第35話.久しぶりに現れたな
夏のど真ん中、俺は組織員たちの鍛錬に専念していた。
彼らは順調に強くなっていった。みんな格闘場で勝ち続けている。このままだと、俺以外に10連勝するやつも出て来るだろう。
「みんな強くなりましたね」
「そうだな」
本拠地の1階で、レイモンと俺は訓練している組織員たちを眺めた。
「……でもやっぱり不思議です」
「何が?」
レイモンは俺を見上げながら答える。
「いくら僕たちが強くなっても……ボスとの差が縮まりません。いや、むしろどんどん広がっています」
「そうかな」
ここ数週間、俺は自分の鍛錬より組織員たちの鍛錬を優先した。それなのに差が広がるなんて……確かに不思議な話だ。でもレイモンの格闘技に関しての見識は信頼できる。
「僕たちとは最初から違う気がします。特別というか……」
「さあな」
俺は肩をすくめた。
「それより……みんなの結束も強くなったようで安心した」
「そうですね」
「お前がみんなを上手くまとめてくれたおかげだ、レイモン」
「あ、ありがとうございます」
レイモンの誠実な顔に笑みが浮かんだ。
レイモンの誠実さは『レッドの組織』にとって本当に大事だ。一番年長者のレイモンが誠実に動いてくれるから、みんな影響されるわけだ。
いや、レイモンだけではない。みんな各々の長所を活かして組織の原動力になっている。ボスの俺としては……本当にありがたい限りだ。
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強くなっているのは組織員だけではない。ロベルトの組織の下っ端、トムも同じだ。
トムはほぼ毎日『レッドの組織』の本拠地に顔を出して、俺から1時間くらい訓練を受ける。別に本格的な訓練ではないけど……規則的な運動のおかげでトムが少しずつ元気になっているのは確かだ。
トムは体こそ弱いが、知識ならなかなかだった。幼い頃、近所から借りてきた本をベッドの上で読みながら過ごしたらしい。訓練の後、俺はトムと一緒に歴史とか文化に関しての会話を楽しんだ。
「そう言えば……」
トムがふと思い出したように口を開く。
「レッドさんの組織はお店を経営していませんよね?」
「ああ、そうだ」
俺は頷いた。俺の組織はここら辺の犯罪組織とは違って、直接施設を経営してはいない。
「じゃ……運営資金に困っていらっしゃいませんか?」
「正直に言えば、結構困っている。何しろ俺はもう格闘場で戦っていないからな」
「やっぱりそうですよね」
トムが頷く。
「レッドさん、いつかお嬢さんと一緒に食事を取ったレストランを覚えていらっしゃいますか? 自分の姉が働いているところです」
「ああ、もちろん覚えている。小さいけどいいところだったな」
俺はアイリンとトムと一緒にチキン料理を食べたことを思い出した。楽しい一日だった。
「実はそこの店主さんが、レストランの経営権を売却して故郷に戻るつもりらしいです」
「つまりそのレストランを経営してみるのはどうだ、ということか?」
「はい。収益はそんなに高くないはずですが、結構安定したレストランです」
なるほど……確かに悪くないかもしれない。
「トム、お前がうちのリックと協力して……そのレストランの経営状態を確かめてくれないか? 条件がよければ俺が買い取る」
「分かりました!」
トムが明るい顔で答えた。少しでも俺の役に立つことが嬉しいようだ。
確かに俺の組織には安定した収入源が必要だ。当面は俺がシェラに格闘技を教えて何とか稼いでいるけど、それに依存するのは良くない。条件がよければレストランの経営も悪くないだろう。レストランの経営者って、俺には流石に似合わないだろうけど。
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トムの訓練を終えてから俺は格闘場に向かった。そして道の途中、ロベルトに出会った。
「レッドさん」
ロベルトは笑顔を見せた。暑い夏なのに、ロベルトの端正な顔立ちは相変わらずだ。
「格闘場に向かっていらっしゃるんですか?」
「ああ、組織員たちの試合を確認するためにな」
「なるほど」
ロベルトは頷いてから俺を凝視する。
「ちょうどよかった。レッドさんに話しておきたいことがあったんです」
「何だ」
「実は……挑戦者が現れました」
「挑戦者? 俺に?」
「はい」
俺は自分の胸が騒いでくるのを感じた。
「じゃ、久しぶりに戦えるのか。嬉しい知らせだな」
「私もレッドさんの試合が拝見できて嬉しい限りです」
ロベルトは目を細めて話を続ける。
「挑戦者はデリックという若い男で、相手が誰でも構わない……つまりレッドさんと試合しても構わないと言い出しました」
「なるほど」
「彼は2連勝したばかりの新人ですが……試合を観戦した部下の話によると、結構強いらしいです」
「それは楽しみだな」
ここ最近、俺は組織員たちを鍛錬させながら有益な時間を過ごした。しかし……ちょっと退屈だったのも事実だ。でも強い相手と戦えるという知らせを聞いて、その退屈さはどこかに飛んで行ってしまった。




