第333話.1つずつ解決していこう
俺は少し考えてから、まず白猫の方を見つめた。
「白猫」
「うん」
「これからハリス男爵と協力して、この宮殿の内部を調査してくれ」
「この宮殿を?」
「ああ」
俺は頷いた。
「怪しい場所があるか、または怪しい人物がいるか……細かく調査するんだ。ただし人々が驚かないように、隠密にな」
「分かったわ。たぶん1番怪しい人物は私のはずだけどね」
白猫は片目をパチッと瞑ってから、会議室を出る。
広大な宮殿の内部を、隠密に調査することは決して易しくないはずだ。でも白猫なら問題無いだろう。ハリス男爵も領主として30年も働いてきた人だし、信頼できる。
俺は鳩さんの方を振り向いた。
「鳩さん」
「はい」
「この宮殿にも資料室があるはずだ。そこで過去3年間の財務報告書をまとめてくれ」
「税金の流れを把握するおつもり……ですね?」
「そうだ」
俺は顎に手を当てた。
「支配者になったばかりだから、俺はまだこの王都について詳しくない。まずは税金の流れと財政状態を把握しておく必要がある。来年の税率を調整するためにも 」
「分かりました。収入と支出に関する報告書をまとめておきます」
鳩さんも会議室を出た。
「さて……俺も行くか」
俺は会議室を出て、階段を降りた。そして宮殿の玄関に向かうと、衛兵たちが頭を下げてから扉を開ける。
「伯爵様」
俺がそのまま宮殿を出ようとした時……8人の衛兵が現れて、俺に駆けつけてきた。
「自分たちがお供致します」
「護衛か……分かった」
俺は内心苦笑した。俺がこの宮殿の主になった以上、衛兵たちには俺を護衛する義務があるのだ。俺としては、一々護衛を連れていくのは面倒くさいけど……仕方ない。
結局8人の衛兵を連れて、俺は宮殿を出た。そして街を歩いて南に向かった。
「お、おい! あれを見ろ……!」
「本当だ! 本当に赤い化け……」
「しっ、言うな!」
街の通行人たちが俺を見て驚く。まだ今日の衝撃から抜けられていないみたいだ。
やがて防壁に囲まれた、立派な軍事要塞に辿り着いた。王都警備隊の本部だ。その内部に入ると、警備隊の士官や兵士たちが俺を見て直立不動になる。
俺は警備隊の士官に近づいた。
「聞きたいことがある」
「はい、伯爵様!」
「ここの牢獄にジョナスという人物が収監されているか?」
「ジョナスと言えば……はい、地下の牢獄に収監されています!」
士官が直立不動のまま答える。
「じゃ、その人のいるところに案内してくれ」
「はい! では、ご案内致します!」
俺は士官の案内に従って、警備隊本部の廊下を歩いた。そして本部の隅まで行き、そこから階段を降りた。
警備隊本部の地下には多数の牢獄が並んでいた。牢獄はどれも暗くて狭い。王都で罪を犯した者は、この中に閉じ込められるわけだ。
士官はランタンを手にして、俺を1番奥の牢獄まで案内してくれた。その中には1人の男性が座っていた。屈強な体の中年男性だ。
中年男性は目を瞑っていた。俺は牢獄に近づいて、鉄格子の向こうの彼を見つめた。
「あんたがジョナスさんか?」
俺が聞くと、中年男性が目を開いて俺を見つめる。
「お前さんは……まさか、その肌の色は……」
中年男性が驚いて、席から立ち上がる。
「俺はレッドだ。あんたがジョナスさんだな?」
「……ああ、そうだ」
屈強な体の中年男性、ジョナスが頷いた。
このジョナスという人物は、『緑色の区画』の農民たちの代表だ。彼は税率の上昇について官吏たちに抗議した挙げ句、『貴族に対する暴言』という罪状で牢獄に閉じ込められたらしい。
「これからあんたを解放する」
俺はそう言ってから、警備隊の士官に目配せした。すると士官は鍵で牢獄の扉を開く。
ジョナスは牢獄から出た後、疑いの眼差しで俺を見つめる。
「……これはどういうことだ? どうしてわしを解放するんだ?」
「簡単に話せば、今日から俺が王都の統治者だ。だからあんたがここにいる理由も無くなった」
俺は腕を組んで話を続けた。
「俺は税率を下げるように調整するつもりだ。それで農民たちの不満もいくらか鎮まるだろう。あんたはこのことを農民たちに伝えてくれ」
ジョナスはしばらく考えてから、ゆっくりと口を開く。
「……若者の中には、お前さんのことを救世主だと噂している連中もいる」
「そうか」
「でもわしは救世主なんか信じない。お前さんに従順するつもりもない」
「それでいいんだ」
俺は軽く頷いた。
「俺も別に救世主を自称するつもりはない。そんな立派な人間ではないしな。俺はあくまでも自分の欲望のままに行動しているだけだ」
俺とジョナスの視線がぶつかった。
「……お前さん、相当な変わり者だな」
ジョナスが微かに笑う。
「分かった。税率を下げてくれれば、『緑色の区画』のみんなもお前さんの統治に反対する理由は無い」
「ああ」
「じゃ、わしはこれで」
ジョナスがその場を去った。頑固な人だが……信頼は出来そうだ。
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それから俺は、しばらく警備隊本部で俺の兵士たちを訓練することにした。
訓練といっても、別に大したことではない。兵士としての基本的な規則を教育するだけだ。しかしこういった『規律の確立』は、強い軍隊を作るためには必須だ。
俺はまず各部隊長たちを会議室に集めて、簡単なことから説明した。軍隊生活の規則、部隊編成の基本、賞罰の基準などなど……。
もちろん俺がいつまでも直接教育するわけにはいかない。警備隊の士官たちに協力してもらう必要がある。
「ジャック」
「はい、伯爵様!」
「お前たちは警備隊のことがあまり好きじゃないだろう。でも今日からみんな俺の部下だ。彼らから基礎を教えてもらって、部隊長としての実力を磨くんだ」
「はい、かしこまりました!」
ジャックが深々と頭を下げる。彼の表情から強い決意を感じる。いや、ジャックだけではない。各部隊長たちはみんないい顔をしている。
「分からないものを勉強して、少しづつ積んでいけば……必ず辿り着ける。そして困難なことがあったら、1人で悩むな。俺に報告し、仲間たちと相談しろ。俺たちは1人ではない」
「はっ!」
部隊長たちが一斉に頭を下げる。
まだまだ未熟で、道が遠いけど……最初はそんなものだ。3年前、寄せ集めの軍隊で挙兵した時も同じだった。どんな壮大な叙事詩も、最初は小さな話から始まるのだ。
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2時間くらい後、俺は警備隊本部を出て宮殿に戻った。
宮殿の玄関を入ると、数人のメイドが掃除をしているのが見えた。『支配者交代』の混乱が収まって、みんな通常の仕事をしているわけだ。
俺が姿を見せると、メイドたちは慌てて頭を下げる。どうやら俺のことが怖いみたいだ。まあ、これは普通のことだ。俺が初めて領主になった時も同じだった。
俺は広い階段を登って2階に上がった。そして廊下を歩いていたら、後ろから誰かが音も無く近づいてきた。
「レッド君」
声に振り向いたら、それはもちろん白猫だった。白猫はいたずらっぽい笑顔を見せる。
「1階と2階の調査が終わったわ」
「そうか。結果はどうだ?」
「なーにも無し」
白猫が首を横に振る。
「こんな広い宮殿だったら、隠し部屋があるのがお決まりでしょう? でも何も無くてつまらないわ」
「一体何を期待していたんだ?」
俺が失笑すると、白猫が真面目な顔で語り出す。
「そりゃ拷問室とか、密会の場所とか、秘密のお宝部屋とか……」
「国王の宮殿に、そんなものがあってたまるか」
俺はもう1度失笑したが、白猫は本当に失望した表情を見せる。
「午後から3階と4階を調査するつもりよ。でもその前に何か食べましょう」
「そうだな」
そう言えば、もう昼ご飯の時間が近い。まだやることはたくさん残っているけど、とにかく何か食べた方が良さそうだ。
「会議室で鳩さんが待っているはずだ。彼女と合流した後ハリス男爵も呼んで、みんなで一緒に食事しよう」
「うん」
俺と白猫一緒に歩いて、会議室に入った。
会議室の中では、鳩さんがテーブルに座って書類の山と戦っていた。財務報告書をまとめているんだろう。
「鳩さん」
俺が呼ぶと、鳩さんが顔を上げる。彼女は……深刻な顔をしている。何かあったんだろうか?
「頭領様」
「どうした? 何かあったのか?」
「それが……」
鳩さんは少し間を置いて、話を始める。
「私は頭領様の指示に従い、財務報告書をまとめていました。ところで、報告書を確認しているうちに……王都の財務状態に異常を発見しました」
「どんな異常だ?」
「それが……王都の資産の残高が……ほとんど残っていません」
鳩さんの言葉に、俺は目を見開いた。




