第341話.後もう少しだ
11月14日の朝……俺は宮殿を出て、馬車で中央広場に移動した。
中央広場には多くの市民が並び立って、俺の乗った馬車を眺める。市民たちも知っているのだ。今日が財務官と法務官の裁判日ということを。
馬車は中央広場の東に行き、四角の大きな建物の前で止まった。この殺風景な建物が王都の裁判所だ。何千何万の被告人がここで裁判を受けた。
俺は馬車から降りて、市民たちの視線を浴びながら裁判所に入った。
「伯爵様」
裁判所に入ると、1人の男が俺を迎えてくれた。警備隊隊長であるガビンだ。
「第1法廷までご案内致します」
「ありがとう」
俺はガビンと一緒に広い廊下を歩いて、裁判所の北に向かった。そこには大きな扉があり、扉の上の看板には『第1法廷』と書かれていた。
俺とガビンが近づくと、警備隊の兵士たちが扉を開く。それで俺は第1法廷に入った。
「ロウェイン伯爵様のご入場です!」
兵士が大きく叫ぶと、法廷に集まっていた人々が一斉に椅子から立ち上がる。俺は法廷の奥まで行って、裁判長の机に座った。
「皆の者、着席せよ」
俺が言うと、法定内の人々が再び椅子に座る。
俺は法定内を見渡した。円形の広い法廷の中には、数百を超える人々がいる。みんな今日の裁判を傍聴するために集まっているのだ。その中にはエルデ伯爵夫人や、農民の代表のジョナスもいる。
「これより財務官フィンリーと法務官アロンの裁判を開廷する」
俺が宣言すると……兵士たちが財務官と法務官を連行してきて、法廷の真ん中に立たせる。
「2人の罪状は職権濫用と予算横領だ。警備隊隊長、詳細を説明せよ」
「はっ」
ガビンが原告席から立ち上がって、手に持っていた文書を読み始める。
「法務官アロンは、今年の10月30日に行われた『貧民たちの反逆行為』に対する裁判において……貧民たちに不利な証言を強要し、証拠を捏造しました。これは自分自身の職権を利用して王国法を任意に解釈し、国王固有の権限を侵害した行為に値します」
ガビンは深呼吸してから、次の文書を読み始める。
「財務官フィンリーは、財務官として任命された10年前から王都行政部の予算を横領してきました。その総額は王都全体の1年分の予算に相当します」
その説明に、多くの傍聴人たちが目を見開く。流石にあんな大金を横領していたとは思っていなかったんだろう。
俺はゆっくりと頷いてから口を開いた。
「王国法第1条3項、王国法の解釈は国王固有の権限である。そして王国法第1条11項、国王は王都の予算を任意に編成する権利がある」
俺は財務官と法務官を見つめた。
「つまり2人の被告人は、官吏でありながら国王固有の権限を2つも侵害した。これは明らかに反逆行為に値する」
財務官と法務官の顔から血の気が引く。
「王国法第12条1項……反逆行為を犯した場合、たとえ貴族であっても身柄を拘束し処刑することが出来る」
俺の声が法廷内に響き渡り、傍聴人たちは息を殺す。
「国王代理のウェンデル公爵から王都の統治を任された立場として、俺には被告人たちの罪を裁く権利と義務がある」
俺はちらっと弁護席を見た。しかしそこには誰もいない。
「本来、被告人が貴族の場合……弁護人を雇う権利がある。しかし現在、誰も被告人たちを弁護しようとしない。よって、被告人たちは自分自身で弁護するしかない」
俺はニヤリとした。
「さ、財務官と法務官……言いたいことがあるなら言ってくれ」
それから財務官と法務官は必死になって言い訳を並べた。しかし言い訳をすればするほど……自滅するだけだ。何しろ彼らの罪を証明する証言と証拠が確保されているのだ。
「もういい」
約1時間くらい後、俺は裁判を終わらせることにした。
「2人の被告人の罪には、議論の余地など無い。よって判決を下す」
人々の視線が俺に集まる。
「今週の週末に、中央広場で公開処刑を行う。以上」
俺の宣言に財務官と法務官はもちろん、傍聴人たちも驚愕する。貴族をここまで簡単に処刑するなんて、誰も予想できなかったはずだ。
「ろ、ロウェイン伯爵様! 待ってください!」
財務官と法務官が騒ぎ立てたが、兵士たちが彼らを連行して法廷から出る。
「では、これにて閉廷する」
俺も法廷を出て、裁判所の正門に向かった。裁判所の外には、相変わらず大勢の人々が集まっていた。
「ロウェイン伯爵様万歳!」
俺が馬車に乗ろうとした時、人混みの中から誰かが叫んだ。それをきっかけに、多くの人々が叫び始める。
「万歳! 万歳!」
「ロウェイン伯爵様万歳!」
叫んでいるのは、主に若者たちだった。俺はニヤリと笑ってから、馬車に乗って宮殿に帰還した。
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裁判は終わったけど、今日の仕事はこれからだ。俺は宮殿の会議室で書類の山と戦い始めた。
「ふう……」
後もう少しで税金の流れを完全に把握できる。俺は根気よく報告書を読み続けた。
そして1時間くらい後、白猫が会議室に入ってきた。
「また書類と戦っているわけ?」
白猫は笑顔で近づいてきて、テーブルに腰掛ける。
「ちょっと街を見回ってきたわ。みんなレッド君の噂をしている」
「そうか」
「どんな噂か、気にならない?」
「へっ」
俺は書類を読みながら笑った。
「怖いとか恐ろしいとか、そういう噂だろう?」
「そういう噂もあるけど、意外といい噂もあるわよ。特に若者たちの間ではね」
「そうか」
「でも……」
白猫の声がいたずらっぽくなる。
「名声が上がるに連れて、悪名も上がっているわ。貴族をあっさり処刑するなんて、前例が無いから」
「結構だ」
俺は無表情で答えた。
「俺の悪名が上がれば上がるほど……官吏も貴族も、俺が怖くて勝手な真似が出来なくなる。それで十分だ」
「なるほどね」
「それに……これは意思表明でもある」
俺は微かに笑った。
「俺に逆らう者は、たとえ貴族だろうが貧民だろうが関係無く潰す。これは単なる威嚇ではないってことを……行動で証明するのさ」
「あらら」
白猫も笑った。
「時々思うんだけど、レッド君って敵からすれば本当に怖い存在だよね」
「だろうな」
「本当はクリームパンが好きで、人前で歌う時は恥ずかしがり屋で、恋人たちを怖がっている純粋な若者なのにね」
「うるさい」
その時、もう1人の女性が会議室に入ってきた。目立つ美人ではないけど、どこか母性を感じさせるその人は……もちろん鳩さんだ。
「頭領様」
「どうした、鳩さん?」
「ついさっき、頭領様宛に大量の手紙が届きました」
鳩さんは何十通の手紙を持っていた。俺は首を傾げた。
「一体誰からの手紙だ?」
「王都の貴族たちからの手紙です。どうやら……頭領様の統治に賛辞の言葉を送ってきた模様です」
「どれ……」
俺は数通の手紙を読んでみた。どれも『ロウェイン伯爵様のご手腕に感銘を受けております。今後のご活動を応援致します』みたいな内容だった。
「なるほど」
俺はニヤリと笑った。
「エルデ伯爵夫人が貴族層を動かして、俺を支持するように仕向けたようだな」
「つまり、もう貴族層もレッド君には逆らわないということ?」
「表面的にはな」
俺は手紙をテーブルの上に置いた。
「別に俺に忠誠を誓ったわけではない。しかし、少なくとも戦乱が終わるまでは俺を支持するだろう」
「じゃ、残りは……」
「『王都アカデミー』と『女神教の教会』だ」
俺は腕を組んだ。
「ウェンデル公爵は俺にこう言った。『王国を手に入れるためには、貴族と軍隊と民の支持が必要だ』と。そして俺は王都の貴族と軍隊と民の支持を得た。しかしこの3つの集団とは異なる存在が……学者の集まりである『王都アカデミー』と宗教人の集まりである『女神教の教会』だ」
「あの人たちって、まだ何の意見も表明していないよね」
「様子見なんだろう。俺がどういう人間なのか分からないだろうからな」
「じゃ、どうする? やっぱりレッド君が直接動く?」
「もちろんだ。これが王都制圧の最後の課題だ。週末になる前にアカデミーと教会を訪問して、彼らの支持を得る」
俺は白猫と鳩さんを見つめた。
「2人共、だいぶ疲れているだろうけど……後もう少しだ。手を貸してくれ」
白猫と鳩さんが笑顔で頷いた。これでいい。




