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第36話.俺はまだ最強じゃない。だから……

「挑戦者? ボスに?」


 レイモンが目を丸くした。


「誰ですか、その命知らずは」

「デリックというやつで、2連勝したばかりの新人らしい」

「まだ経験がなくて、怖いもの知らずって感じですね。可哀想に……」


 レイモンは本当に悲しい表情をした。俺は苦笑するしかなかった。


「まだ俺の勝利が決まったわけではないぞ」

「まあ、もちろんそれはそうなんですが……ボスに勝てる人間なんて、僕には想像もできません」

「それはどうかな」


 俺は頭の中で1人の人間を思い浮かべた。


「あ、そう言えば少し分かりました」

「何が?」

「ボスとの差が縮まらない理由です」


 レイモンは難題を解決してすっきりしたような顔になっていた。


「昨日からずっと考えていたんです。何故僕たちがいくら強くなっても、ボスとの差は広がるばかりなのかな、と」


 それをずっと考えていたのか。本当に誠実なやつだ。


「最初はボスの身体能力が優れているからだと思いました。でもそれだと、僕たちが鍛錬すれば少しは追い付けられるはずです。でもそうではなかった……つまり、本当の原因は別にあったんです」

「で、その『本当の原因』は何だ?」

「感覚です」

「感覚?」


 予想外の答えに俺は眉をひそめた。


「格闘技の技って、いくら簡単なものでも実戦で思う存分に活用するのは難しいと思います。相手も同じ人間だから思い通りに動いてくれないし、一人で練習する時とは全然違いますからね。だからいろんな相手と対戦して、経験を積んでいく必要があると思います」

「そうだな。同意する」

「でもボスは……どんな技であっても、まるで何十年も使ってきたように活用できます。その動きがあまりにも自然で、迷いがなくて……もう僕たちとは格闘に対する根本的な感覚が違うとしか言えません」


 レイモンが俺を見上げる。


「他と比べて強いとか、才能があるとかのレベルではありません。ボスは戦うために生まれてきた存在です。だから僕は……いいえ、僕だけではありません。みんなボスは無敵だと信じています」

「無敵か……」


 俺は微かに笑った。


「俺だって人間だ。小さかった頃は多数の不良たちに殴られた」

「それは別ですよ」


 レイモンの顔に笑みが浮かぶ。


「そんな子供の頃じゃなければ、負けたことなどないですよね?」

「あるさ」

「……誰に?」


 レイモンが目を丸くする。


「俺の師匠だ」

「ボスの……師匠?」

「ああ」


 俺は鼠のような顔をしている、みすぼらしい老人の姿を思い描いた。


---


 その日の午後……俺は久しぶりに『俺たちの小屋』に戻った。


「……あう!」


 アイリンが驚きの顔で駆けつけてきて、俺の横腹に抱き着く。


「あうあう!」

「ごめん、ちょっと忙しくてな」


 俺はアイリンの頭を撫でながら謝った。


「レッドか」


 小屋の中から老人が姿を現した。


「どうしたんだい? こんなボロ小屋のことは忘れたんじゃなかったのか?」

「何言ってんだ」


 俺が苦笑すると、鼠の爺も苦笑した。


「で、今日はどんな用件なんだ?」

「実は爺に一つ頼みがある」

「頼み?」


 爺が眉をひそめる。


「頼みって何だ?」

「久しぶりに……俺と対決してくれ」


 しばらくの沈黙の後、爺が笑った。


「……この無力な老人を殴るつもりか? 酷いやつだな」

「誰が無力な老人だ、まったく」

「まあ、分かった。そんな真面目な顔で頼んでくると仕方ない。この無力な老人が少し相手をしてやる」

「ありがとう」


 俺と爺は拳に包帯を巻いて、小屋の前で対峙した。ちょうど俺が爺から『一番大事な教訓』を教えてもらったその場所だ。


「あうあう……」


 アイリンが心配げな眼差しで俺たちを見つめた。だがもう誰にも止められない。


「さあ、始めようか」

「ああ」


 俺と爺は同時に戦闘態勢に入った。


「ふっ……」


 俺は思わず笑った。昔は見えなかったけど……今はちゃんと見えている。爺の小さな体から発せられている、巨大な猛獣のような気迫が。

 俺は焦らずに少しずつ距離を縮めた。そして爺が俺の攻撃範囲に入ってきた途端、俺の拳はもう無意識的に動き始める。


「はあっ!」


 気合と共に一撃を放ったが、爺は足を運んで簡単に避けた。次の攻撃も、その次の攻撃も……爺の体に触れることすらできなかった。


「遅いぞ!」


 俺がほんの一瞬の隙を見せた時、爺が雷のように突進して一撃を放ってきた。避けることも防ぐこともできない一撃……昔の俺を何度もぶっ飛ばしたあの拳だ。だが俺は昔の俺ではない。爺の拳に俺も拳で対応する……!


「うっ……!」


 二人の拳が激突した直後、一歩後ずさったのは俺の方だった。


「……やっぱりクソ強いじゃないか」


 俺は苦笑した。強烈な衝撃で腕が痺れてくる。


「お前も少しはできるようになったな」


 爺が笑顔で言った。無敵とか最強、化け物だと言われている俺に対して『少しはできる』と言えるのは爺だけだ。


「やっぱり……普通の戦い方ではあんたに勝てない」


 俺は態勢を取り直して……全身全霊の力を集中した。


「お前……」


 爺の顔に驚きの表情が浮かび、俺の顔には笑みが浮かぶ。


「爺のその顔が見たかった」

「自力で……?」

「覚悟しろ……!」


 俺は地面を蹴った。そして次の瞬間には、俺は爺の目の前に立って拳を振るっていた。


「くっ……!」


 爺が俺の拳を防いだ。流石だけど……俺の攻撃は止まらない。


「はああっ!」


 この『全身全霊の動き』は……爺から盗んだ技であり、組織員たちに教えられなかったたった一つの技でもある。限界を越えて全身の筋肉を動かし、体に眠っている潜在能力を引き出す技……これだけは他人に伝授することができなかった。


「こいつ……!」


 爺が驚愕した瞬間、俺は爺の小さい体をぶっ飛ばした。そして爺の足が地面につくよりも早く追い付けて……また一撃を放った。


「うぐっ……!」


 爺の体が後ろの大きな木にぶつかった。俺はそんな爺に突進して止めを刺そうとしたが……状況が変わる。


「はあっ!」


 爺が俺と同じ速さと力を手に入れ、反撃してきた。爺も『全身全霊の動き』を使ったのだ。


「ぐおおおお!」

「レッド……!」


 俺と爺の体がぶつかる度に、轟音が響いた。両者の攻撃はもう岩すら砕くほどだが、両者共に倒れない。


「ちっ……」


 そして先に限界を迎えたのは……俺の方だった。俺は自分の体から急激に力が抜けていくことを感じた。


「がはっ……!」


 ほんの少しの差を超えられなく、俺の体に爺の一撃が刺さる。俺は空中に飛ばされ、やがて地面に落ちた。気持ちいいほどの……完璧な敗北だ。


「俺の……負けだ」


 俺は空を見上げながら認めた。


「この、クソやろう……」


 爺は荒い息遣いで座り込んだ。


「無力な……老人に……無理させやがって……」

「へっ」


 俺は笑ってから体を起こして、爺と同じく地面に座った。


「ありがとう、爺」

「……はあ?」

「爺がいてくれて、俺はまだ最強でも無敵でもない」


 俺と爺の視線が交差する。


「俺はまだまだ強くなれる。まだまだ上に昇られる」

「それが確かめたくて……老人に無理させたのか? 本当に酷いやつだ」


 俺と爺は一緒に笑った。


「あうあう……!」


 そしてアイリンが俺たちに近づき、涙目で睨んできた。俺と爺は苦笑しながら立ち上がった。


「結局最強はアイリンだな、爺」

「まったくだ」


 アイリンに傷の手当てを任せて、俺たちはいろいろ話した。俺にとっては久しぶりに味わう気楽な一日だった。

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