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第373話.太陽のように

 俺たちが進軍を止めた時は、もう周りは真っ暗になっていた。俺は荷物袋からランタンを取り出して、火打ち石で火をつけた。


「……レイモンたちとは結構離れたな」


 移動速度と距離からして、レイモンたちはもう王都の近くまで行っているに違いない。そのまま進軍を続けば、朝には王都に入るだろう。しかし殿を務めた俺たちは……ここら辺で野営した方が良さそうだ。近くに小さな湖もあるし、1日くらいはどうにかなるだろう。


「今日はここら辺で野営して、明日また進軍するぞ」


 そう宣言してから、俺はトムの方を振り向いた。


「トム」


「はっ!」


「野営地の構築は任せる。俺とジョージとゲッリトは……近くの村に行ってくる」


「かしこまりました!」


 トムは頷いてから、騎兵隊を連れて野営地を作り始める。俺はジョージとゲッリトを連れて、近くの村に向かった。


 夜空の下で、俺たち3人は各々の軍馬に乗って歩いた。月と星が眩しくて……綺麗な夜空だ。


「それにしても……お前たち、更に強くなったな」


 ふと俺が言った。


「特にジョージは数段階も進歩したな。一体どんな魔法を使ったんだ?」


「そ、それが……」


 ジョージが恥ずかしそうに後頭部を掻く。


「魔法というわけではありませんが、その……実は……」


「何だ? 何かあったのか?」


「実は……」


 ジョージが答えに迷っていると、ゲッリトが笑顔で口を挟む。


「実はこいつ、ミアさんと婚約することになったんですよ」


「お、それは素晴らしいことじゃないか」


 俺が感心すると、ジョージは赤面になる。


 熊みたいな体格のジョージは、昨年から『ミア』という女性と付き合っている。ミアさんは細い体型の女性で、ジョージと並んでいるとまるで熊と兎みたいだ。


「なるほど、愛のために強くなったわけか」


「ボ、ボス……!」


 ジョージが真っ赤な顔で慌てる。俺とゲッリトは一緒に笑った。


「別にいいじゃないか。好きな女のために強くなるなんて、素敵だと思う」


「あ、ありがとうございます……」


 ジョージはまた後頭部を掻いてから、真剣な顔になる。


「その……上手く言葉には出来ませんが、自分でも何か変わったような気がします」


「ほぉ、具体的にどんな感覚だ?」


「その……」


 ジョージはゲッリトの方を見つめる。


「俺は……いつもレイモンさんやゲッリトに負けたくありませんでした。俺の戦い方や鍛錬法の方が優れていることを証明したかったんです」


 その言葉を聞いて、ゲッリトが目を見開く。


「ですが……最近は違います。レイモンさんやゲッリトに勝てるかどうかなんて、もうどうでもいいと考えるようになりました。すると逆に……俺自身の全てを集中して戦えるようになりました」


 ジョージはいとも真剣な顔だ。


「俺が……ただ自分自身のためだけに戦っているんじゃないと、ミアが教えてくれました。だからこそ……逆に自分自身の全てを掛けられるのかもしれません」


「なるほど」


 俺はレイモンのことを思い出した。娘ができた時、レイモンは化けてしまった。まだ生まれてもいない子供のために自分の限界を超えた。ジョージもミアさんとの交流を通じて自分の限界を超えたのだ。


「自分自身のためだけではなく、大事な誰かのために限界を超えたわけか」


「はい。そしてそれが……ボスの強さの秘密だと思います」


「俺……?」


 俺は目を丸くした。


「いや、俺は……いつも自分自身のために戦っているけど」


「いいえ」


 ジョージが首を横に振った。


「もちろんボスはお1人でも強いです。しかし、ボスが本当に強くなる時は……みんなを率いている時です」


 ジョージは真剣な顔のまま俺を見つめる。


「たぶんボスは……ご自身では自覚がないけど、いつもみんなのために戦っていると思います。それでいつも自分の限界を超えているんだと思います。まるで……太陽みたいに」


 俺は驚いた。そういうことは……考えもしなかった。


 ふと孤児院の修道女から聞いた話を思い出した。自分自身の救援のためではなく、他人のために尽くす時……本当に意味での救援が訪れる。そういう話だった。


 綺麗な夜空を見つめながら、俺はしばらく考えに耽った。


---


 15分くらい後、俺たちは小さな村に辿り着いた。『守護の壁』の外に存在する、いわゆる『外側の村』だ。


 俺とジョージとゲッリトは、ゆっくりと軍馬を歩かせて村の入り口に近づいた。村の入口には……十数人の男たちが集まっていた。この村の住民たちだ。


 住民たちはランタンを手にして、緊張した眼差しでこちらを見ていた。『いきなり現れた鎧姿の3人』を警戒しているんだろう。


 住民たちの先頭には、白髪の老人がいた。たぶん彼がこの村の村長なんだろう。


「あの……」


 村長は俺に近寄って、話し掛けようとする。しかしその時……ランタンの光で俺の肌色を確認した彼は、驚愕の表情を浮かべる。


「ま、まさか……ロウェイン伯爵様でいらっしゃいますか?」


「ああ、俺がレッド・ロウェインだ」


 俺が頷くと、村長が素早く片膝を折って頭を下げる。他の住民たちも、慌てて片膝を折って頭を下げる。


「申し遅れました!」


 村長が声を上げた。


「自分はこの『バルペル』の村長を務めております、『コナー』と申します!」


「コナーさんか」


 俺は頷いた。


「俺がこの村を訪ねたのは、別に大した理由があるわけではない。ただ……浴槽を借りたいんだ」


「浴槽を、ですか?」


「ああ。見ての通り、一悶着があったんでな」


 俺は笑顔を見せた。


 俺とジョージとゲッリトは、さっきの戦闘で敵の鮮血を大量に浴びた。革水筒の水で洗ったとはいえ、まだ俺たちの体のあちこちには真っ赤な血がついている。


「し、しかし……この村には、伯爵様のようなお方のための浴槽はありませんが……」


「別に普通の浴槽でいいんだ。お金はちゃんと支払う」


「かしこまりました……」


 コナーさんは頷いてから、後ろの住民たちに向かって目配せする。すると住民たちは安心した顔で解散する。たぶん彼らは……この村を守ろうとしていたんだろう。


 本来、『外側の村』も国王の統治下にあり……『国王直属軍』によって守られるべきだ。しかし前国王の死後、王国直属軍は『3公爵』に吸収され、実質的に解体された。それで『外側の村』の住民たちは……自分で自分らの村を守るしかないのだ。


「では……どうぞこちへ。案内致します」


「ああ」


 俺たちは各々別の民家に案内された。俺は村長コナーさんの家に入った。


 コナーさんの家には、様々な形の瓶が置かれていた。たぶんコナーさんの趣味なんだろう。


「お湯を用意しますので、少々お待ち下さい」


「ありがとう」


 コナーさんが大釜でお湯を沸かす間に、俺は鎧を外した。この赤色の鎧……頑丈なのはいいけど、着用と着脱が不便すぎる。まあ、仕方無いけど。


 やがてお湯が用意され、俺は小さな部屋の木造浴槽で体を洗った。温かいお湯に体を預けると、戦いの疲れが癒やされる。


「伯爵様、着替えの服を用意致しました」


 コナーさんが普段着を持ってきてくれた。


「この村で1番の大男のものです。みすぼらしい服ですが……」


「ありがとう」


 30分くらい後、洗い終えた俺はコナーさんが用意してくれた服に着替えた。少し小さいけど……贅沢は言えない。


「これは謝礼だ。受け取ってくれ」


 俺はコナーさんに金貨を渡した。コナーさんは「感謝致します」と何度も頭を下げた。


「あの……伯爵様」


 コナーさんは俺に何かを差し出した。それは……銀の瓶だった。


「つまらないものですが、私の持っているものの中で1番価値のあるものです。これを……伯爵様に献上したくて……」


「俺に?


「はい」


 コナーさんが真面目な顔で俺を見つめる。


「王都の市民たちは、守護の壁によって守られていますが……私たち『外側の村』の人間は、いつも疎外されてきました。特に戦乱が始まってからは、どの領主様も私たちのことなんか気にしていません」


 俺は息を殺して、コナーさんの声を聞いた。


「しかし……伯爵様は、そんな私たちのことも気にかけてくださいました。北側の村に、兵隊を派遣して治安を守ってくださいました」


「……まだこの村には、俺の影響力が届いていないけど」


「はい、それでも……伯爵様は私たちの希望です」


 コナーさんが深く頭を下げながら、銀の瓶を俺に渡そうとする。


「本当につまらないものですが、どうかお受け取りください」


 俺は一瞬迷った。領主になってから、市民たちからの献上品は全て断ってきた。俺が献上品を受け取ると、それがそのまま慣習になる恐れがあるからだ。しかし……この場合、断るとコナーさんは大きく失望するだろう。


「ありがとう」


 俺は銀の瓶を受け取った。


「大事にするよ」


「ありがとうございます、伯爵様」


 コナーさんの顔が明るくなった。今はそれでいい。

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