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第382話.強軍の在り方

 4月4日の朝、俺はシェラとトムと一緒に軍事訓練を行った。


 警備隊本部に駐屯している2千7百人の兵士を率いて、北の城門から出陣する。そして王都の外で数時間くらい進軍した後、野営地を構築して1晩過ごし、明朝に王都に戻る。簡単な訓練だ。


 訓練の内容は簡単だが……2千人の新兵にとっては、これが『始めての出陣』だ。ずっと『守護の壁』の中で訓練を受けてきた彼らは、始めて広大な平原を進軍するわけだ。そのせいか、新兵たちの顔には緊張感が漂っている。それに対して7百の古参兵には余裕がある。


「各部隊長は、異常を見つけたら即時報告せよ」


 進軍を開始する前に、俺は各部隊長にそう指示した。すると部隊長たちは真面目な顔で「はっ!」と答えた。その中にはもちろんジャックもいる。彼はもうすっかり軍人だ。


「では、進軍開始」


 俺がケールに乗って先頭を歩くと、シェラとトムが各々の軍馬に乗って俺の左右で歩く。そして2千7百の兵士たちも……俺たちの後ろを追って歩き出す。


「おお……伯爵様だ」


 警備隊本部を出て中央広場を進むと、市民たちが集まってくる。もう『伯爵様万歳!』と何度も叫ぶことは無くなったが、まだ王都の市民たちにとって俺や俺の軍隊は好奇の対象らしい。


 市民たちの視線を浴びながら、縦5列に並んでいる新兵たちは黙々と足を運ぶ。ある意味、彼らはやっと『兵士になった自分』を認めてもらったわけだ。やっと『青空の下で堂々と歩けるようになった』わけだ。そう、もう彼らは貧民ではない。俺の誇らしい兵士たちだ。


 俺たちは北に進み続けて、巨大な城門を潜り抜けた。すると目の前に緑色の大地が広がる。ここからは『守護の壁』の外だ。


 王都地域の北側は、俺の影響力が届いているから比較的に安全だ。しかし敵が現れる可能性は皆無ではない。つまり『守護の壁』を出た瞬間から……いきなり実戦が始まる可能性は常にある。新兵たちもそれを知っていて、更に緊張する。


「温かいな」


 俺は青空を見上げた。4月の朝の日差しが温かくて、気持ちいい。軍事訓練にはちょうどいい。


「よし」


 俺たちは広大な大地の上を進み始めた。所々に湖や坂もあるけど、この王都地域の大半は広い平原だ。天気のいい日には地平線の向こうまで見える。


 道を進めば進むほど『守護の壁』がどんどん遠くなる。巨大な防壁に頼ってばかりではいけない。そう、兵士たちは学ぶべきだ。王都を守るのは……『守護の壁』なんかではなく、自分自身だということを。


「トム」


 進軍の途中、俺はトムを呼んだ。すると小柄の副官は「はっ」と答えて俺に近寄る。


「お呼びですか、総大将?」


「姉のアンナさんの様子はどうだ?」


「総大将やリックさんのおかげで……大丈夫みたいです」


 トムがいとも真面目な顔で答えた。


「本当に感謝致します。自分の姉の過ちをお許しくださって……」


「もう4年前からお前の力を借りているからな」


 俺は微かに笑った。俺がまだ格闘場の新入選手だった頃から……トムは俺に協力してくれている。俺の側近の中でも1番付き合いが長い。


「それに、お前にとって姉はたった1人の家族だろう?」


「はい。本当に……感謝致します」


 トムがもう1度お礼を言った。俺は少し間を置いてから口を開いた。


「明日の朝になったら、お前は百人を連れて北のカルテアに行け。そこでカレンと交代し、彼女を王都に向かわせて……しばらくお前が要塞を管理しろ」


「かしこまりました」


 トムが頷いた。


 それから俺たちは沈黙の中で進軍を続けた。日差しがどんどん強くなるけど、風が吹いて暑くはない。兵士たちも隊列を崩さず、整然と歩いている。日頃から規律訓練をしっかり受けた結果だ。


 やがて正午になると湖の近くで止まり、携帯食を食べながら休憩する。その後また進軍を再開して、日が落ち始めるまで歩く。そして空が暗くなったら川辺で野営地を構築する。


 まず敵に襲撃されないように偵察隊を派遣して、焚き火を作って、天幕を張って、夕食を食べる。シェラとトムの指揮の下、兵士たちは一心不乱に動く。


 深夜になると、疲れた兵士たちはすぐ眠りについてしまう。緊張で眠れない新兵もいるが、明日も朝早くから進軍だ。無理にでも眠るしかない。


 俺は指揮官用の天幕で、ランタンの光を浴びながら地図を見つめた。もう王都地域の地形は把握しているが……見落としているものがあるかもしれない。


「王都封鎖……」


 王都の西南部の軍事要塞『デメテア』にはアルデイラ公爵軍が、東南部の『エイテア』にはコリント女公爵軍が駐屯している。そしてこの2つの軍隊は、先週から周辺の道路に部隊を派遣している。それで俺は気づいた。2人の公爵の狙いは『王都封鎖』ということに。


 問題は……北側だ。王都の北部の軍事要塞『カルテア』は、現在俺の側近のカレンが管理している。つまり……いくら公爵たちでも、北の道路を封鎖することは出来ない。最初から王都を完全に封鎖することは無理なのだ。


「しかし……」


 俺の地図の上部を見つめた。軍事要塞『カルテア』の北には『グレーアム男爵領』がある。ここからは俺の同盟であるウェンデル公爵の領地だ。彼と彼の後継者であるオフィーリア・ウェンデルは信頼出来る相手だ。冬の間、何度も俺に支援金と食糧を送ってくれたし、隊商による貿易も再開させてくれた。王都の経済が少しずつ回復しているのは、北部との交流があってこそだ。


 しかしウェンデル公爵軍に異変が起きたら、北部との交流は不可能になる。その異変とはたぶん……。


「レッド」


 天幕の外から女の声が聞こえてきた。シェラが来たのだ。俺は天幕の入り口を開けて、シェラを招き入れた。


「どうした、シェラ? 寝ないのか?」


「そう言うレッドも、まだ寝ていなかったのね」


「まあな」


 俺が笑顔で頷くと、シェラの視線がテーブルの上の地図に向けられる。


「やっぱり作戦を考えていたんだ」


「それが俺の仕事だからな。仕方無いさ」


「実は……私もずっと作戦のことが気になって」


 俺とシェラは、テーブルを囲んで一緒に地図を見つめた。


「公爵たちって、王都周辺の道路を全て封鎖するつもりでしょう?」


「ああ、俺の推測が正しければな」


「でも……そのためには多くの兵力が必要なんだよね」


 シェラが地図を指でなぞり、やがて軍事要塞『デメテア』を指差す。


「コリント女公爵とは違って、アルデイラ公爵は昨年の戦闘で多くの兵力を失った。しかし5千の傭兵を雇って兵力不足を補った……ということでしょう?」


「その通りだ」


「私……どうも気になるの。いきなり莫大なお金を使って5千の傭兵を雇うなんて……普通じゃないと思う」


 シェラは真面目な顔で腕を組んだ。


「それだけのお金があれば、どうして最初から傭兵を雇わなかったのかな? 単なるお金の出し惜しみかもしれないけど……そうではない気がする。もしかしたら……アルデイラ公爵の裏に何かがあるかも」


「……いい読みだ」


 俺はニヤリとした。


「お前には……時々驚く。ただ格闘技好きのお嬢さんだったのに……もうすっかり軍指揮官になっているなんて」


「何言ってるの? レッドの側でもう何年も戦っているんだから、これくらい当然でしょう?」


 シェラがニヤニヤする。俺を驚かせたことが嬉しいみたいだ。


「俺もお前と同じ推測をしている。アルデイラ公爵は最初からお金を持っていたんじゃない。誰かが彼を支援したんだろう」


「一体誰が……?」


 シェラが首を傾げる。


「そんな莫大なお金を支援するのは『金の魔女』にも無理だよ?」


「ああ、そうだな。つまり……アルデイラ公爵を支援した人間は、『金の魔女』よりもずっとお金持ちだろうな」


「そんな人、この王国にはいないと思うけど」


「この王国の人間ではない……としたら?」


 その言葉に、シェラが目を丸くする。


「まさか……」


「まだ推測の域だ。でも……もうすぐ証拠が見つかるだろう」


 俺は自分の赤い手を地図の上に載せた。


---


 翌日の朝、俺たちは朝食を食べてから野営地を撤去した。


「では、総大将。行って参ります」


 その後、予定通りトムが百人を連れて本体から離れ、北のカルテアに向かう。そして残りの2千6百は、俺とシェラが指揮して王都への帰還を始める。


 新兵たちの足取りが軽い。何も起きずに家に帰られると思って、気持ちが軽くなっているんだろう。しかしこういう時こそ警戒するべきだ。その事実を良く知っている古参兵は、昨日と同じく慎重な足取りだ。


 遠くに見える『守護の壁』がどんどん大きくなり、やがて夕方、俺たちは巨大な城門に辿り着いた。


「伯爵様の帰還だ! 城門を開けろ!」


 俺の帰還を見て、警備隊が急いで城門を開けた。それで俺たちは防壁の中に……王都に入り、警備隊本部に向かった。昨日と同じく、市民たちが集まって俺たちの進軍を眺める。


「やっぱり……また戦闘が起こるのかな」


 市民の1人が俺を見つめながら、小さな声で呟いた。彼だけではない。多くの人が憂いの表情をしている。まだ終わらない戦乱に不安を覚えているのだ。


「……ロウェイン伯爵軍万歳!」


 いきなり若い青年がそう叫んだ。それをきっかけに、あちこちで歓声が上がる。


「赤竜の旗万歳!」


「皆さん、王国を救ってください!」


 市民たちの期待の声が、俺の兵士たちにしっかりと届く。すると俺の兵士たちは……全員胸を張る。市民たちを安心させるために、精一杯頑張っているのだ。それが自分自身の義務であることを……みんなもう1度思い知ったのだ。


 兵士として存在を認められた『自信感』、そして市民を安心させたいという『義務感』……その2つが、俺の兵士たちの士気を高める。その姿を見て俺は確信した。これこそが……強軍の在り方ということを。

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