第372話.夕焼けと鮮血
「ケール!」
俺が呼ぶとケールも低い唸り声を出して、瞬く間に速度を上げる。もう何時間も歩いたし、道路の状態も悪いのに……ケールはそんなことなど少しも気にしない。
もう西の空は真っ赤に染まっている。俺とケールは美しい夕焼けに向かって走り続けた。走れば走るほど戦闘の音がどんどん大きくなる。そして小さな坂を登りきった時……やっと戦場の姿が視野に入ってくる。
「ここから先は通さん!」
軍馬に乗っている、長身の男が叫んだ。その男は真っ赤な鎧を着ていて、手には長い槍を持っている。男の周りには多数の敵兵士がいるが……男の槍がまるで生き物のように動いて、敵兵士の頭に穴を開く。
「はあっ!」
男が掛け声を発する度に、敵兵士が血を流しながら倒れる。恐ろしいほどの槍捌きだ。遠くて顔の見分けは出来ないが、あれは……『レッドの組織』の筆頭、レイモンだ!
「みんな、敵の突破を許すな!」
レイモンが叫ぶと、同じく真っ赤な鎧を着ている5人が動く。その5人の動きは、数百人が戦っている混沌の中でも明らかに目立つ。毎日地獄のような鍛錬をしてきた武人のみが到達出来る……まさに武芸の極みだ。
「うりゃああああっ!」
特に目立つのは、熊みたいな巨漢だ。巨大な大斧を、まるで木の棒のように軽く振るっている。彼の圧倒的な力の前に、敵兵士たちは一瞬で肉片と化す。
「ジョージのやつ……!」
戦場に向かって走りながら、俺は笑った。ジョージのやつが……本当に強くなった。昔は巨大な体格に頼ってばかりで、隙が多かったのに……もうレイモンに匹敵するほどだ。
『レッドの組織』の6人は、互いの隙を補い合いながら奮戦した。その戦闘力は、並大抵の騎士たちには到底敵わない。一般兵士たちはただただ倒されるだけだ。しかし……敵の数が多すぎる。レイモンたちはたった100人の部隊を率いているのに、敵は……ざっと見ても500人を超える。
「レイモンさん!」
激戦の途中、ジョージが緊迫した声を出す。左右の戦線が押されて、突破されそうになったのだ。いくら『レッドの組織』が強くても……たった6人だけでは、500人の攻撃を防ぎ切るのは無理だ。
「後方の馬車を狙え!」
敵の指揮官が叫んだ。レイモンたちの後方には……多数の馬車がある。たぶんレイモンたちの家族が乗っているんだろう。大事な人々を守るために、みんな必死の覚悟で奮戦しているのだ。だが……数に押されて、戦線に隙が生じてしまう。
「突撃、突撃しろ!」
隙を逃さず、敵騎兵たちが戦線を突破し……馬車に向かって突撃する。それを見てレイモンたちは慌てるが、目の前の激戦から抜け出せない。
「はあっ!」
先頭の敵騎兵が勝利を確信し、馬車の荷台を槍で突こうとする。しかし次の瞬間……その敵騎兵は上半身と下半身が分離され、大量の鮮血が吹き出てくる。
「あれは……!」
「ボス!」
敵の鮮血を浴びながら、俺はニヤリとした。俺とケールが全速力で坂を下り、やっと戦場についたのだ。
敵はもちろん、味方も俺の姿を見て一瞬動きが止まる。数百人の視線が集まっている中、俺とケールは堂々と突撃した。
「ぐおおおおお!」
真っ赤な夕焼けを浴びながら、大剣『リバイブ』が美しい曲線を描く。それで前方の敵騎兵が上下に両断され、また大量の鮮血が吹き出てくる。
「あ、赤い……化け物……!」
「覚悟しろ」
敵の恐怖に満ちた顔が……俺にはたまらないほど気持ちいい。自分の力を堂々と世に示して、目の前の敵を捻じ伏せるこの瞬間が……俺には狂おしいほど楽しい!
夕焼けと鮮血に染まった大剣の刃が曲線を描く度に、敵騎兵たちが命を落とす。首が落とされ、腕が落とされ、胴体が落とされる。そして残るのは肉片と鮮血だけだ。残酷で、強烈で、虚しい暴力の風景……それを見て、戦争慣れした騎兵たちすら恐怖に包まれる。
「に、逃げろ……逃げろぉ!」
敵騎兵の1人が必死な声で叫んだ。おかしい話だが、彼は勇気を絞り出したのだ。その勇気に促され、敵騎兵たちが逃げ始める。
「ケール!」
俺は逃げていく敵騎兵たちを追跡した。やつらは悪魔に追われているかのように必死に走ったが、ケールから逃げ出すことは不可能だ。この伝説的な純血軍馬は、喜びの唸り声を上げながらあっという間に敵騎兵の後ろに迫る。
「うおおおお!」
俺は大剣を振るい、敵騎兵たちを後ろから斬り捨てた。戦いを諦めて逃げ出すやつらなんか……もう狩りの獲物に過ぎない。
「ボス!」
十数人を斬った時、レイモンの声が聞こえてきた。いつの間にか俺はレイモンの近くまで来ていたのだ。
「もうすぐ敵の増援が来ます! 殿は僕に任せて、ボスはお先に……」
「お前は馬車を連れて王都に行け!」
俺が一喝すると、レイモンが目を丸くする。
「ボス……!」
「俺の獲物を奪う気か、レイモン!?」
「い、いいえ……!」
「早く行け!」
「はっ!」
レイモンが軍馬を走らせ、馬車に近づく。それで馬車は王都に向かって走り出す。
「ジョージ、ゲッリト!」
俺が呼ぶと、2人の戦士が俺に近寄る。
「俺たち3人で敵を食い止める。いいな?」
「はい!」
「もちろんです!」
ジョージは真剣な顔で、ゲッリトは笑顔で答えた。
レイモンと残りの組織員たちが先頭で走ると、多数の馬車と100人の歩兵がその後ろを追う。そして最後方には……俺とジョージとゲッリトが軍馬に乗って、並び立った。
「や、やつらを追え!」
敵指揮官が慌てて命令を出す。すると敵兵士たちが恐怖に染まった顔でこちらに向かってくる。
「へっ」
俺たちは笑った。いくら数が多くても……羊の率いる羊の軍隊では、猛獣たちは倒せない!
「はああああっ!」
俺は羊の群れに突撃して大剣を振るった。敵兵士の首が空中に飛ばされ、鮮血が噴出する。そしてその首が地面に落ちる前に、更に3人が首を失う。
「とりゃあ!」
俺の左側で、ゲッリトが連接棍を振るう。その連接棍の軌道はまさに千変万化で、敵兵士は対応出来ずに頭が砕かれる。
「うりゃああっ!」
ジョージは俺の右側で大斧を振り下ろす。敵兵士はそれを盾で防ごうとするが、大斧は頑丈な盾と敵兵士の胴体を同時に切り裂く。
俺たち3人は、羊の群れの真ん中で暴れた。敵の鮮血を浴びれば浴びるほど、俺たちの牙はより鋭くなっていった。敵からすれば、もう悪魔としか言い様が無いだろう。
「一体何なんだ……!?」
「う、ううっ……!」
たった3人の殿……しかし500人に至る敵軍が、言葉通り1歩も進めない。いや、逆に後ずさっている。『レッドの組織』の奮戦、そして俺の戦いを間近で目撃して……死の恐怖に心臓を捕まれたのだ。こういう時、指揮官が兵士たちを励ます必要があるが……それも無理だ。
「な、何をしている!?」
敵指揮官が叫んだ。しかし彼の声は震えている。
「敵はたった3人だ! こ、攻撃しろ!」
敵指揮官が命令を出しても、誰も俺たちの前に立とうとしない。
「まだ分からないのか?」
俺は嘲笑した。
「その震える声では、いくら命令を出しても……誰もついて来ないのだ!」
俺とケールは敵指揮官に向かって一直線で走った。敵指揮官の周りには、数十の兵士がいたが……彼らは上官を守るどころか、逆に道を空けてしまう。
「お、おい! お前たち……!」
慌てる敵指揮官の顔を直視しながら、俺は大剣を左から右に振るった。敵指揮官は間抜けな顔のまま首が飛ばされる。
「う、うわあっ!」
敵兵士の1人が悲鳴を上げる。それをきっかけに、敵部隊はまるで蟻のように四方八方に逃げ出す。
「ボス!」
ジョージとゲッリトが俺に近づいた。俺は彼らを振り向いた。
「敵の増援が来る。味方を追いながら、やつらを食い止める!」
「はっ!」
俺たちは味方を追ってゆっくりと移動した。そして当然にも、敵の増援に追いつかれる。
「今度は重騎兵隊か」
俺はニヤリとした。無数の軍馬の足音と共に、約100騎の重騎兵隊が現れたのだ。
「さっきのやつらは時間稼ぎだったわけか」
重騎兵隊は、野戦において最強の決め手だ。敵はこちらを一気に押しつぶすつもりだ。
「2人とも、まだやれるな?」
「もちろんですよ!」
ゲッリトが明るい声で答えた。
「今の俺たちなら、100騎でも200騎でも問題ありません! 全部蹴散らしてやります!」
「ゲッリトの言う通りです。『赤竜の旗』の恐ろしさ……敵は思い知ることになるでしょう」
ジョージも真剣な顔で言った。俺は頷いた。
「よし、では……敵を捻り潰すぞ」
俺は大剣を構えて、敵重機兵隊に向かって真っ先に突撃しようとした。しかしその時……邪魔が入った。
「総大将!」
少年の声が俺を呼んだ。副官のトムが……50人の精鋭騎兵隊を率いて、やっと戦場に辿り着いたのだ。
「総大将! ご無事ですか!?」
「当然だ。俺を誰だと思っている?」
俺が笑顔で答えると、トムが強く頷いた。
「ここからは、自分にお任せください!」
「いや、その必要は無くなった」
俺は苦笑いした。敵の重機兵隊は、もう立ち止まってしまったのだ。トムと50人の精鋭騎兵隊が現れたおかげだ。
「これから王都に帰還する。ゆっくりと、堂々に」
「はっ!」
俺は大剣を背中の鞘に納めて、ゆっくりと道を歩いた。ジョージとゲッリトとトム、そして50人の精鋭騎兵隊が俺の後ろを歩いた。敵の増援が次々と現れたが、結局誰1人も俺たちを攻撃して来なかった。




