤竜』とか『悪魔』と呼ばれている俺としては、何か親しみを感じるな。でも……貧民街出身の俺とは違って、やつは正真正銘の王族なんだな」


 俺は頭の中で『ライオネル・イオベイン』の姿を想像してみた。国王になっても自ら戦線に出て、敵との戦いを楽しむ彼の姿を。彼の後ろには『黒竜の旗』を掲げた親衛隊が並んでいるだろう。


「若き戦争王か……興味深い」


「問題は彼の狙いです」


 俺とは違って、エミルはいとも冷静だ。


「ライオネルは国際白金銀行を通じて、アルデイラ公爵に5千に至る傭兵を支援しました。これはもっと大きな目的のための下準備でしょう」


「ああ、『黒竜』は……このウルペリア王国の内戦が続くことを願っている」


 俺は腕を組んだ。


「内戦が続けば続くほど、この王国の国力は低下していく。ルケリア王国にとってはまたもない好機が来るわけだ」


「敵国を弱らせて、機が熟したら大々的に侵攻する……征服の基本ですね」


「ああ、それに……ライオネルは個人的な動機を持っているはずだ」


 若き戦争王の思考……俺にははっきりと理解出来る。


「前回の戦争で、ルケリア王国はこのウルペリア王国に大きな被害を与えたが……結局少しの領土も得られなかった。軍事強国のルケリア王国にとってあれは屈辱的な大失敗だったはずだ。ライオネルはその屈辱を挽回して、自分自身こそが偉大な征服者であることを証明したいんだろう」


「面白い推測ですね。また総大将特有の直感ですか?」


「戦争好きって、大体思考が同じなのさ」


 俺はニヤリとしてから、エミルを見つめた。


「エミル、ルケリア王国の動きを探ることは出来るか?」


「相応の予算を投入すれば可能です。しかし相手がルケリア王国となると、かなりの時間を必要とします」


「だろうな」


 軍事強国として有名なルケリア王国だから、諜報に対する対策もしっかりしているだろう。


「分かった。情報部に緊急予算を投入するように、シルヴィアに話してみるよ」


「かしこまりました」


 エミルが頷いた。


 我が軍の予算は相変わらず厳しい。でもルケリア王国の情報は重要だ。このウルペリア王国の命運がかかっている。


「では、自分はこれにて失礼致します」


「ちょっと待ってくれ」


 会議室を出ようとするエミルを、俺が呼び止めた。


「何かご用ですか、総大将?」


「結局……カレンとはどうなったんだ?」


「ふっ……そのことですか」


 エミルが小さく笑った。


「正直に話しました」


「正直に?」


「はい。私の過去……そして私が人間嫌いであることを、です」


 エミルが視線を落とす。


「特定の誰か、または特定の集団を嫌っているわけではない。自分自身を含めて、人間そのものに失望している……と話しました。だから……誰かを本気で好きになれるかどうか、自分でも分からないと」


「で、カレンの反応は?」


「大変驚いた様子でした。それで結局……お互い時間をかけて考えてみることにしました」


「保留、か……」


 俺は頷いた。


「側近たちの私生活にとやかく言うつもりはない。でも……いい結果が出るといいな」


 その言葉にエミルは微かに笑った。そして頭を下げた後、会議室を出た。


---


 翌日の午後……俺はデイナと黒猫を連れて、エルデ伯爵の屋敷を訪ねた。春のお茶会に参加するためだ。


「ご訪問頂き、感謝致します。ロウェイン伯爵様」


 馬車から降りて屋敷の正門を潜り抜けると、いつも通りエルデ伯爵夫人が妖艶な笑顔で迎えてくれた。


「今日は庭園の近くで春の花を眺めながらお茶を飲みたいと思っておりますが、どうでしょうか?」


「いいな」


 エルデ伯爵夫人の提案に従って、俺たちは庭園の近くのテーブルに座った。今日のために用意しておいたんだろう。


「ロウェイン伯爵様!」


 俺たちが席に座ると、使用人に背負われた若い男が現れた。エルデ伯爵だ。


「お久しぶりです,伯爵様!」


「いろいろ忙しくてな。でも今日はゆっくりと話そうか」


「はい!」


 それから俺たちは、春の花に囲まれて一緒にお茶を飲んだ。黄色と桃色の花……そしてお茶の香りがとても気持ちいい。


「やっぱり野戦の醍醐味は騎兵の突撃だと思います! ロウェイン伯爵様も自ら騎兵隊を率いて、大きな戦果を挙げられたと聞きました!」


「ああ、そうだな。俺も騎兵が好きだから、いつも直接統率しているよ」


 平和な春の庭園の雰囲気とは関係なく、俺とエルデ伯爵は戦争について語り合った。エルデ伯爵は、本当にこの手の話が好きみたいだ。


 エルデ伯爵は別に『戦争好き』ではない。実際に戦争を支持しているわけではないのだ。彼は少年みたいに『強くてかっこいいものへの憧れ』を持っているだけだ。戦争英雄の武勇伝、武器の発達に関する歴史、有名な戦闘の記録……そんな話が好きで好きでたまらないわけだ。


 そう、これが普通だ。俺やライオネルみたいな……『実際の殺し合い』が好きな人間とは違う。


「ロウェイン伯爵様、1つ質問してもよろしいでしょうか?」


「何だ?」


「歴史上、最も強い戦術は何でしょうか?」


 エルデ伯爵が興味津々な眼差しで聞いてきた。俺は腕を組んだ。


「俺の考えでは……『最も強い戦術』は存在しない」


「存在しない、ですか?」


「そうだ。ある戦術が有効かどうかは、状況によって違うからな」


 俺はなるべく真面目に答えた。


「例えば……『アスケンダル』というの古代の名将は、普段から『迂回機動』を使って多くの戦果を挙げた。それで他の指揮官たちも彼を見習って『迂回機動』を頻繁に使うようになったのだ。しかし……アスケンダルとは違って、他の指揮官たちの『迂回機動』は失敗することが多かった」


「どうして……」


「状況を考えずに『迂回機動』に拘ったからだ」


 俺はニヤリとした。


「アスケンダルの迂回機動がいつも成功したのは、彼が事前に戦略を立てておいたからだ。慎重に戦場を選び、味方の士気を高めて、敵軍の油断を誘う。つまり『迂回機動が通用する状況を作ってから迂回機動で敵を撃滅した』わけだ」


「なるほど……」


「しかし他の指揮官たちは……ただ『迂回機動』という戦術が強いと思って、戦略を立てなかった。迂回機動が通用しない状況なのに、『迂回機動を完璧に遂行すれば、負けるはずがない』と思う人が多かった。失敗し続けるのは当然だったのだ」


 俺の説明を聞いて、エルデ伯爵は何度も頷いた。


「結局……考えることが大事なんですね」


「そうだ。じっくり考えて、自分の有利な状況を作る。それが名将の特徴さ」


「ロウェイン伯爵様みたいに、ですね!」


「いや、それは……」


 俺は苦笑いした。


 それから1時間くらい後、体の弱いエルデ伯爵が先に席を外した。彼はとても残念な顔をしたが、妻のエルデ伯爵夫人の勧誘で屋敷に戻った。


 エルデ伯爵が席を外すと、一気に空気が変わる。俺とデイナとエルデ伯爵夫人は……沈黙の中でお茶を飲み干した。


「……エルデ伯爵夫人」


「はい、ロウェイン伯爵様」


「実は1つ相談したいことがある。あんたの父親と……ルケリア王国の関係についてだ」


 居眠りしている黒猫を見つめながら、俺がそう切り出した。


「あんたの父親、アルデイラ公爵はルケリア王国の支援を受けている。これはもう確認済みだ」


 俺は知っている情報を簡単に説明した。エルデ伯爵夫人は冷静な顔で俺の話を聞いた。


「……アルデイラ公爵に雇われた暗殺集団『青髪の幽霊』も、ルケリア王国出身だ。アルデイラ公爵とルケリア王国は、以前から密接な関係である可能性が高い」


「なるほど」


「何か知っていることはないか?」


 俺の質問に、エルデ伯爵夫人はしばらく考えてから口を開く。


「大変申し訳ございませんが、具体的な情報は存じません。ただ……」


「何だ」


「ロウェイン伯爵様は『ランタインの虐殺』という事件をご存じでしょうか?」


「あれは確か……」


 俺は自分の記憶を探ってみた。


「前回の戦争で、降伏してきたルケリア王国軍の兵士たちを……アルデイラ公爵が皆殺しにした事件だろう?」


「はい、その通りです」


 エルデ伯爵が頷いた。


「いくら戦争とはいえ、降伏した兵士を皆殺しにするのは……批判されることが普通です。ですが……父上は1度もルケリア王国から抗議の書信を受けたことがありません」


「ほぉ」


 俺は自分の顎に手を当てた。


「そいつは確かに不思議だな。普通なら、ルケリア王国軍が正式に抗議するべきことなのに」


「はい、私も子供の頃から疑問を抱いておりました。父上が何か手を打ったのかもしれない……と思っておりました。しかし今考えると……最初から父上とルケリア王国は手を組んでいたのかもしれません」


「なるほど」


 俺は頷いた。


「あの虐殺も、別に敵軍が憎くてやったわけではない。最初から計画されていたことだった。ルケリア王国もそれを知っていて、アルデイラ公爵の虐殺を黙認した……というわけか」


「はい、その計画が何なのかは分かりませんが……父上が残酷な事件を起こす時は、大半の場合、別の目的を持っています」


「俺もその可能性が高いと思う。つまり……約20年前から、アルデイラ公爵はルケリア王国と何らか関係があるわけだな」


 1流の陰謀家であるアルデイラ公爵、そして若き戦争王のライオネル。ずっと以前から、この王国は彼らの影に覆われていたかもしれない。俺はそう思った。

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