第34話.夏が近づいたか
俺は組織員たちと共に格闘場に来た。ジョージとリックの試合を観覧するためだ。
「やっちまえ!」
「もっと殴れ! 殴れ!」
フードで顔を隠したまま、観客たちの中に立って試合を見つめた。観客の立場から見る試合場は何か新鮮だった。
「はあっ!」
試合場の中にはジョージが相手を殴っていた。ジョージは俺とほぼ同級の体格を誇る巨漢だ。技は少し足りないけど、長い攻撃範囲を活かした戦いは悪くない。相手はジョージに接近すらできないまま殴られていた。
「ジョージ様の勝ちです!」
やがて相手が倒れ、ジョージの勝利が宣言された。観客たちが歓声を上げ、俺と組織員たちも拍手した。
それから他の選手たちの試合が2回続いて、3回目がリックの試合だった。
「おい、リック! 頑張れ!」
ジョージも合流してリックを応援した。試合の直後なのに元気なやつだ。
「うっ……!」
リックは苦戦した。相手が強いのもあるけど、やっぱりまだ破壊力が足りない。もっと筋肉をつけるべきだ。
「はあ……はあ……」
でもリックは諦めなく、荒い息をしながら拳を振るい続けた。組織員の中では比較的に小柄なリックだけど……根性だけは誰にも負けない。
「うおおおお……!」
相手がリックの気迫に怯んだ瞬間、リックは大きく進んで拳を振るった。その渾身の一撃が見事に相手の顎を強打する。
「……リック様の勝ちです!」
「おおおお!」
「よくやったぞ!」
リックの壮絶な勝利に人々が熱狂した。楽勝もいいけど、やっぱり人々の心に響くのは苦戦の上での勝利だ。本人も嬉しいだろう。
俺たちは今日の主役であるジョージとリックを祝うために、本拠地でパーティーを開いた。小さくて素朴なパーティー……だが組織員たちはみんな楽しんでいた。
やがて彼らは歌を歌い始めた。みんななかなかだが、特にエイブはびっくりするほど歌が上手い。
「さあ、ボスも歌ってください!」
「お、俺?」
俺は内心慌てた。生まれてから今まで、人の前で歌ったことなどない。
「さあ、早く!」
「……分かった」
覚悟を決めて席から立ち、文字を勉強していた頃覚えた歌を歌った。戦場に出ている兵士が、故郷の恋人を懐かしがる歌だ。
俺の歌はお世辞にも上手いとは言えない。でも一応歌ったからいいだろう。
「流石ボスです!」
「……ありがとう」
組織員たちが拍手してくれた。俺は自分の顔が元々赤いことに感謝しながら席に座った。
俺たちは夜通し一緒に話し合って、一緒に笑って、一緒に眠りについた。
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翌日の朝、みんなで本拠地の掃除をしていたら誰かが扉をノックしてきた。近くにいた俺が扉を開くと、そこには小柄の少年が立っていた。
「来たか、トム」
「おはようございます、レッドさん!」
俺はトムを連れて、早速組織員たちに紹介した。
「みんな何度か見かけたことがあると思うが、こいつはロベルトの組織のトムだ。今日からここで少し鍛錬させてやることにした」
「よ、よろしくお願いいたします!」
トムが上気した顔で挨拶した。そんなトムをみんな笑顔で迎えてくれた。
俺はまずトムを走らせて、体力を試してみた。予想通り高くはなかったが、トムは諦めずに走り続けた。教え甲斐がありそうだ。そう考えながら午前中ずっとトムを鍛錬させた。
午後になり、俺はトムのことをレイモンに任せて本拠地を出た。そして郊外の大きな屋敷に向かった。
「レッド!」
短い茶髪の少女、シェラが明るい顔で俺を迎えてくれた。俺に対して笑顔を見せてくれる女の子は、アイリンを除けばシェラだけだ。
「ねえ、一つ聞いてもいい?」
「何だ」
「あんたが一人で100人を倒したって噂……本当なの?」
好奇な目をしているシェラに向かって、俺は首を横に振った。
「あれは誇張された噂だ。あの戦いで倒された敵は全部で60か70くらい、その中で俺が直接倒したのは40くらいだ。残りは仲間たちが倒した」
「40って……」
シェラが呆れたように笑う。
「あんたって本当に化け物なのね。あ、これは褒め言葉だからね?」
「どうでもいい」
俺は苦笑して授業を始めた。前回と同じく関節技の授業だ。
「暑い……」
30分くらい後、強い日差しの中でシェラは汗をかいた。
「あ、ごめん……もしかして私臭い?」
「いいんだ。一々気にするな」
「そうかな……」
シェラは頬を赤く染めた。
そう言えば……いつの間にか夏が近づいてきた。街の外の風景が緑に染まり、人々の服装が短くなっている。
この夏、俺はとても忙しくなりそうだ。組織員たち、シェラ、トム……みんなを鍛錬させなければならないのだ。
でもみんなにも俺にも、きっと有益な夏になるだろう。俺はそう確信した。




