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第348話.立場と義務

 シェラたちが王都に来てくれたおかげで、もう俺が1人で数人分の仕事をやる必要は無くなった。王都行政部の総指揮と法務部の報告書の確認、そして新兵たちの訓練だけやればいい。前に比べると大分楽になったわけだ。


 俺はしばらく新兵の訓練に専念することにした。もうすぐ冬がきたら、本格的な軍事訓練が難しくなるからだ。その前に2000人の新兵を立派な兵士として鍛え上げるべきだ。


 11月23日……王都の気温がどんどん下がる中、俺は警備隊本部の訓練場で大規模の軍事訓練を行った。


「第2剣兵隊、突撃」


「伯爵様からのご命令だ! 突撃せよ!」


 2000人が俺の命令に従って、隊列を組んだり突撃したり退却したりした。普段から戦場での動きを練習し、兵士としての規律を高めてこそ……強い軍隊が出来上がる。


 約3時間後、今日の訓練が終わった。俺は兵士たちを解散させてからジャックを呼び出した。


「ジャック、兵士たちの普段の生活はどうだ?」


「みんな満足しています、伯爵様」


 訓練の直後だから、ジャックは汗と砂埃にまみれている。しかしそれでも彼の顔は明るい。


「ちゃんとした食事が出来るし、酷使されることも無いし……それに、冬の寒さを心配する必要もありませんから」


「そうか」


 俺は頷いた。


 冬の寒さは、貧民たちには特に危険だ。俺も底辺の貧民だったから分かる。まともな住処が無いから寒さに苦しめられて病にかかり、春が来る前に死んでしまう……そんなことは、貧民街では日常茶飯事だった。


「警備隊とは上手くやっているか?」


「それが……まあまあといったところです」


 ジャックは真顔になって、視線を落とす。


「俺は……昔から警備隊が嫌いでした。俺たち貧民には高圧的なのに、お金持ちや貴族が犯罪を犯した時は何も出来ない卑怯なやつらだと。でも……」


 ジャックは軽くため息をついた後、話を続ける。


「ここで警備隊の人々と話してみたら……何か、そこまで悪いやつらではない気がします」


「立場の違いってものさ」


 俺は淡々と話した。


「もちろんこの世には、どうしようもないクズ野郎もいる。でも大半の争いは……立場の違いから生まれる。警備隊も上層部から命令されたからこそ、お前らを危険視したのさ」


「そうですかね……」


 ジャックは少し考えてから口を開く。


「ということは……その上層部が変わったから、つまり伯爵様が王都の統治者になられたから警備隊も変わったんですね」


「そういう見解もあるかもな」


「なるほど……」


 ジャックが姿勢を正して俺を見つめる。


「伯爵様、お願いがあります! どうか……ずっと王都の統治者でいてください! 俺たちのような者まで考えてくださるのは、伯爵様しかいません!」


「……心配するな」


 俺は微かに笑った。


「せっかく手に入れた王都を、公爵たちに譲るほどお人好しではないさ。たとえ数多の大軍が攻めてきても……全部叩き潰してやるだけだ」


「はい!」


 ジャックが深々と頭を下げた。


---


 ジャックと別れた俺は、警備隊本部の執務室に入った。そして警備隊隊長のガビンから報告を受けた。


「アルデイラ公爵とコリント女公爵の方は……未だに動きが無いのか」


「はい」


 ガビンが直立不動で答えた。


「偵察隊の話によると、両軍とも本拠地の防備を固めたまま動いていません。遠征の準備をしているような様子も無いらしいです」


「そうか」


 俺は顎に手を当てて考えてみた。


 この王国の頂点である3公爵は、各々の軍隊を率いて王都を囲んでいる。北のウェンデル公爵は俺の同盟だし、信頼出来る相手だから問題無いけど……西南のアルデイラ公爵と、東南のコリント女公爵はまだ覇権争いを諦めていない。


 俺が王都の統治者になったことは、あの2人ももう知っているはずだ。しかし連中は先月の戦闘で俺の力を存分に味わった。特にアルデイラ公爵の方は兵力の半数近くを失ったから……動けないだろう。傭兵を雇って戦力を補うかもしれないが、それでも時間がかかる。


 そしてもうすぐ冬が来る。こんな時期に兵力を動かすのは得策ではない。無理して王都を攻めようとしても……王都は巨大な『守護の壁』によって守られているし、『赤い化け物』が守備軍の指揮を執っている。やつらに勝算は無い。


「ま、俺としては攻めてきてくれた方がありがたいけどな」


 俺はニヤリとした。


「攻めて来ないならそれでいい。こちらも体制を整えるための時間が必要だからな」


「はい」


「俺はもう少し報告書を読んでから宮殿に戻る。下がってよし」


 俺がそう言ったが、ガビンは直立不動のままだ。


「……どうした、ガビン? 何か言いたいことでもあるのか?」


「それが……」


 ガビンの顔が暗くなる。


「伯爵様……お願い致したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「お願い?」


「はい……自分の辞任を許可してくださいませんか」


「辞任だと?」


 俺はガビンの顔を凝視した。


「本当に辞任したいなら、止めはしないさ。でもその前に……理由を聞かせてもらおうか」


「それは……」


 ガビンが重々しく口を開く。


「自分はここ数年間、処刑された財務官と法務官の命令を履行してきました。つまりあの2人の罪は私にも責任があります。それに……」


 ガビンが苦痛の顔を見せる。


「どんな形であれ、自分は上司を裏切りました。兵士としての資格がありません」


「あれは裏切りではないと思うけどな。上司の方が先に逃げようとしたし」


 俺はニヤリと笑ってから、ガビンの顔を直視した。


「悪いけど、辞任は却下だ」


「そうですか……」


「あんたは有能で誠実な人材だ。俺にはあんたの力が必要だ。それに……逃げることは許さない」


 俺とガビンの視線が交差した。


「本当に責任を感じているのなら、本当に自分の行いを後悔しているのなら……逃げたりせずに、今出来ることをやってくれ。自分の義務を全うしてくれ」


「伯爵様……」


「義務を全うした後、それでも辞任したいと言うのなら……許可してやる」


「……感謝致します」


 ガビンが頭を下げた。彼の瞳は涙で潤んでいた。

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