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第371話.予感

 3月7日の午後……俺は会議室のテーブルに座って、書類仕事を進めた。可愛い婚約者たち、つまりシェラとシルヴィアが俺を手伝ってくれた。


「レッド様、次は半年分の軍備の予算編成です」


「ありがとう、シルヴィア」


 俺はシルヴィアから報告書を受け取って、じっくりと読んだ。報告書には、3月から9月までの軍備予算編成が書かれていた。


「……本当にきついな」


 新兵2000人分の食費、装備の購入費、防壁の補修費などなど……とんでもないほど大きな数字が並んでいる。しかしこれは必要な支出だ。


 予算編成を確認した俺は、報告書の1番下に王都行政部の印章を押した。するとシェラがその報告書を封筒に入れて、封筒の上に封蝋用の蝋燭を落とし、蝋燭が乾く前にロウェイン伯爵家の印章を押す。それで報告書は見事に封蝋され、王都財務部の官吏たちに伝達されるわけだ。


「次は水路整備の予算編成です」


 それからも俺たちは力を合わせて仕事を進めた。シェラとシルヴィアがまとめてくれた書類を俺が確認する……大体その繰り返しだ。


「これで今日分は終わり」


 数時間後、シェラが笑顔で言った。やっと終わったのだ。


「レッドもシルヴィアさんもお疲れ様」


「お疲れ様でございました」


 左右からシェラとシルヴィアの明るい声が聞こえてきた。それだけで仕事の疲れが大分癒される。


「でもさ……」


 残りの書類をまとめながら、シェラが口を開く。


「私たちって、今は結構偉い立場なんでしょう?」


「まあ、王都を統治しているからな」


「なのにさ……仕事増えてない?」


 シェラの言葉を聞いて、俺とシルヴィアは笑った。


「仕方無いさ。俺たちの領地が増えて、背負うべき領民の数も増えたからな。そりゃ仕事も増えるさ」


「はあ……」


 シェラがため息をつく。


「何か想像と違うんだよね……」


「想像?」


「上に登れば楽出来ると思ったのよ、私は」


「そんなわけあるか」


 俺はもう1度笑った。


「歴代の国王の中には、過労で早死したやつも複数いる」


「私はそんなの絶対嫌だ」


 シェラが軽く身震いする。


「前国王みたいに仕事を放置するのは駄目だけど、人生を楽しむのも大事だからね!」


「確かに休憩は大事だ。でもしばらくは仕方無い。王都は今正常じゃないからな」


 俺はゆっくりと首を横に振った。


「つい数ヶ月前まで、王都は内部から崩壊しようとしていた。俺たちがどうにか崩壊を止めたけど……まだ問題はたくさん残っている」


「そうですね」


 シルヴィアが頷いた。


「税率を下げたことによって、市民たちは喜んでいますが……彼らの生活が劇的に良くなったわけではありません。それに対して、私たちの資金難は続いています」


「……ごめんなさい、シルヴィアさん」


 シェラがシルヴィアに謝った。


「今1番大変なのはシルヴィアさんなのに、私、つい愚痴をこぼしちゃって」


 シェラの言う通り、最近1番大変なのは会計士のシルヴィアだ。資金難を少しでも解消するために、シルヴィアは朝から晩まで数え切れないほどの報告書と戦っている。


「いいえ、シェラさんの気持ちにも同感しています」


 シルヴィアは温かい笑顔でそう言った。


「私たちが王都地域に進出してから、もう半年くらい経ちました。この半年の間、皆さんは戦闘と仕事に追われてばかりです。疲れを感じるのは当然だと思います」


「宮殿のパーティーも、私たちには仕事の延長ですからね」


 シェラが苦笑いした。


「すまない。2人に苦労させてしまった」 


 今度は俺がシェラとシルヴィアに謝った。


「確かにみんなが疲れを感じるのは当然だ。俺がもうちょっと気を使うべきだった」


「何言ってるのよ。レッドのせいじゃないからね」


 シェラが首を横に振った。


「状況が状況だし。ただ……少しでもいいから、息抜きが必要だと思っただけ」


「そうだな」


 俺は頷いた。確かに、俺の側近たちは最近みんな過労気味だ。少し休憩が必要だ。


「来週になったら、もう少し余裕が出来るはずだ。『レッドの組織』のみんなとエミルが到着する予定だからな」


「そうだったね」


 シェラが頷いた。


 俺の親衛隊である『レッドの組織』と参謀のエミルが、クレイン地方を経由してこちらに向かっている。彼らが合流すれば、王都の統治ももうちょっと楽になるはずだ。


「途中で敵軍に攻撃されるかもしれないから、トムが出迎えることにしたんだっけ?」


「いや……俺が直接出迎えるつもりだ」


「レッドが……? また直接?」


 シェラとシルヴィアが目を丸くして、俺を見つめる。俺は「ああ」と答えてから腕を組んだ。


「実は、嫌な予感がする」


「嫌な予感って……」


「もしかしたら……アルデイラ公爵はこちらの動きを知っているのかもしれない」


 その言葉の意味を理解して、シェラとシルヴィアは驚愕を隠せなかった。


---


 3月12日の朝……俺は副官のトムと50人の精鋭騎兵隊を率いて、王都警備隊の本部から出た。表面的には『軍事訓練』という名目での出陣だが、実は『味方を出迎えるため』だ。


「は、伯爵様だ!」


「おおー!」


 俺は赤い鎧を着て、長い大剣を背負い、真っ黒な軍馬『ケール』に乗って歩いた。そんな俺の姿を見て、市民たちが歓声を上げる。特に若者たちは熱狂的な叫びを送ってくる。


「ロウェイン伯爵様万歳!」


「無敵の赤き総大将!」


 人々の歓声を聞きながら、俺たちは西に向かい……やがて城門を出た。3月の朝の空気は冷たいが、ちょうど気持ちいい冷たさだ。


「……王都の市民たちは、もうみんな総大将の味方みたいですね」


 トムが笑顔で言った。俺は苦笑いした。


「みんなってのは、流石に言い過ぎだろう?」


「それは……そうですが」


「まあ、でも多くの人々から支持されるのはいいことだ。彼らの支持が……俺に力をくれているからな」


「はい!」


 トムが笑顔で頷いた。


 俺とトム、そして精鋭騎兵隊は西への道路を進んだ。道路の状態があまり良くないけど、何とか速度を維持することは出来そうだ。


「……トム」


 道の途中、ふと俺はトムを呼んだ。するとトムが「はっ」と答える。


「お呼びですか、総大将?」


「お前も知っている通り……現在、エミルと『レッドの組織』がこちらに向かっている」


 俺は淡々とした口調で話した。


「今年の2月に、俺がエミルに連絡を入れたのさ。『レッドの組織』と合流して、王都に来い』とな」


「はい」


 トムが頷いた。


「それで参謀殿は『ケント伯爵領』の管理を部下に委任し、3月から王都への旅を始めたとお聞きしました」


「その通りだ。100人の小規模の部隊を率いて、結構な速度で移動している」


 俺は前方を眺めながら話を続けた。


「王都の統治をより円滑に行うためには、エミルの力が必要だ。そして『レッドの組織』は……俺のすぐ側で戦うために、家族を連れて王都に移住するつもりだ」


「その家族の中には、自分の姉もいるみたいです」


 トムが嬉しい笑顔を見せる。トムの姉である『アンナ』さんは、リックの彼女として同行しているらしい。


「良かったな、トム。お姉さんと再会出来て」


「はい!」


「しかし、まだ問題が残っている。エミルたちが……アルデイラ公爵軍に襲撃されるかもしれない」


「はい」


 トムが緊張した顔になる。


「クレイン地方から王都地域に進入するためには、石橋『女神の歩み』を渡るしかありません。しかしあの石橋は……アルデイラ公爵軍の軍事要塞『デメテア』から近いです」


「その通りだ」


 アルデイラ公爵軍は、王都の西南に位置した『デメテア』という要塞に駐屯している。あの要塞から石橋『女神の歩み』までは、騎兵隊なら1日で辿り着ける距離だ。


「じゃ、お前が見て……エミルたちが襲撃される可能性はどれくらいだ?」


「……あまり高くないと存じます」


 トムが慎重な口調で答えた。


「参謀殿は小規模の部隊を率いています。おかげで移動速度が速く、敵の偵察に補足される恐れも少ないと判断されます。まったく可能性が無いわけではありませんが、かなり低いかと」


「妥当な予測だ」


 俺はニヤリとした。


「アルデイラ公爵軍の偵察兵が移動中のエミルたちを補足し、要塞に戻って報告を上げる頃には……エミルたちはもう王都の城門を潜り抜けるだろう。つまり『普通なら』エミルたちが襲撃される可能性は低い」


「そうですね。わざわざ総大将自らが出迎えるまでもないと存じます」


「……しかし万が一、アルデイラ公爵がこちらの動きを事前に知っていたら?」


「事前に、ですか?」


 トムが目を見開く。


「それなら……参謀殿が危険に陥る可能性が高いです。敵軍の重要人物が目の前を通ることを、アルデイラ公爵が見過ごすわけがありませんから」


「そうだな」


「でも、そんなことは……考えられません。いくらアルデイラ公爵でも、こちらの動きをそこまで詳細に把握するのは……無理だと存じます」


 トムの言うことは妥当だ。しかし俺は何も言わなかった。


 数時間くらい道路を進んだ後、俺たちは『外側の村』の近くで休憩した。村の人々は、好奇心と不安に満ちた瞳で俺たちを眺めてくる。


 非常食と革水筒の水で昼食を済まして、俺たちはまた進んだ。宮殿の豪華な食事に比べたら、本当に不味い昼食だけど……俺は別に構わない。腹ごしらえ出来ればそれでいい。


 そして更に数時間くらい進み、空が暗くなった時……前方から騒音が聞こえてきた。馬の足音、叫び声、鉄と鉄がぶつかる音……。


「総大将!」


 トムが驚いて声を上げる。


「これは……戦闘の音です! 前方で戦闘が行われています!」


「……俺が先行する」


「そ、総大将!」


 トムの呼び声を後にして、俺はケールと一緒に疾走し出した。どうやら……悪い予感が当たったみたいだ。

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