第350話.冬の始まり
俺が王都の統治者になってから3週間が過ぎて、12月になった。本格的な冬が到来したのだ。
「……閑散だな」
俺は会議室の窓辺に立って外を眺めた。遠くに中央広場が見えるが……閑散としている。12月に入ってから気温が急激に下がり、市民たちが外出を控えて家で暖かく過ごしているからだ。
俺が挙兵した『南の都市』は比較的に温かくて、冬にも市民たちが野外パーティーを開いたりした。しかしこの王都では、冬に野外パーティーを開くなんて想像も出来ないことらしい。
「総大将」
小柄の少年が会議室に入ってきて、頭を下げる。俺の副官であるトムだ。
「カレンさんから定期報告が来ました」
「異常は?」
「ありません」
トムが誠実な顔で答えた。
「カルテアの周辺は静かで、敵の偵察隊も見当たらないらしいです。そして治安維持の方も順調だそうです」
「そうか」
俺は腕を組んだ。
今年の7月、俺は3000人の兵力を率いて王都地域に進出した。王都地域は俺の本拠地であるケント伯爵領から相当離れているから、補給の問題で3000人が限界だったのだ。
王都地域に到着した後、俺はウェンデル公爵から譲ってもらった『軍事要塞カルテア』を拠点とした。そして10月……アルデイラ公爵とコリント女公爵が2万7千の大軍を率いて、軍事要塞カルテアを攻撃してきた。この『カルテア要塞攻防戦』で、俺と俺の兵士たちは敵の大軍を完璧に撃破した。味方の被害は約300くらいだった。
その後、俺は兵力を分散して治安維持活動を行った。王都地域の秩序を安定させ、暴動を防ぐためだ。そして俺自身が王都の統治者になった今は……2000人をカレンに任せて、残りは王都に呼び入れた。
カレンは2000人を率いて、軍事要塞カルテアの防備とその周辺の治安維持を担当している。彼女は素晴らしい女戦士であり、優れた歩兵指揮官でもある。王都の北部は心配しなくてもいいだろう。
「トム」
「はっ」
「お前から見て、王都の冬はどうだ? 軍事訓練を行うのは難しいそうか?」
「はい」
トムが頷いた。
「南の都市に比べて、かなり気温が低いと思います。真冬になるともっと寒くなるでしょう。簡単な規律訓練ならまだしも、本格的な軍事訓練は難しいかと」
「やっぱりそうか」
俺は顎に手を当てた。
俺自身は寒さに強い方だから問題無い。でも王都の真冬に兵士たちを訓練させたら、病人が続出する恐れがある。それでは訓練する意味が無いというか……逆効果だ。2000人に至る新兵の訓練は……温かくなってから再開するべきだ。
「しばらく軍事訓練は中止する。ガビンにそう伝えておけ」
「はっ」
「……お前自身はどうだ?」
俺はトムの顔を見つめた。
「温かい南の都市出身として、王都の冬は厳しくないか?」
「まだ大丈夫です!」
トムが笑顔を見せる。
「これからもっと寒くなるはずですが、気合で耐えてみせます!」
「あまり無理するなよ」
「はい!」
「下がってよし」
トムは深く頭を下げてから、会議室を出た。俺はテーブルに座ってしばらく1人で書類仕事を進めた。壁付暖炉のおかげで温かい。
「レッド様」
約1時間くらい後、小柄な女の子が会議室に入ってきた。俺のもう1人の婚約者であるシルヴィアだ。まるで小動物みたいに可愛い彼女だが……実は並大抵の兵士よりも肝が据わっていて、非常に明晰だ。今は我が軍の会計士を務めている。
シルヴィアは俺に近づいて、数枚の報告書を丁寧に渡してくれた。報告書には『国際白金銀行との取引の完了』と書かれていた。
「横領された予算の回収の手続きが完了致しました」
「そうか。じゃ、今日からあのお金を使えるのか?」
「はい、 今日から使用出来ます。しかし……」
シルヴィアが真面目な顔で説明を続ける。
「現金が王都に届いたわけではなく、海外にある白金銀行の支部で保管されていますから……お金の使用も白金銀行を通じてのみ可能です」
「勝手に人のお金を保管しやがって……」
俺は苦笑した。
王都財務官と法務官は、莫大な予算を横領して海外に隠匿していた。俺はあの2人を処刑して、横領された予算の回収を命令した。そしてやっと今日その手続きが終わったわけだが……お金が実際に俺の手元に入ったわけではない。海外の白金銀行の支部が『俺の代わりに』お金を保管している。
「こんな戦乱の中じゃ、莫大なお金を輸送するのは出来ないから仕方無いけど……何か気に入らないな」
「はい」
シルヴィアが笑顔を見せた。
「ですが、これでしばらく借金の返済を心配することは無くなりました」
「あくまでも『しばらく』だろう? 借金の返済を完了出来るわけではない」
「はい」
シルヴィアがゆっくりと頷いた。
王都の行政の中心である王都行政部は、白金銀行から莫大な借金をしている。俺の前任者たちのおかげだ。
「約束通り、白金銀行の支部長が利息を免除にしてくれました。このまま順調に行けば……2、3年後には借金の返済を完了出来ると存じます」
「2,3年か……」
俺は手で自分の顔を覆った。
「前国王の幽霊でも現れたら、1発殴ってやりたい気持ちだ」
「あら、それは怖いですね」
シルヴィアが必死に笑いを堪える。
その時、トムが急ぎ足で会議室に入ってきた。
「どうした、トム? 何か起きたのか?」
「はい!」
トムが頭を下げて、報告を上げる。
「ウェンデル公爵の使者が到着しました」
「もう来たのか」
俺は軽く頷いた。
王都の統治者になった後、俺はウェンデル公爵の方に支援を要請した。たぶん使者がその答えを持ってきたんだろう。
「分かった。使者をここに連れてこい」
「はっ!」
トムは素早く会議室を出ていった。そしてしばらく後、使者を連れてきた。
「あんたは……」
使者の姿を見た瞬間、俺は少し驚いた。ウェンデル公爵の使者だと聞いたから、当然女騎士のドロシーだと思っていた。しかし現れたのは……白髪の巨漢だ。
「あんたは確か……ウェンデル公爵の護衛の……」
「『ハーヴィー・ダビロ』と申します。お久しぶりでございます、ロウェイン伯爵様」
白髪の巨漢、ハーヴィーが丁寧に頭を下げた。
そう、俺はこの初老の騎士と面識がある。俺がウェンデル公爵と会談を行った時、ハーヴィーは公爵の護衛の1人だった。そして俺とハーヴィーは一緒に敵の騎兵隊を蹴散らした。あの時のハーヴィーの武勇は……素晴らしかった。たぶん俺が今まで見てきた騎士の中で1番強い。
「今日は我が主君、ウェンデル公爵様の後継者であるオフィーリア・ウェンデルお嬢様のご意向を伝えるために参りました」
ハーヴィーが事務的な口調で言った。
「オフィーリアお嬢様は……ロウェイン伯爵様の支援要請に対して、来月中に支援金と食糧をお送りするとおっしゃいました」
「そうか」
俺は頷いた。ウェンデル公爵家の方もあまり余裕が無いだろうに、俺への支援を約束してくれたのだ。ありがたい話だ。
「深く感謝していると、オフィーリアに伝えてくれ」
「かしこまりました」
ハーヴィーがもう1度頭を深く下げる。それで彼の使者としての仕事は終わったが……ハーヴィーは立ち去ることなく、俺を直視する。
「……どうした? 俺に用でもあるのか?」
「はい」
その瞬間、ハーヴィーの雰囲気が変わる。まるで戦場でいるように、彼の全身から凄まじい気迫が発せられる。
「……わしはダビロ家の騎士、ハーヴィー・ダビロである!」
いきなりハーヴィーが大声で叫んだ。
「武の道を進む者として、最強の武人と名高いレッド・ロウェイン伯爵に決闘を申し込む!」
ハーヴィーの急な決闘申請に、シルヴィアとトムが驚愕する。しかし俺は……内心笑った。




