第367話.俺も興味がある
「皆様に安寧と幸福が訪れることをお祈り致します! 以上、『美声のルーク』でした!」
お茶会の後……ルークは大げさにお辞儀してから、急ぎ足で応接間を出ていった。俺のことが怖くて素早く逃げたのだ。
「ロウェイン伯爵様」
ハリス男爵が俺を呼んだ。
「私はそろそろ仕事の時間ですが、ロウェイン伯爵様はいかがなさいますか?」
「俺はもうちょっと話すよ。先に帰ってくれ」
「はい、分かりました」
ハリス男爵はテーブルから立ち上がり、丁寧にお辞儀してから応接間を出る。
「自分も……ここら辺で休もうと思います」
エルデ伯爵が笑顔で言った。体の弱い彼は、もう疲れ気味だ。
「今日のお茶会に参席してくださり、誠に感謝致します……ロウェイン伯爵様、デイナ嬢」
そう言い残して、エルデ伯爵は使用人に背負われて応接間を出る。エルデ伯爵夫人は夫の後ろ姿をじっと見つめる。
3人の退場により、テーブルには俺とデイナとエルデ伯爵夫人……そして黒猫が残った。さっきまでの楽しげな空気が一瞬でなくなり、広い応接間は静まり返る。
「さて……」
俺は水を1口飲んで、エルデ伯爵夫人を見つめた。
「貴族たちの世論はどうだ、エルデ伯爵夫人?」
「表面的には、まだ何の動きもありません」
エルデ伯爵夫人は妖艶な笑顔で答えた。
「ロウェイン伯爵様の統治に反対したりはしないでしょう。ですが……一部の人々の中には、まだ迷いが残っているみたいです」
「迷いか」
「はい。『自分たちも処刑されたり資産を奪われたりするかもしれない』……そう思っている人々がいるようです」
「へっ、やっぱりそれか」
俺は笑った。
昨年……俺は『王都財務官フィンリー』と『王都法務官アロン』を処刑して、彼らが横領したお金を没収した。それで俺は、王都の市民たちから強い支持を受けることになった。
しかし……『貴族を処刑してその個人資産を奪ったこと』は、貴族層の特権を完全に無視した行為なのだ。今は俺の力が怖くて黙っているけど……一部の貴族層は内心反発しているに違いない。
「彼らは、ロウェイン伯爵様から寛容を求めているらしいです」
「以前にも言っただろう? 俺の寛容が欲しいなら……貴族層が先に貧民たちに寛容を見せるべきだと」
「……はい」
エルデ伯爵夫人がゆっくりと頷く。
「そのことですが、やっとのことで貴族層の意見が統一されました」
「ほぉ、どう統一されたんだ?」
「『白色の区画』の貴族たち全員で寄付金を集めて、女神教の教会に届けることにしました」
「教会に……か」
俺は少し考えてみた。
「教会は貧民救済もしているし、確かに妥当な線ではあるな」
「はい」
「じゃ、その寄付が無事に終わったら……俺は貴族層に対して声明を出そう。『俺に従う限り、貴族たちの権利を保証してやる』と。それでいいか?」
「はい」
エルデ伯爵夫人は安心した顔で頷いた。
「ロウェイン伯爵様の統治が合理的ということは、もう貴族層も気づいています。その上、伯爵様が寛容をお見せになると……皆さんも安心出来るでしょう」
その答えに俺は頷いた。
「アルデイラ公爵とコリント女公爵の声明に対する世論はどうだ? 貴族の中には、あの2人と親交のある人間も多いだろう?」
「そのことなら、ここにいるデイナ嬢と私にお任せください」
「対処出来るのか?」
「特に問題は無いと存じます。そうですよね、デイナ嬢?」
「はい」
ずっと黙っていたデイナが口を開く。
「そもそもの話……『3公爵の抗争』に対して、王都の貴族層は中立を守ってきました。それは『誰が勝者になっても生き残るため』です」
「まあな」
「つまるところ、彼らに教えればいいわけです。この抗争の勝者になるのは、アルデイラ公爵でもコリント女公爵でもなく……レッド様であることを」
「現実を分からせて、変な真似しないようにするわけか」
「その通りです」
デイナは自信満々な笑顔を見せる。
「言ってしまえば……王都の貴族層にとって、誰が抗争の勝者になるのかはそこまで大事ではありません。大事なのは、自分たちの権利と資産を守ることだけです」
「ま、そうだろうな」
「レッド様の力が3公爵をも凌駕していることは、もう昨年の戦闘で証明されました。そしてこれからもその事実に揺るぎは無い……世間がそう信じている限り、他の公爵の味方をする馬鹿は多くないはずです」
「俺が勝ち続く限り、貴族層は裏切らないということだな」
「はい、心からの忠誠は期待出来ませんが……逆らうことも無いでしょう。そんなもんです、俗物たちですから」
デイナの綺麗な顔に嘲笑が浮かぶ。俺は内心苦笑した。
「ま、そっちの方は2人に任せるよ。俺は貴族のお茶会やパーティーはあまり好きじゃないからな。エルデ伯爵家のお茶会なら例外だけど」
「ありがとうございます」
エルデ伯爵夫人が笑顔を見せる。
俺はテーブルから立ち上がった。
「じゃ、俺もこれで帰るよ。デイナはどうする気だ?」
「私はもう少しエルデ伯爵夫人と話します」
「そうか。じゃ……ほどほどにしてくれ。黒猫がつまらなさそうな顔だからな」
ぼっーとしていた黒猫が、びっくりして俺を見上げる。その姿が可愛すぎて、俺とデイナとエルデ伯爵夫人は一緒に笑った。
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それからも割りと平穏な日々が流れた。王都の市民たちは静かに春の到来を、戦乱の終結を待っていた。そして貴族層の世論も……デイナとエルデ伯爵夫人の活躍によって安定されつつあった。
まだ問題は残っている。特に王都の経済は未だに沈滞しているし、本来の繁栄を取り戻すのは程遠い。それでも……市民たちが恐怖や混乱に染まらずにいる限り、希望はある。
俺と俺の側近たちは、王都の平穏な空気が乱されないように頑張った。治安を維持し、なるべく公平な裁判を行い、王都行政部の威厳を示す。その全ての努力が人々の心に安心を与えるわけだ。そしてその安心は、統治者の俺に対する信頼に変わる。
しかし……2月24日、1通の手紙が平穏の空気を乱した。
「総大将!」
トムが急ぎ足で会議室に入ってきた。俺は書類から目を離して、トムを見つめた。
「どうした、トム? 何かあったのか?」
「総大将宛に手紙が届きました!」
「手紙?」
「はい! アルデイラ公爵からの手紙です!」
トムが上気した顔でそう言った。俺の左右に座っていたシェラとシルヴィアが驚いて、俺の方を見つめる。
俺はトムから手紙を受け取り、それを開けて読んでみた。
「レッド……」
シェラが席から立って、俺に近づく。
「どういう手紙なの? 宣戦布告?」
「いや」
俺は笑顔で首を横に振った。
「どうやら……アルデイラ公爵が俺との会談を希望しているみたいだ」
「会談……!?」
シェラの声が裏返る。
「レッド、あんた……まさか受け入れるつもりじゃないよね!?」
「さあな」
俺は笑顔で側近たちを見つめた。シェラもシルヴィアもトムも、驚愕した顔で俺を見上げている
「どうしてみんなそんな顔しているんだ?」
「だって……あのアルデイラ公爵だよ!? 絶対に罠に決まっているじゃん!」
「そうかもな」
俺はトムの方を振り向いた。
「トム」
「はっ!」
「ハリス男爵にこのことを伝えて、森林偵察隊を準備させろ。会談の護衛には彼らが最適だ」
「そ、総大将……」
「早く動け」
「……はっ!」
トムが素早く会議室を出た。シェラとシルヴィアは、もう言葉を失っていた。
「2人とも、心配しないでくれ」
俺はニヤリとした。
「たぶんこの会談に大した意味は無い。ただ……お互いの本音を探るだけだ」
「レッド……」
「俺もやつには少し興味があってな。ちょっと話してくるよ」
俺は手紙をテーブルの上に置いた。そして拳を握りしめた。




