第324話.巡り会い
俺と白猫は酒代を支払ってから酒場を出た。そしてこっそり動いて、酒場の裏側に回り込んだ。すると2階への裏階段が見えた。
「レッド君、音を立てちゃ駄目よ」
「分かっている」
俺は精神を極限まで集中し、音を最小限に抑えて1歩1歩階段を登った。平均的な成人男性の体重を軽く超える俺にとって、これはなかなか難しい作業だ。
やっと階段を登り切ると、そこには頑丈そうな扉がある。
「腕の見せ所ね」
白猫は懐から変装用のヘアピンを取り出して、扉の鍵穴に入れる。そして1分くらいかちゃかちゃとヘアピンを動いて、扉を開ける。
「どう? 有能でしょう?」
「自分で有能とか言うな」
しばらく様子を伺ってから、俺と白猫は扉を潜って酒場の2階に侵入した。
酒場の2階には、まるで宿みたいに部屋が並んでいる。たぶん店主や店員の生活空間なんだろう。あの吟遊詩人もここの部屋を借りているに違いない。
「あの部屋だな」
俺はニヤリとした。部屋を一々調査するまでもない。西端の部屋から歌声が聞こえてくる。吟遊詩人はあの中だ。
白猫が西端の部屋に行って、コンコンと扉をノックする。
「どなたですか?」
部屋の中から男性が言った。やっぱり『美声のルーク』だ。
「あの……私、ルーク先生に会いに来たんですけど」
「私に?」
「はい、先生の大ファンなんです!」
白猫が妖艶な声で言うと、部屋の扉が即座に開かれる。
「おお……これはこれは……」
白猫の美貌を見て、ルークが鼻の下を伸ばす。分かりやすいやつだ。
「この私のファンの方ですね! お目が高い!」
「はい! 先生の歌と話にはいつも感激しています!」
白猫はそう言いながらも、鋭い目つきでルークの部屋の中を確認する。他に人はいない。
「あの、ルーク先生……少し話があります。部屋に入らせて頂いてよろしいですか?」
「どうぞどうぞ!」
ルークはへらへらした顔で頷く。相手が美人だからといって、完全に無警戒とは……こいつはいつ死んでもおかしくないな。
「では、私と弟が失礼します」
白猫が笑顔で言うと、ルークは「え?」と首を傾げる。
「弟……?」
「はい」
廊下の隅に隠れていた俺に、白猫が手招きする。俺は早速ルークに近づいた。
「え? え……?」
いきなり現れた『顔を隠している巨漢』を見て、ルークはその場に凍りついてしまう。
「こ、こちらが……弟、さん……ですか?」
「はい、私の可愛い弟です。では入らせて頂きます」
「ちょ、ちょっと待ってくだ……」
俺と白猫はルークの言葉を無視して、彼の部屋に押し入り……扉を閉めた。これでこのふざけた吟遊詩人は袋の鼠だ。
「実はですね、先生。先生に話があるのは私の弟の方なんです」
白猫が笑顔で言った。
俺はルークに近づいて彼を見下ろした。そして自分のフードと覆面を外して、顔を見せた。
「あ、あ、あ、貴方は……!?」
俺の顔を見て、ルークが驚愕する。俺はニヤリと笑った。
「俺が誰なのか、知っているだろう? 『旧友の仲』さんよ」
「れ、れ、レッド……ロウェイン伯爵……」
「そう、俺がレッドだ」
俺はルークの肩を掴んだ。
「言っておくけど……俺にとってあんたの命を奪うことは、道端の花を摘むことより簡単だ。長生きしたいなら静かにしろ」
「あ……ああ……あう……!」
ルークは口を大きく開いたまま、言葉にならない声を出す。
「では……説明してもらおうか。勝手に俺の旧友を自称している経緯をな」
「も……申し訳ございませぇぇん!」
ルークは床にひれ伏して両手を合わせる。
「もう止めます! もう止めますから……どうか命だけは助けてください!」
「助けてやるかどうかは、あんたの話を聞いてから決める」
俺は冷たく言った。
「話せ。どうして俺の旧友を自称しているんだ?」
「申し訳ございません……売れたくて……つい嘘を……」
ルークは地面の伏したまま話し始める。
「私はしがない吟遊詩人でございます……見習いの時は、天才とか呼ばれたこともありますが……いざ独立したら、全然売れなくて……」
ルークはだんだん涙声になっていく。
「それで『素材探しの旅』に出ましたが……クレイン地方でお金が尽きてしまい、もう希望も失ってしまいました。その時、偶然ロウェイン伯爵様の噂を耳にして……私はこれが最後の機会と思いました」
「俺の噂が最後の機会だと?」
「はい……」
ルークは上半身を起こして、床に座る。そして涙目で俺を見上げる。
「人々は『英雄の出現』を……求めています。戦乱を終わらせて、平和を取り戻してくれる英雄を……。そして私は直感致しました。ロウェイン伯爵様こそが、人々の求める英雄そのものであると……」
「俺はそんな立派な存在じゃないけどな」
俺は苦笑した。
「で、俺を素材にすれば売れると思ったんだな?」
「はい……弟子と別れた私は王都に帰還し、早速ロウェイン伯爵様に関する作品を……」
「ちょ、ちょっと待て」
俺は目を見開いた。
「今弟子と言ったな?」
「は、はい」
「まさか……その弟子っては『タリア』という名の少女か?」
「あ、あれれ……?」
ルークがまた驚愕する。
「ロウェイン伯爵様が……どうして私の弟子をご存知ですか?」
「こいつ……」
俺は全てを思い出した。
俺に雇われた、『吟遊詩人見習い』の少女タリアは……初めて出会った時こう言った。『私は美声のルークの1人弟子ですが、旅の途中、師匠がいきなりいなくなって……』と。
無責任な師匠に見捨てられたタリアは、有り金を全部使って俺のところまで来た。その無責任な師匠が……こいつだったのだ!
「おい、ルーク」
「はい」
「あんた、弟子を見捨てたんだな?」
「はい?」
ルークが目を見開く。
「いいえ、弟子を見捨てるなど滅相もございません! むしろ私の方が見捨てられました!」
「え……?」
「私は所持金をタリアに任せていました。でも私がクレイン地方の酒場で道に迷っていたら、あの子は馬車に乗ってどこかに消えてしまったんです!」
「は?」
「おかげで私は死ぬ思いで物乞いと皿洗い、畜舎掃除などを繰り返して……やっと王都に生還することに成功したんです……信じてください!」
ルークはわんわんと泣き出す。まるで子供みたいだ。ついさっき酒場で公演していた時は、本当に自信満々な姿だったのに。
たぶんタリアとすれ違ったことを、『弟子に見捨てられた』と勘違いしているんだろう。何かルークが可哀想になってきた。
「あんたの事情は分かったから、もう泣くな」
「申し訳ございません……」
ルークは泣き止んで、子犬みたいな顔で俺を見上げる。俺は深くため息をついた。
「で……王都に帰還したあんたは、俺の旧友だと嘘をついて儲かったのか?」
「ロウェイン伯爵様の武勇伝を素材にして、歌や叙事詩を作ってみたら……そこそこ売れて、私は吟遊詩人としてまた活動できるようになりました。本当に女神様のお導きとしか言いようがありませんでした。しかしある日……客の1人に『どうしてあんたがそんな話を知っているんだよ?』と聞かれて、私は咄嗟に嘘をついてしまいました。ロウェイン伯爵様と……その……旧友の仲だと」
ルークは怯えた顔で視線を落とす。俺の怒りが怖いのだ。
「そ、その日からこの酒場に正式に雇われることになって……もう嘘をやめることが出来なくなりました……申し訳ございません……」
「はあ……」
俺はもう1度ため息をついた。
「大体の経緯は分かった。ま、あんたの創作はあんたの自由だ。でも……嘘は良くない」
「はい……」
「今後からは事実を元にして活動しろ」
「かしこまりました」
ルークは安心した顔になる。もう俺の質問は終わったと思っているんだろう。
「残念だけど……もう1つ、大事な質問がある」
「はい?」
「あんたは俺のことをよく知っているみたいだな」
俺はルークの顔を睨みつけた。
「噂を聞いたくらいでは、そこまで詳しく知っているはずがない。俺に関する情報を……どこで聞いた?」
「そ、そ、それは……」
「嘘をついたら容赦しないぞ」
俺の警告に、ルークは全身から冷や汗をかく。
「それは……し、知り合いから聞きました……」
「その知り合いとは誰だ?」
「申し訳ございません! ど、どうかお許しください!」
ルークがまた床にひれ伏す。
「知り合いに罪はありません! 全部私が悪いです! どうかあの人は……許してください!」
「意外と義理堅いな、あんた」
俺はニヤリとした。
「安心しろ。あんたの知り合いが下手な真似をしない限り、殺したりしない。ただ……話を聞きたいだけだ」
「ろ、ロウェイン伯爵様……」
「で、その知り合いとは誰だ?」
ルークはしばらく戸惑ってから、口を開く。
「それは……『ハンナ』という名の……女性です」
「ハンナか」
俺が頷くと、白猫が俺の肩に手を乗せて、小声で耳打ちをする。
「レッド君」
「どうした、白猫?」
「もしかしたら、ハンナという人は……私が知っている人かもしれない」
白猫は目を輝かせてそう言った。
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それから15分くらい後……俺と白猫は『銅色の区画』の西側に位置する、小さな小屋の前に辿り着いた。
「ここがルークの言っていた小屋だな」
ハンナという名の女性は、この小屋に住んでいるらしい。
「私が先に確認してみるわ。レッド君は待っていてね」
白猫は小屋の扉に近づいて、7回ノックする。あれは何かの信号に違いない。
「どなたでしょうか?」
小屋の中から女性の声が聞こえてきた。こちらを警戒している声だ。
「狩人です」
白猫が小声で答えると、女性が「いつですか?」と聞いてきた。
「真夜中です」
「あ……!」
小屋の扉が開かれて、茶髪の女性が姿を現す。
「白猫……!」
「お姉さん!」
茶髪の女性は明るい顔で白猫と抱きしめ合う。2人は互いがまだ生きていることに喜んでいるのだ。
俺が近づくと……白猫は涙に濡れた目で、俺に茶髪の女性を紹介する。
「レッド君、こちらが……我が『夜の狩人』の一員、『鳩』お姉さんだわ」
「お初にお目にかかります、頭領様」
ハンナ……いや、『鳩』さんは優雅な動作で俺にお辞儀した。




