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第32話.俺とは違うけど、真面目なやつは嫌いじゃない

 本拠地の2階、一番奥の部屋……それが俺の部屋だ。

 部屋は広くてベッドは柔らかい。しかし俺はなかなか眠れなかった。


「ふ……」


 俺は別に『場所が変わると眠れない人』ではない。だが鼠の爺とアイリンの寝息が聞こえないのは少し寂しい。

 まあ、今生の別れでもないし……時間ができれば会いにいけばいい。俺はそう思って眠りについた。


---


 翌日、俺は朝から『レッドの組織』の一員たちを連れて鍛錬を始めた。

 まずは体力をつけるために走る。港から海岸まで、海岸から街まで、街から港まで……人々の視線を浴びながら走り続ける。

 本拠地に戻ると体を洗って食事を取る。簡単な食事だが量は十分だ。


「さあ、かかってこい」


 少し休憩して、組織員たちと1対1の対決を始める。常に彼らの実力を把握しておきたい。


「さ、流石ボスです……完敗です」

「よくやった、レイモン」


 6回連続の対決が終わると、各々に必要なことを指示する。文字を知らないジョージとゲッリトには勉強を、経験の足りないカールトンにはレイモンとの対決を、体力の足りないエイブには走りを、リックには筋力訓練を指示するわけだ。

 食事、休憩、訓練、勉強、対決……どれも大事だ。細かいことは誠実なレイモンと頭のいいリックに任せてもいいけど……大きな方向は俺が決めなければならない。


「レイモン」

「はい!」

「格闘場に行ってくる。ここは任せた」

「分かりました!」


 俺は本拠地を出て格闘場に向かった。組織員たちの試合の日程を確認するためだ。

 港から大通りに出て15分くらい歩くと格闘場だ。門番が俺の姿を見てすぐ扉を開けてくれる。


「レッドさん!」


 小柄の少年が明るい顔で近づいて来た。ロベルトの組織の下っ端であるトムだ。


「よくぞ来てくださいました!」

「ああ」


 俺は軽く頷いてトムを見つめた。しかし次の瞬間、トムの顔が急に暗くなる。


「その、レッドさん……話は聞きました」

「話?」

「はい。レッドさんの試合、全部取り消しになってしまったと……」

「ああ、そうみたいだな」

「残念です……」


 トムは視線を地面に落とした。


「レッドさんの素晴らしい試合……もっと見たかったのに……本当に残念です」

「ありがとう」


 トムは俺よりも残念がっていた。ありがたい話だ。


「まあ、確かに残念ではあるな。50連勝くらいしたかったのに」


 鼠の爺の30連勝の記録を超えたかった。しかしこうなっては仕方がない。

 そもそも爺は俺に『格闘場で一年以上生き残れ』と言ったけど……俺自身が試合に出れなくなったから『代わりに俺の組織員たちを勝たせる』しかないか。


「レッドさんが最強すぎて挑戦者が無くなるとは……思ってもみませんでした」

「そのうち挑戦してくるやつが現れるかもしれない。その時は応援を頼む」

「はい、任せてください!」


 トムが笑顔で頷く。本当にこいつは……何で犯罪組織の下っ端をやっているんだろう。


「トム」

「はい」

「お前は何故ここで働いているんだ?」


 俺は疑問を素直に聞いてみることにした。


「こういう言い方はあれだけど、お前は裏社会に似合わない人間だと思うが」

「それは……」


 トムは少し戸惑ってから答え始める。


「自分は……ボスに大きな恩があります」

「ロベルトに?」

「はい」


 トムがいとも真面目な顔で頷く。


「自分は生まれた時から体が弱くて……子供の頃はほとんどの時間をベッドの上で過ごしました。いつも優しい姉が傍にいてくれてどうにか耐えてきたんです」

「そうか……」

「しかし……結局自分の薬代のせいで姉が借金を背負うことになりました。それである日、家に強面の男たちが入ってきて……」


 借金取りか。よくある話だな。


「自分と姉は絶望しましたが……その時、偶然近くを通っていたボスが助けてくださいました」

「ロベルトが……」

「数年後、少し元気になった自分はボスに恩返しがしたくて組織に入ろうとしました。ボスは体の弱いやつは要らないと言いましたが……自分はボスの屋敷の前で丸一日頭を下げていました。それでやっと組織に入ることができました」


 そんな事情があったのか。


「自分は未だに弱いです。掃除とか留守番くらいしかできません。でも……いつかは……」


 トムが俺を見上げる。


「いつかは……レッドさんの半分くらいだけでもいいから強くなって……ボスに恩返しして、自分の家族を自分の手で守りたいです」


 なるほど。


「いい心構えだが、それでは駄目だな」

「そ、そうですよね。やっぱり自分では……」

「男なら俺の半分くらいとかじゃなくて、『最強になりたい』と言え」


 俺の言葉にトムが笑う。


「いや、流石にそれは無理です。レッドさんを超えるなど自分では到底無理です」


 俺も笑った。


「……トム」

「はい」

「俺の下で鍛錬してみないか?」


 俺の急な提案に、トムは目を丸くした。

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