第321話.初めての王都
夜空の下で、俺は周りを確認した。倒れかけた小屋たち、枯れた木々、無秩序に伸びている雑草、そしてゴミ溜め。初めて見る王都の内部の姿は、俺にはどこか懐かしい風景だった。
ここは……王都の『灰色の区画』、つまり貧民街の裏路地に違いない。貧民だった俺には、まるで故郷に戻ったような気持ちだ。
もう真夜中だから、裏路地に人の気配は無い。誰かにすぐ見つかる心配は無いけど……逆に言えば、見回り中の警備隊と遭遇したらまずい。『貴様ら、こんな時間に何をしているんだ!?』と逮捕しようとするだろう。
武力衝突を止めに来た俺が、余計な騒ぎを起こすのは得策ではない。なるべく慎重に動くべきだ。
「レッド君はここら辺で隠れていてね。私が周りを探索してくるわ」
小声でそう言ってから、白猫は音も無く移動して……暗い街の中に消える。俺は近くの小屋の後ろに身を隠した。狭すぎるけど今は仕方ない。
ふと3年前のことが思い出された。あの時、俺は作戦のために娼館に潜入した。今思えば……本当に運が良かった。俺はニヤリとした。
「レッド君」
10分くらい後、白猫が戻ってきた。
「警備隊の見回りがいつもより厳重だわ。でも私にくっついて移動すれば問題無いはずよ」
「分かった」
俺が素直に答えると、白猫が満足気に頷く。
「じゃ、一旦『銅色の区画』まで移動しましょう」
「『銅色の区画』は、商店街のことか」
「よく知っているわね。先生は嬉しいです」
「誰が先生だ」
俺が苦笑すると、白猫も笑顔を見せる。
「今夜は『銅色の区画』の宿で過ごすわよ。偽造通行証も持っているから、しばらくは問題無いはず。警備隊に捕まらなければね」
「ああ」
俺と白猫は早速移動を開始し、貧民街の暗い道を進んだ。
俺はなるべく白猫に密着して音を立てずに歩いた。確かに多数の警備隊が見回りをしているみたいだけど……白猫についていけば問題無い。いつもは軽々しい振る舞いをするけど……白猫は暗殺に関して指折りの専門家だ。
警備隊の移動経路を完全に予測し、彼らの視野に入ることも無く、移動を続ける。白猫のそんな動きには、俺も内心感心した。白猫がその気になれは、俺の城だって突破されるだろう。
「このまま南に進めば『銅色の区画』よ。時間はかかるけど」
白猫が小声で言った。
今俺たちのいる『灰色の区画』は、王都内の北西に位置している。そして目的地の『銅色の区画』は西南に位置している。走ればすぐ到着できる距離だが……今は警備隊を避けて歩いているから、どうしても時間がかかってしまう。
『灰色の区画』は……どこを歩いていても暗くて、みすぼらしい建物ばかりだ。王都は王国最高の都市なのに……ここは俺の育った貧民街とそう変わらない。活気の無い、まさに『灰色の街』だ。
やがて1時間くらい後、前方から微かな光が見えてきた。こんな真夜中にも商売をしている、商店街『銅色の区画』の光だ。
『灰色の区画』と『銅色の区画』の間には小川がある。王都の北から南に流れる巨大な『デイオニア川』から分岐した小川だ。王都の各区画はこのように小川で区切られている。つまり別の区画に移動するためには、橋を渡る必要があるのだ。
『銅色の区画』に渡る橋の上には、2人の警備兵が立っている。俺たちは足を止めてしばらく様子を伺ったが……警備兵たちは動かない。
「まずいわね」
白猫が呟いた。このままずっと待っているわけにもいかない。夜が明けたら更に困難になる。
「泳いで渡るか、または遠回りするしかないわ」
「遠回りしよう。泳ぐのは後処理に困る」
「うん、分かった」
泳いで全身がびしょ濡れになるより、遠回りした方が良さそうだ。俺と白猫は西に向かって、別の橋を探した。
「あっちに」
暗闇の中で、白猫が目を輝かせる。小さくて粗末な橋を発見したのだ。しかも橋の上には誰もいない。
俺たちは息を殺して移動し、橋を渡った。ここからは『銅色の区画』だ。
「『銅色の区画』では、お金さえ払えば何でも手に入るわ」
白猫が笑顔を見せる。
「夜にも通行人がいるし、警備隊の見回りも『灰色の区画』ほど厳重ではない。適当な宿を探しましょう」
「ああ」
なるべく人の気配の無いところを歩いて、俺と白猫は移動を再開した。
『銅色の区画』は、商店街だけにお店でいっぱいだ。まるで『南の都市』のように、区画全体が大きな市場のようだ。建物は綺麗で、道路もしっかり整備されている。『灰色の区画』と比べれば天と地の差だ。
果物屋、パン屋、酒屋、娼館……本当に南の都市みたいだ。時々酔っ払いが警備隊に連行されたり……お金持ちに見える男が娼館から出て、急ぎ足で姿を消したりするところがまったく同じだ。
「南の都市に似ているでしょう?」
白猫もそう言った。俺は笑顔で頷いた。
やがて俺たちは小さな2階建ての宿を見つけた。『銅色の区画』の隅に位置している宿だ。ここなら警備隊に見つかる可能性も低そうだ。
こっそり宿に入ると、椅子に座っている中年の男が見えた。この宿の主だろう。
「いらっしゃいませ」
宿の主が俺たちを注視すると、白猫が1歩前に出る。
「私たち、部屋を1室借りたいんです」
白猫は偽造通行証と銀貨を手に持って、それを見せながら言った。宿の主は銀貨をちらっと見てから、俺の方に視線を移す。
「失礼ですが、お顔を拝見できますでしょうか?」
宿の主が冷たく言った。当然な反応だ。俺は今、覆面とフードで顔を完全に隠している。どう見ても『不審者』なのだ。
「すみません」
白猫が笑顔を見せる。
「私の彼氏、顔に大きな傷がありまして」
白猫は懐から更に数枚の銀貨を取り出し、それを見せる。
宿の主はしばらく考えた後、白猫から銀貨を受け取り、代わりに部屋の鍵を渡す。
「2階の隅の部屋です」
「はい、ありがとうございます」
俺と白猫は階段を登って2階に行き、隅の部屋に入った。
「今日はレッド君と同じベッドで寝るのね。私たちは姉弟だし、問題ないでしょう?」
「ふざけるな」
俺は鼻で笑った。
「俺は床で寝る」
「はい、はい」
白猫がペロッと舌を出す。
---
翌日の朝……俺と白猫は別々に浴槽で体を洗ってから、宿を出た。
朝の『銅色の区画』は……人混みだらけだ。仕事を始める商人たち、木箱を運ぶ労働者たち、食料を買いにきた客たち……数え切れない大勢の人が集まり、朝から走ったり叫んだりしている。少しでも気を抜いたら、この人混みの波に飲まれてしまうだろう。
王都の経済は破綻する寸前だと聞いたのに……ここにはまだ活気がある。
「『中央広場』に向かいましょう。あそこに行けば、暴動に関する情報が見つかるかもしれない」
「ああ」
王都の真ん中には巨大な広場がある。この『中央広場』では、官吏たちが公告を発表したり、市民たちが集まって世論を形成したりするらしい。いろんな噂や情報が流れる場所だと聞いた。
俺と白猫は人混みに紛れて『銅色の区画』の大通りを歩き、東に向かった。警備隊もあまり見当たらないし、問題無く行けそうだ。
「お客さん、いい品物が入りました! ぜひ見ていってください!」
「こちらです! こちらが王都一の店です!」
客を集めるために、商人たちが必死に叫ぶ。かなり商業が発達している。流石王都と言うべきか。
でも……商業が発達しているってことは、その利益を狙っている犯罪組織があるってことだ。この『銅色の区画』の裏にも……あるはずだ。
「レッド君、あっちよ」
白猫が小声で言った。前方の遠くに広い空間が見える。『中央広場』だ。
『銅色の区画』から立派な石橋を渡り、『中央広場』に入る。『中央広場』にも大勢の人がいたが、広すぎて人口密度は高くない。
「何だ、あれは……?」
俺は小さく呟いた。『中央広場』に入るやいなや、奇妙なものが視野に入ってきたのだ。
『中央広場』の真ん中には、大きな塔がある。たぶん公告を発表する時に使う塔だろう。それは別に普通だが……その塔の周りには……絞首刑された遺体が多数ぶら下がっている。その数は……ざっと数えても30を超える。




