第381話.迫ってくる危機
王国歴538年4月3日……気温がどんどん上昇している中、俺は宮殿の会議室で作戦会議を行った。
会議室の1番大きな円形テーブルに、俺の側近たちが一緒に座っている。シェラ、シルヴィア、デイナ、猫姉妹、青鼠、鳩さん、『レッドの組織』の6人、エミル、トム、ガビン……総計16人だ。北の要塞を管理しているカレンを除いて、王都地域の全ての側近が集まったわけだ。
「さて……」
俺がシェラの隣に座ると、みんなの視線が集まる。
「先日、エミルの情報部が新しい情報を入手した。エミル、みんなに説明してくれ」
「はっ」
エミルが無表情で席から立ち上がる。彼は王都法務部の首長だが、同時に情報部の指揮官でもある。
「これはアルデイラ公爵領に潜入している要員からの情報です。アルデイラ公爵は、3月から港を通じて複数の傭兵団を雇用したそうです。その総数は……約5千と推定されます」
「5千も……?」
側近たちがざわめいたが、エミルは無表情のまま説明を続ける。
「昨年の戦闘で、アルデイラ公爵は数千に至る兵力を失いました。しかし5千の傭兵が加勢すれば、彼はまた1万以上の軍隊を動員出来るようになります」
「ちょっと待ってください」
シェラが手を挙げる。
「流石に数が多すぎませんか? いきなり傭兵を5千も雇うなんて……」
「そこは俺も疑問だ」
シェラの質問に俺は笑顔を見せた。
「既存の情報では、アルデイラ公爵はもう限界まで軍備を増強しているはずだ。それなのに急に5千も雇うなんて、本来ならあり得ない話だ」
俺は腕を組んだ。
「あの『金の魔女』ですら、3千の傭兵を雇うのが限界だった。あれを超えたとすれば……アルデイラ公爵は、俺たちの知らない資金源を持っているに違いない。しかし当面の問題は……やつがあの兵力で何をするか、その点だ」
「そうね」
シェラが頷いた。
「まさかこの王都を直接攻撃するつもりなのかな?」
「可能性が無いわけではないが、あまりにも非効率だ。ここは『守護の壁』によって守られているからな」
王都は『守護の壁』という、巨大な防壁によって守られている。そのおかげで王国史上、王都が陥落されたことは無い。俺は内部の崩壊を利用して王都を手に入れたけど。
「様子からして……たぶんアルデイラ公爵はコリント女公爵と連携を取り、この王都を封鎖するつもりだろう」
「王都を封鎖……?
「ああ」
俺は頷いた。
「みんな知っている通り、王都の経済は崩壊する寸前だった。今年から少しずつ回復しているけど……それは他地方との交流があってこそだ」
俺はシルヴィアの方を見つめた。彼女は先月から王都財務官として、王都の経済を管理している。
「レッド様の仰った通りです。王都の経済は、王都だけで維持されているわけではございません」
シルヴィアが落ち着いた声で説明を始める。
「小規模の行商人、大規模の隊商、水運での物資運送など……他地方との経済交流が無いと、王都の経済はあっという間に悪化するでしょう。そして現状より悪化すれば……半年以内に完全に崩壊する恐れがあります」
「その通りだ。そして王都の経済が崩壊すれば……俺の統治も崩壊するだろう」
俺はデイナの方に視線を移した。
「デイナ」
「はい」
「もし王都の経済が崩壊し、大混乱になれば……王都の貴族たちはどう動くと思う?」
「もちろんレッド様に楯突くでしょう」
デイナが微かな笑顔で答えた。
「王都の貴族がレッド様の統治を認めているのは、あくまでもレッド様が強いからです。でも王都の経済が崩壊して、民衆が大混乱に陥れば……『ロウェイン伯爵も思ったより強くない』という認識が広まるでしょう。そうなったら、王都の貴族はあらゆる手を使ってレッド様を失脚させようとするはずです」
「そうだろうな」
俺は笑ってから、側近たちを見渡した。
「聞いての通りだ。アルデイラ公爵とコリント女公爵にとって、『王都封鎖』は最も有効な戦略だ。俺たちの課題は……封鎖を突破し、王都地域を統一することだ」
側近たちが一斉に頷いた。
「王都封鎖、ね……」
シェラが嫌な顔をする。
「確かに有効な戦略みたいだけど……それって、私たちを倒すためにまず王都の市民たちを苦しめるって話でしょう?」
「まあな」
「国王の座を狙っている公爵たちがそんな手を使うなんてね。自分の権力のためなら、市民たちがどうなっても構わないのかしら」
「へっ」
俺は苦笑した。
「戦争だから、ある程度は仕方無いことさ。それに……やつらも窮地だからな。特にアルデイラ公爵の方は……俺を倒すためなら、どんな犠牲も気にしないだろう」
「王国の最高権力者の1人がそんな人だなんて……本当に酷いことだよね」
「大丈夫さ。俺と……お前たちがいるからな」
俺はもう1度側近たちを見渡した。
「完璧な王国を作ることは、俺にも出来ない。だが……戦乱を止めて、よりいい明日に向かって進むことは出来る。そのために……お前たちの力を貸してもらうぞ」
その言葉に、側近たちが一斉に「はっ」と答えた。そして俺たちは一緒に戦略の詳細を議論した。
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作戦会議が終わり、側近たちが解散した後も……俺は会議室の席に座ったまま、1人で考え込んだ。
「レッド」
15分くらい後、会議室に誰かが入ってきた。シェラだ。
俺の可愛い婚約者は、好奇の眼差しで近寄ってくる。
「1人で何しているの?」
「いろいろ考えていたさ」
「ふーん」
シェラがいたずらっぽい笑顔になる。
「レッドって不思議だよね。暴力が好きだとか言うくせに、実は誰よりも深く考えている」
「へっ」
俺は苦笑いした。
「俺も実は考え無しで戦いたかったのさ。でも……いつの間にか指導者になっちまったからな」
「じゃ、元々は指導者になりたくなかったってこと?」
「正直に言えば、俺にも分からない」
俺は手を頭の後ろで組んで、革の椅子に身を任せた。
「いつかお前に言った通り……王国を覆して、嫌なやつらをぶっ潰したいとは思っていた。でも『今の俺』になりたかったのかは、正直分からない。ただ自分のやったことに責任を取ろうとしたら……いつの間にか組織を作って、総長になって、軍隊を養成するようになった。そういうことに才能があったからな」
「好きでもないけど嫌いでもない、って感じかな?」
「そうかもな。ただ……始めたからには全力で楽しむつもりだ。どんな強敵が現れてもな」
「強敵との戦いはレッドの願望でしょう? 『強敵との戦いが俺の生き甲斐だ』……とかよく言うからね」
「だから俺の声を真似するな」
俺とシェラは一緒に笑った。
「確かに俺は強敵との戦いが好きだ。 仲間たちも側で戦ってくれるしな」
「戦いが好きなのは正直理解出来ないけど……仲間がいるのは心強いよね」
シェラが頷いた。
「みんなこの宮殿に集まって……同じ目標のために戦っている。それだけでも心強いと思う」
「そうだな」
「うむ……でも……」
シェラが首を傾げる。
「1人忘れているような気がするけど……」
「ん? どういうことだ?」
「何か……面倒くさくてうるさいけど……可愛い子が……」
その時、1人の衛兵が会議室に入ってきた。彼は丁寧に頭を下げた後、口を開く。
「伯爵様、ご報告がございます」
「どうした? 何か起きたのか?」
「それが……伯爵様との面会を要請している女の子がいます」
「女の子?」
俺が眉をひそめると、衛兵は緊張した顔で「はい」と答える。
「もう何度も追い払いしましたが……その女の子は、自分が伯爵様の使用人だとしつこく主張していまして」
「俺の使用人……?」
俺とシェラは互いを見つめた。まさか……?
「……その女の子を連れて来い」
「はっ」
衛兵が頭を下げて会議室を出た。そしてすぐ1人の女の子を連れてきた。
「は、は、伯爵様!」
小柄の女の子は……俺を見て泣き顔で叫んだ。俺とシェラは驚いて目を丸くした。
「お前……」
「酷い、酷いです! 皆さん私のことを忘れて……! 置き去りにして!」
女の子がわんわんと泣き出す。まるで道化師みたいにまだらな服を着て、小さなリュートを背負っている女の子……そう、こいつは吟遊詩人見習いの『タリア』だ!
「朝起きたら皆さん王都に行ってしまって……! 私だけ残して……! うわあああん!」
「落ち着け、タリア」
「待っていたのに……誰も呼んでくれなくて……!」
タリアは地面に座り込んで、まるで幼児のように号泣し続ける。
「だから有り金全部使って……馬車に乗って王都まで来たんです……! でも何度も門前払いされて……! うええええん!」
「……またその手か」
俺とシェラは同時にため息をついた。
「分かったから落ち着け。俺たちは……別にお前のことを忘れていたんじゃない」
俺は咄嗟に嘘をついた。
「王都は危険だし、お前はケント伯爵領の城で活動しているからな。お前の創作のために、敢えて呼ばなかったのさ」
「ほ……本当ですか?」
タリアが泣き止んで、小動物みたいな顔で俺を見つめる。
「本当さ。俺の言葉を疑うのか?」
「いいえ、もちろん信じております! えへへ」
タリアは一瞬で笑顔になり、立ち上がって両手を挙げる。
「このタリア、ご存じ通り王都生まれです! 故郷で作品を発表して、1人前の吟遊詩人になってみせます!」
「お、おう……」
俺は適当に頷いてから、シェラの方を見つめた。
「タリアのための部屋を用意してくれ、シェラ」
「う、うん……分かった」
シェラがタリアを連れて出ていった。1人になった俺は、自分の額に手を当てた。




