第37話.久しぶりの試合が……
俺が登場する前から、格闘場の中は既に盛り上がっていた。
「レッド! レッド! レッド!」
「赤い化け物! 早く出てこい!」
「今日こそ化け物をぶっ殺せ!」
観客たちはいろんな意味で興奮していた。夜だけどまだ暑いのに……本当に面白いやつらだ。
やがて俺は試合場に一歩足を踏み入れ、自分の姿を世に示した。すると観客たちが悲鳴に近い歓声を上げる。
「おおおお!」
「出た、出たぞ!」
「お前を待っていたんだよ、化け物!」
「くたばりやがれ!」
久しぶりの試合だからなんだろうか、いつもより歓声と野次が大きい気がする。まあ、俺としてもこれくらい盛り上がった方が気持ちいい。
「ボス、頑張ってください!」
組織員たちの姿も見えた。俺は拳を挙げて彼らに答えた。
「皆さん、大変お待ちしておりました!」
進行係が死力を尽くして叫ぶ。
「これから10戦10勝のレッド様に、2戦2勝のデリック様が挑戦します!」
俺は試合場の反対側に立っているデリックの姿を眺めた。体格のいい男だ。全身にしっかり筋肉がついていて、結構鍛錬してきたに違いない。
「では、思う存分に楽しんでください!」
いつの間にか博打のための集金が終わり、試合の開始が宣言された。進行係が素早く試合場から逃げ出し、俺とデリックは互いに向かって歩き始めた。
「早くやれ!」
「殺せ! 殺せ!」
観客たちの声を後ろにして、俺とデリックは同時に戦闘態勢に入った。そして先に打って出たのは……俺の方だった。
「はっ!」
左右の拳と下段蹴りの連続攻撃……軽い牽制だが、普通のやつならこれだけで倒せる。だが流石にデリックは倒れなかった。いや、倒れるどころか上段蹴りで反撃してきた……!
「ほぉ……」
俺は少し驚いた。デリックの反撃自体は腕を上げて受け止めたけど、結構な衝撃が伝わってきたのだ。
「やるな」
たった一度の攻防だったけど、デリックの実力が分かった。こいつは……結構強い。反射神経がいいし、力もある。もしかしたらレイモン以上かもしれない。
「へっ」
久しぶりに戦う相手が強くて……信じてもいない女神様に感謝したい気持ちだ。
「おい、化け物! 力でねじ伏せろ!」
観客の誰かがそう言った。そう、それが俺の戦い方だ。合理的な牽制と技のやり取りもいいけど……やっぱり俺にはそっちが似合う!
「ぐおおおお!」
小技は要らない。真正面から突撃して、力でねじ伏せてやる!
「うっ……!」
デリックの慌てる顔を直視しながら拳を出す。強烈な攻撃だったが……デリックも素晴らしい速さで回避する。だが俺は諦めず再度突撃する。
「はああっ!」
デリックの腹を狙って蹴りを入れる。それも回避されるが、俺は更に一歩大きく踏み込んで拳を振るった。しかし……それすら回避される。
「ふっ」
俺は笑った。逃げ回るばかりのやつらを追い込む方法は……もう心得ている!
「うぐっ……!」
デリックの口から低い悲鳴が漏れる。やつが俺の横を通り抜けようとした時……俺は一瞬だけ速度を上げ、体当たりを食らわしたのだ。
「もう逃げられないぞ」
至近距離での乱闘……逃げ場はない。
「ぬおおおお!」
俺の拳がデリックの上半身を容赦なく強打し続ける。近すぎて思う存分に振るうことはできないが、威力は十分だ。
「ぐおおお!」
ふらついているデリックの頭に直撃を入れる。デリックは無様に倒れて、地面にぶつかった。
「ふう……」
倒れた相手を見下ろしながら息を吐いた。完璧な勝利だが……これは早く医者を呼ばないと駄目だな。
「……何?」
俺は目を見開いた。デリックが……立ち上がったのだ。
「た、立ち上がったぞ!」
「おいおい、どうなってんだ!?」
「あいつも化け物かよ!?」
驚いたのは俺だけではない。観客たちも驚愕の声を上げる。
「こいつ……」
俺はデリックを睨みつけた。こいつの頑丈さは……明らかに人間の限界を超えている。俺が知っている限り、こういう人間は……俺と爺だけだ。
まさかこいつも『全身全霊の動き』が使えるのか? いや、違う……そういう感じではない。なら……どうやって?
「うおおおお!」
俺が考えている間に、デリックが突進してきた。俺は足を運んで避けてから、デリックの様子を伺窺った。
「はあ……はあ……」
デリックは俺を見ていなかった。ただ荒い息遣いをしながら敵を探そうとしていた。
「おい、デリック」
「うおおお!」
俺の声に反応して、デリックがまた突進してきた。
「……そういうことだったのか」
俺は歯を食いしばった。不本意だが……こうなったら仕方ない。
「うおおおお!」
デリックがもう一度突進してきた時、俺はそれを避けながらデリックの首に腕を回した。
「うぐっ……!」
俺が腕に力を入れると、デリックは苦しんだ。しかしその苦しみもすぐ終わり、やつは気を失った。
「れ、レッド様の勝利です!」
進行係が驚愕の表情で俺の勝利を宣言する。
「おい、早く医者を呼べ!」
「は、はい!」
俺が一喝すると、進行係は素早く2階に登っていった。一人になった俺は、倒れているデリックを見下ろしながら拳を強く握った。




