第356話.新年パーティー
ついに王国歴538年の……1月1日になった。新年だ。
朝から王都内の所々で新年パーティーが開かれる。市民たちは三々五々集まって、教会に向かったり酒場に向かったりする。まだ戦乱のど真ん中だけど、今日だけは笑顔で過ごしたい……みんなそう思っているのだ。
中央広場では、子供たちが集まって雪合戦をしている。俺は宮殿の4階のバルコニーに立って、子供たちの雪合戦を眺めた。はしゃぎ声がここまで聞こえているようだ。
アイリンと黒猫も、あの子供たちと一緒に遊べたらな……と、俺は内心思った。まあ、戦乱が終わればそんな日も来るだろう。
やがて俺は1階に降りて、食堂に入った。食堂には側近たちが俺を待っていた。シェラ、シルヴィア、トム、猫姉妹、ハリス男爵、デイナ、ガビン……俺はみんなと一緒に朝食を楽しんだ。
食事の途中、ハリス男爵が「ゴホン」と咳払いをしてから口を開く。
「え……新年パーティー兼ロウェイン伯爵様のお誕生日パーティーは夕方からですが……この場を借りて、一言言わせて頂きたいと思います」
ハリス男爵は笑顔でみんなの顔を見渡す。
「今年も激しい戦いが我々を待っているでしょう。でもロウェイン伯爵様の指導の下、我々が力を合わせれば……どんな困難も乗り越えられると思います。だから……ジュースではありますが乾杯しましょう!」
ハリス男爵の提案に、俺は笑顔で頷いた。それでみんな自分のグラスを持ち上げる。
「ロウェイン伯爵様の勝利と栄光のために……そして皆さんの前進と健康のために! 乾杯!」
ハリス男爵の言葉に合わせて、みんな一緒に乾杯した。
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その日の正午、俺は中央広場に位置する警備隊本部に向かった。そしてそこに駐屯している2000人の新兵たちと時間を過ごした。
ついこの間まで貧民だった新兵たちは、警備隊本部で新年パーティーを楽しんでいた。パンとジュースの素朴なパーティーだけど……今まで『パーティー』という言葉とは無縁だった彼らは、笑顔で楽しんでいるのだ。
俺も部隊長たちと一緒に兵舎のテーブルに座って、素朴なパーティーを楽しんだ。おかしい話だが……俺には華麗な宮殿より、この無骨な兵舎の方が気楽だ。
「本当に……夢みたいです」
俺の隣に座っているジャックがふと呟いた。
「ついこないだまで、俺は……死ぬつもりでした。処刑された仲間の仇も取れないことに絶望して……命を捨てるつもりでした」
ジャックの話に、他の部隊帳たちは息を殺す。みんな同じ思いだったんだろう。
「それなのに……伯爵様が現れて、全てが変わりました。仲間たちに安息を与えることが出来たし……仇も取れました。そして今はこうしてパーティーを楽しんでいるだなんて……」
ジャックの声が震える。俺は笑顔で彼を見つめた。
「何だ、ジャック? 泣いているのか?」
「いいえ、泣いてなんかいませんよ」
そう言いながら、ジャックは涙を流していた。他の部隊長たちも……いつの間にかみんな泣いていた。
「伯爵様」
「ああ」
「本当に……感謝致します。この恩は……一生忘れません。改めて……忠誠を誓わせてください!」
「……ありがとう」
俺はゆっくりと頷いた。
「お前たちのその心が……俺に無尽蔵の力を与えてくれる。これからもお前たちの力を貸してもらうぞ」
「はい! 一生忠誠を誓います!」
ジャックと部隊長たちが頭を下げた。それでいい。
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夕方から、今日の本格的な仕事を始まった。つまり……新年パーティー兼俺の誕生日パーティーだ。
華麗な宮殿の前に、大勢の人々が集まってくる。全員高級な礼服を着ている貴族たちだ。彼らは馬車に乗って『白色の区画』からここまで来た。俺の誕生日を祝うために。
俺は大宴会場の上席に座って、パーティーが始まるまで待った。もちろん俺も礼服を着ている。王室裁断師が最高級のシルクで裁断した、俺用の礼服だ。
金色と黒色の礼服には、剣と盾が刺繍されている。ロウェイン伯爵家の紋章だ。
「その服、似合うね」
右隣の席に座っているシェラが言った。シェラは青色のドレスを着ている。風邪はもうすっかり治ったみたいで、健康な笑顔を見せている。
「この服、似合うかどうかは分からないが……動きやすくて助かる」
それが俺の素直な感想だ。俺にとって、服は動きやすいのが1番だ。
「今日はレッド様の威厳が増していらっしゃいますね」
左隣の席に座っているシルヴィアもそう言った。シルヴィアは白いドレスを着ている。
「シェラとシルヴィアも、いつもよりも美しい。俺も鼻が高いよ」
「あら、お世辞を仰っても何も出ません」
シルヴィアが笑顔を見せる。えくぼが可愛い。
それから俺たち3人は、どんどん集まってくる客たちと挨拶を交わした。男爵家の長男とその婚約者、伯爵家の老夫婦、公爵家の親戚などなど……1時間くらい、俺は挨拶の波に包まれた。
「ロウェイン伯爵様!」
ふと若い男の声が聞こえてきた。振り向くと、そこには使用人に背負われている男性がいた。
「エルデ伯爵……来てくれたのか」
「もちろんでございます!」
20代後半のエルデ伯爵は、まるで少年みたいな笑顔だ。彼は事故のせいで両足が使えないのに……ここまで来てくれたのだ。
「ロウェイン伯爵様のお誕生日、誠にお祝い申し上げます!」
「ありがとう」
俺はエルデ伯爵と握手を交わした。そして彼の隣に立っている貴族の女性を見つめた。エルデ伯爵夫人だ。
「お誕生日、誠にお祝い申し上げます」
エルデ伯爵夫人が優雅に挨拶した。彼女の笑顔は美しくもどこか切ない。まるで名画の中の貴婦人みたいに。
「2人とも、本当にありがとう。後でゆっくり話そう」
「はい!」
エルデ伯爵夫婦は大宴会場の真ん中に行って、他の客たちも挨拶を交わす。
そしてやっと今日の客が全員集まった時……俺は席から立ち上がって、ワインの入ったグラスを持ち上げた。すると客たちは息を殺して、俺に注目する。
「今日こうして集まってもらったこと、本当に感謝する」
俺の声が大宴会場に響き渡ると、客たちも各々のグラスを持ち上げる。
「では、王国の平和と発展のために……乾杯だ!」
俺の宣言に、数百人の貴族は一斉に乾杯する。それで本格的なパーティーが始まる。
大宴会場の中には多くのテーブルが並んでいて、テーブルに上には豪華な食べ物が置かれている。ケーキ、パイ、チョコレートはもちろん……チキンや豚肉の丸焼き、牛肉ステーキ、珍しい海産物まで……本当に豪華だ。流石国王の宮殿のパーティーといったところか。
客たちは豪華な食べ物を楽しみながら、三々五々集まって会話をしている。大宴会場の隅では王室楽団が美しい旋律を奏でて、みんなの心に安らぎを与えている。とても戦乱のど真ん中だとは思えない光景だ。
「あれは……」
ふと1人の少女の姿が視野に入ってきた。金色の華麗なドレスを着ている美少女……デイナだ。デイナの美貌は周りを圧倒している。
「ほぉ」
俺は思わず感心した。デイナの美貌のせいではない。彼女がもう貴族層の中心になり、彼らを導いて上手く会話をしているからだ。どうやらデイナに交渉役を任せて正解だったみたいだ。
「凄いね、デイナさん」
シェラが小さな声でそう言った。
「私は貴族たちとは距離感があるから、あまり話せないのにね」
「そうですね」
シルヴィアが頷いた。シルヴィアも一応貴族だけど、名ばかりだったのでこういう場には慣れないみたいだ。
「わはははは!」
今度は豪快な笑い声が聞こえてきた。ハリス男爵だ。彼はケーキを食べながら中年の貴婦人たちと話している。パーティーが本当に楽しいみたいだ。
「さて、俺もそろそろ動くか」
俺はシェラとシルヴィアに席を任せて、大宴会場の中を歩いた。そしてテーブルに座っている一組の男女に近づいた。
「エルデ伯爵」
「ロウェイン伯爵様」
俺を見て、エルデ伯爵が目を輝かせる。
「同席してもいいか?」
「もちろんです!」
俺はエルデ伯爵の隣に座った。エルデ伯爵夫人は例の美しい笑顔を浮かべている。
「今日来てくれて本当にありがとう。大変だったんだろう?」
「いいえ」
エルデ伯爵が笑顔でお首を横に振る。
「私には……妻がいますから」
「そうだな」
俺は頷いた。
それから俺たち3人は会話を楽しんだ。エルデ伯爵はいつも通り俺の『武勇伝』に興味を見せて、伯爵夫人は静かに男たちの話を聞く。
「ロウェイン伯爵様、質問したいことがあります」
「何だ?」
「その……有能な軍事指揮官に最も必要な資質は何なんでしょうか? 武勇? それとも知略?」
「最も必要な資質か……」
俺は少し考えてから口を開いた。
「俺の考えでは……『統率力』だ」
「統率力、ですか?」
「ああ」
俺はジュースを1口飲んで、話を続けた。
「戦場に立つ兵士は、常に恐怖にさらされる。死への恐怖、暴力への恐怖、仲間を失う恐怖……兵士はそれらの恐怖と常に向き合わなければならない」
「恐怖……」
「人間は恐怖に飲まれたら、簡単な判断すら出来なくなる。現に新兵の多くは……始めて戦場に立った時、自分の力の半分も出せない場合が多い」
俺の話を聞いて、エルデ伯爵は固唾を呑む。
「恐怖に怯えている兵士たちをまとめて、勝利を掴むためには統率力が必要だ。兵士たちに信頼を与えて、勝利を確信させて、力を出せるように導く統率力が必要なんだ」
「なるほど……」
「武勇は勇敢な騎士に任せることも出来る。知略は明晰な参謀に任せることも出来る。しかし統率力だけは他人に任せることが出来ない。指揮官自らが兵士たちに直接見せるべきだ」
「本当にそうですね」
エルデ伯爵は何度も頷いた。
「では、ロウェイン伯爵様の軍隊が常勝なのは……伯爵様の統率力が誰よりも優れているからなんですね」
「さあな」
俺は苦笑いしたが、エルデ伯爵は少年みたいな顔で質問を続ける。
「今まで戦った相手の中で、統率力が優れている指揮官は誰ですか?」
「今まで戦った相手の中で、か」
俺はしばらく考えてから答えた。
「1番統率力が優れていたのは、ホルト伯爵だ」
「ホルト伯爵……あのカダク地方の支配者のことですか?」
「ああ、彼だ」
俺は『獅子』ホルト伯爵との戦いを思い出した。
「ホルト伯爵は俺に負けた時も、部隊を制御して隊列を崩さずに退却した。あれは並大抵の指揮官には不可能なことだ。普通なら負けた時、兵士たちが四方八方に逃げて……被害が大きくなる」
「なるほど。では、ホルト伯爵の次は誰ですか?」
「ホルト伯爵の次は、コリント女公爵と……」
俺はエルデ伯爵夫人の方を見つめた。
「……アルデイラ公爵だ」
「あ……」
エルデ伯爵が慌てて、俺と自分の妻を交互に見つめる。アルデイラ公爵は……エルデ伯爵夫人の父親だ。
「し、失礼致しました」
エルデ伯爵が謝る。
「ロウェイン伯爵様に余計なことを質問してしまいました」
「いや、別にいいんだ」
俺は笑顔でジュースを飲んだ。
俺とエルデ伯爵は、話題を変えて会話を続けた。そして30分くらい後、体の弱いエルデ伯爵が疲れてしまう。
「申し訳ございません、ロウェイン伯爵様」
「いや、いいんだ。メイドに客室まで案内してもらって、少し休んでくれ」
「はい……お言葉に甘えさせて頂きます」
エルデ伯爵は使用人に背負わられて、大宴会場から出る。それでテーブルには俺とエルデ伯爵夫人だけになる。
「さて……話を始めようじゃないか、エルデ伯爵夫人」
俺がそう言うと、エルデ伯爵夫人は微かな笑顔で「はい」と答えた。




