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第337話.要注意人物か

 俺は白猫と一緒に会議室に戻って、書類を整理した。


「想定よりも上手くいったわね、尋問会」


 書類を片付けながら、白猫が言った。


「レッド君の言った通り、財務官と法務官が無能で本当に助かったわ」


「まあな」


 書類を片手に取って、俺は軽く頷いた。


「正確に言えば、あの2人は油断していたんだ」


「油断?」


「ああ」


 俺は無表情で説明を始めた。


「先月、俺が公爵たちを撃破した時点で……財務官と法務官は俺に助けを求めるべきだった。『王都行政部が破産する寸前です。どうか助けてください、ロウェイン伯爵様』とな」


「なるほど……」


「そして貧民たちを処刑したりせずに、横領したお金をこっそり戻して置いたら……俺に罰せられることもなかったはずだ」


 俺は微かに笑った。


「でもあの2人はそうしなかった。たぶんこう思っていたはずだ。『レッドというやつが気になるけど、今までの通りでいいだろう。来年の春が来れば、この王国とはおさらばだ』と」


「油断していたからあっさりやられたんだね」


「年月が彼らを油断させたのさ」


 俺は無表情に戻った。


「財務官と法務官は、数十年前から王都の頂点に立っていた。それで徐々に油断するようになった。『周りの誰もが私たちを尊敬している。つまり私たちは誰よりも有能だ』と。そんな油断をしていたら、いくら有能な人間でも一瞬で無能になるのさ」


「確かにね。じゃ、レッド君はどうかしら?」


 白猫がいたずらっぽく笑う。


「数十年後には、レッド君も油断するようになるんじゃない? 『俺は強い。誰も俺には勝てない』とね」


 白猫が俺の声を真似してきて、俺は笑ってしまった。


「どうしてみんな俺の声を真似するんだ?」


「そりゃレッド君の声が素敵だからでしょう?」


「……は?」


 俺が目を丸くすると、白猫がニヤリとする。


「知らなかったの? シェラちゃんやシルヴィアちゃんも、レッド君の声に惚れているわよ」


「まさか……」


「まさかも何も、それが事実よ。お姉さんの言うことを疑うわけ?」


「……まあ、そういうことにしておこう」


 正直俺は半信半疑したが、話題を戻すことにした。


「とにかく、俺も人間だから気を抜けば油断するだろう。だからそうならないように頑張るつもりだ。それが……俺の師匠の教えだ」


「レッド君の師匠……赤鼠か」


「俺にとっては『鼠の爺』だ」


 そう答えた瞬間、俺はとても懐かしい気持ちがした。


---


 午後3時……俺は会議室でメイド長と相談した。


 この宮殿のメイド長は、長身の中年女性だ。彼女は前国王を含めて、3人の王に仕えた人だそうだ。この宮殿のことなら誰よりも知っているだろう。


「……つまり前国王の遺族は、もう誰もこの宮殿には住んでいないのか?」


「はい、そうでございます」


 メイド長が落ち着いた声で答えた。


「遺族の方々は、3年前から1人また1人と宮殿を出て……出身地にお戻りになりました。もちろんご子息も共に」


「ふむ」


 俺は顎に手を当てて考えてみた。


 前国王のパトリック・キネは、国王に就任してから国政を完璧に放置してきた。自分の子息に権力を移譲するための下準備すらしなかった。おかげで彼の遺族は、実質的な権力を何も持っていなかったらしい。


 権力の無い遺族たちは、公爵たちの抗争に巻き込まれることを恐れて……密かに王都から逃げたみたいだ。それは理解できるけど……。


「ずいぶんとあっさり宮殿を出ていったな。普通なら事件の1つや2つは起こるはずなのに」


 いくら権力が無いとはいえ、前国王の遺族だ。誰か1人くらいは『この宮殿は私のものだ! 公爵たちなんか怖くない!』と騒ぎ立ててもおかしくないだろうに。


「それは……エルデ伯爵夫人のおかげです」


 メイド長が無表情で言った。


「前国王陛下が逝去なさった時、この宮殿も混乱に陥りました。あの時、貴族の方々をまとめて混乱を収拾してくれたのが……エルデ伯爵夫人です」


「あの人か……」


 俺は尋問会で見たエルデ伯爵夫人の姿を思い浮かべた。20代後半の、妖艶な美人だったが……彼女の瞳には強い意志が宿っていた。


「エルデ伯爵夫人は遺族の方々に進言して、宮殿から静かに出られるように手配してくれました。おかげで騒ぎが起こることも無く、私たち使用人も仕事を続けることが出来ました」


「なるほど」


 俺は頷いた。


「俺も別にメイドたちの仕事にどうこう言うつもりはない。宮殿の管理も完璧にやっているみたいだしな。だから今までの通りで構わないけど……何かあったら、必ず俺やハリス男爵に知らせてくれ」


「かしこまりました」


 メイド長は深々と頭を下げた後、会議室を出た。


 この宮殿の衛兵や使用人たちの中には、俺の統治に反感を持っている者もいるだろう。しかしそれは時間が解決してくれるはずだ。人々が変化を受け入れるためには時間が必要だ。


 俺は衛兵に指示して、白猫を呼び出した。すると5分くらい後、白猫が鳩さんと一緒に会議室に入ってきた。


「鳩さん、大丈夫か? 今日1日は休んでもいい」


「ありがとうございます。でももう大丈夫です」


 鳩さんが笑顔を見せた。俺は「そうか」と頷いた。


「まあ、俺としては鳩さんがいてくれれば助かる」


「はい。どのようなご要件でしょうか、頭領様?」


「実は……エルデ伯爵夫人に関する情報が欲しいんだ」


 俺がそう言うと、白猫が頷く。


「エルデ伯爵夫人って、さっき尋問会に参加した人だよね」


「ああ」


「あの人……他の人とは雰囲気が違かった」


 白猫の目つきが鋭くなる。


「他の人は、財務官と法務官の罪を聞いて驚いたりしたのに……あの人だけは動じなかった。まるで最初から全部知っているようだったわ」


「そうだな」


 尋問会が行われている途中、エルデ伯爵夫人は1度も妖艶な笑顔を崩さなかった。まるで名画の中の貴婦人を見ているようだった。


「鳩さん、エルデ伯爵夫人について何か知っているか?」


「はい、彼女は王都の社交界の中心的な人物です」


 鳩さんが静かな声で説明を始める。


「彼女の夫のエルデ伯爵は、いわゆる『没落貴族』の1人ですが……前国王とは旧友の仲だったそうです」


「ほぉ、王と友達だったのか」


「はい。それで前国王が就任した時、エルデ伯爵は王都のあらゆる行事を執り行う役割を任されました」


 友達が王になったおかげで、少し出世することになったわけか。


「そして8年前、エルデ伯爵はアルデイラ公爵の長女と結婚することになりました。それが……現在のエルデ伯爵夫人です」


 その説明に、白猫が目を見開く。


「アルデイラ公爵って……レッド君の敵でしょう?」


「まあな」


 俺はニヤリと笑った。


「アルデイラ公爵には20代後半の長女がいて、王都の貴族と結婚したのは知っていた。しかしそれがさっきのあの女性だったとは……俺も知らなかったな」


 俺は鳩さんの方を見つめた。


「鳩さん、エルデ伯爵夫人は夫の代わりに活動していると聞いたけど」


「はい」


 鳩さんが頷いた。


「5年前、エルデ伯爵は馬車の事故によって……半身不随になりました。あの時から、エルデ伯爵夫人は夫に代わって活動しています。今になっては、彼女が王都の貴族層をまとめています」


「今日の尋問会にも、貴族層の代表として参加したからな」


 俺はしばらく考えてから、白猫と鳩さんを見つめた。


「2人に任務を任せたい」


「あのエルデ伯爵夫人に関する情報を集めてくれ、でしょう?」


 白猫が笑顔で言った。俺も笑顔で頷いた。


「最近の彼女の動向について知りたいんだ。特に……父親のアルデイラ公爵と連絡を取り合っているのか、その点が知りたい」


「分かったわ」


「分かりました」


 白猫と鳩さんは俺に挨拶して、会議室を出た。あの2人は暗殺と諜報の専門家だ。ある程度の情報は掴んでくるだろう。


 それからしばらく、俺は1人で書類仕事をした。王都の財務官と法務官を拘束した以上、あの2人の仕事も俺がやらなければならない。


「……流石に俺1人で全部やるのは大変だな」


 各界の人々との交渉、王都行政部と財務部と法務部の仕事、そして新しく雇用した兵士たちの訓練……これでは24時間も足りない。


 まあ、しばらくの辛抱だ……と思いながら、俺は少しずつ仕事を進めた。


「伯爵様」


 そして数時間後……1人の衛兵が会議室に入ってきて、俺に手紙を渡した。


「これは……」


 手紙には『レッド・ロウェイン伯爵様を明日のお食事会へご招待したく存じます』と書かれていた。手紙の差出人は……エルデ伯爵夫人だ。

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