第33話.これからの成長が楽しみだな
朝の訓練は順調だった。引っ越ししてからたった2日目だが、組織員たちはもう本拠地での生活に慣れつつあった。
「ジョージとリックは、今日の試合に備えて体力を温存しておけ」
「はい!」
ジョージとリックが答えた。今夜、この二人は格闘場で戦う。訓練より休憩が必要だ。
「そう言えば……」
一緒に訓練している組織員たちを見つめながら、レイモンが口を開く。
「ボスの試合は……全部取り消しになったようですね」
「ああ」
「本当に残念です」
昨日のトムのように、レイモンも俺より残念がっていた。
「ボスの戦う姿は……その、何というか……見ていると勇気が湧いてきます」
「……そうか?」
「はい」
俺はレイモンの顔を見つめた。彼はとても真面目な態度だった。
「観客たちの声にも怯まず、己の生き方を世に示すように戦う……そんなボスの姿を見ていると勇気が湧いてきます」
「なるほど」
ただ力に対する憧れだけではなかったわけだ。
「まあ、たった一度の人生だからな」
俺は組織員たちに視線を戻した。
「他のやつらに何を言われようが、俺は俺の生き方を変えるつもりはない。時間が惜しい」
「流石です」
レイモンが感心した顔で頷く。
「その、ボスの目標は何でしょうか。最強の格闘家ですか?」
「まずは『レッドの組織』をこの都市の最強の組織に鍛え上げるつもりだ。その次は……」
「その次は?」
「その次は、その時になったら教えてやる」
俺は微かに笑った。
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午後になり、俺はロベルトの屋敷に向かった。シェラの授業のためだ。
ところで俺が屋敷に近いた時、ちょうど誰かが正門から出てきた。
「レッドさん」
それはロベルトだった。ロベルトは優雅な身のこなしで挨拶してくる。
「娘が待っています。本当にご苦労様です」
「ちょうどよかった。ロベルトさん、少しお話できるかな?」
俺はこの機会を逃さず、ロベルトに話しかけた。
「何事でしょうか」
「トムのことなんだが」
「トム?」
「ああ」
俺は頷いて、説明を続けた。
「あいつを少し鍛錬させてやるつもりだったんだが、どうやらボスの許可なしでは動けないらしい」
「なるほど」
ロベルトも頷いた。
「そういうことならレッドさんにお任せしても問題ないでしょう。トムのことをよろしくお願いいたします」
「ああ」
「じゃ、私はこれで」
ロベルトと別れて、俺は屋敷に入った。
美しい庭園を通って屋敷の裏側に回ると、一人の少女が見える。花も恥じらうほど可愛い少女だが……その娘は拳で砂袋を殴っていた。
「頑張り屋だな」
「……レッド!」
シェラが俺を振り向く。
「約束通り、今日からお前にできるだけ教えてやる」
「うん!」
シェラは明るい顔で俺に近づいた。俺はシェラを見下ろしながら授業を始めた。
「……先日話したけど、俺とお前は体格の差が激しい。だから一般的な攻撃で俺を倒すことは難しい」
「うん、分かっている」
「そこで考えられるのが『関節技』だ」
俺は手を伸ばして、シェラの手を掴んだ。
「ちょ、ちょっと! いきなり何を……」
「じっとしていろ」
掴んだ手を引っ張ると同時に、外側にひねる。
「痛っ!」
シェラが短い悲鳴を上げると、俺は素早く彼女の手を離した。
「このように、人間は関節をひねられると意外と簡単に制圧される。場合によっては直接殴るよりも効果的だ」
「そんなこと、言葉だけで説明してよ!」
シェラが怒った顔で抗議した。
「実際に経験してみるのが一番早く理解できる。つべこべ言うな」
それから俺はシェラに関節技の基本と応用を教え始めた。
「ち、近すぎるよ……」
シェラがまた文句を言った。確かに俺とシェラは互いの体温を感じられるほど近かった。
「仕方ない。関節技はもともと体を密着させて使う技だ。それに戦いの途中、相手と体が密着する場合はいくらでもある」
「それはそうだけど……ずっと密着しているのは……ちょっと恥ずかしい」
「へっ」
俺は思わず笑った。
「お前のようなじゃじゃ馬にも恥ずかしいことがあるのか」
「わ、私だって……」
「つべこべ言うな」
顔が真っ赤になったシェラを無視して、俺は授業を続けた。
「関節技は腕力よりも頭だ。相手の姿勢や行動を考えて、どこをどれほど抑えるか常に計算しなければならない」
「うん」
シェラもこの状況にだんだん慣れてきて、授業に集中した。
本気で教えているとすぐ分かることだけど、シェラは向上心もあるし頭もいい娘だ。基礎訓練もしっかりしているみたいだから、すぐ強くなれるだろう。
「じゃ、今日はここまでだ」
「あの……レッド」
「ん?」
「ありがとう」
「まあ、俺は一応教師だからな」
シェラは何か言いたそうな顔だったが、俺は屋敷の外へと足を運んだ。




