第318話.互いの体温
10月28日……俺の軍隊は本格的に『治安維持活動』を開始した。
まず部隊を100人単位で細かく編成して、王都周辺の『外側の村』に派遣する。彼らの任務は盗賊や有害鳥獣から村の人々を守ることだ。
「万が一にでも村の人々を害したら、問答無用で処刑する。全軍にそう伝えておけ」
「はっ」
トムが厳粛な顔で俺を命令を移行する。
王都の周辺には『外側の村』が多数存在する。これらの村は、王都を囲んでいる巨大な『守護の壁』の外に位置しているが……原則として王都の一部だ。つまり王都の主である国王が『外側の村』の治安を維持するべきだけど……今は国王が存在しない。おかげで『外側の村』は『治安の空白地帯』になっているのだ。
実際の話、小規模の盗賊の群れが『外側の村』を略奪した事件がもう10件以上起こった。放っておけばますます治安が不安定になり、人々は不満を抱くだろう。そういった不満は暴動の火種になり得る。
『外側の村』の次は、王都を行き来している『行商人たち』だ。戦乱のせいで、大規模の貿易が難しくなった現在……少数で移動する行商人たちは、王都の経済に大きく貢献している。
行商人たちの安全を守って、王都の経済が破綻することを少しでも遅延させる。そのために俺は軽騎兵隊を編成し、主要道路を巡回させた。
「カレンさんが、部隊を率いて出陣しました」
「そうか」
トムの報告に、俺は頷いた。軍事要塞カルテアの近くに配置された部隊は俺の指揮を受けるけど、遠くに配置された部隊はカレンの指揮を受ける。効率のためにも、俺が全ての部隊に一々指示するわけにはいかないからだ。
やがて『治安維持活動』のための部隊編成及び配置が終わると、俺は執務室でもう1度作戦会議を行った。
「これが現在の部隊配置図だ」
俺と側近たちは、テーブルの上の地図を一緒に眺めた。地図にはチェスの駒が置かれていて、概略的な部隊の配置を表している。
「こうして見ると、本当に広いわね」
地図に視線を固定したまま、シェラが呟いた。
「あんなに頑張って編成したのに……王都地域の3分の1も治めることができないなんて」
「兵力が3000しかいない上に、1000は要塞の守備兵だからな」
俺はニヤリと笑った。
俺の軍隊は、間違いなく王国最強だ。でも数は決して多くない。広大な王都地域の治安を安定させるためには、最低でも7000は必要だ。
「今は3分の1でも構わない。暴動を遅延させることさえできれば」
「でも……こんなに広く配置したら、その……各個撃破されたりしない?」
シェラの指摘に、俺は少し驚いた。正確な見識だったからだ。
「来年の春までの辛抱さ。もうすぐ冬が来るし、公爵たちも来年の春までは動けない」
「またギリギリの勝負だね。もういつものことだけど」
シェラが笑顔を見せる。いや、シェラだけではない。みんな不利な状況での戦いに慣れている。
そもそも俺の軍隊はまさに『新興勢力』だ。新興勢力が既存の強者たちを倒して、新しい秩序を立てようとしているのだ。これまでの戦いも、これからの戦いも……全部『不利な戦い』だ。それでも……みんなの力を合わせて乗り越える。それが俺たちの道だ。
「白猫」
俺はテーブルの向こうに立っている白猫を見つめた。
「諜報はどうなっている? 何か分かったことはあるか?」
「残念だけど、現時点での収穫はないわ」
白猫が首を振る。
「どうやら……『夜の狩人』の情報網に問題があるみたい」
「情報網に?」
「そうよ」
白猫は視線を落として、説明を始める。
「レッド君にはもう話したけど、私たち『夜の狩人』は『戦闘組』と『工作組』に分けられるの。青鼠と黒猫と私が戦闘組で、直接戦闘や暗殺を担当してきた。そして『工作組』は……王国各地に潜入して、情報を集めたり噂を流したりするわ」
みんな白猫の声に耳を傾ける。
「それでね、王都にも『工作組』の1人である『鳩』お姉さんが潜入しているわ。だから私は、王都の情勢を探るために鳩お姉さんに連絡を試みたけど……全然返事が来ない。伝書鳩も、定期の暗号通信も、緊急時の伝言も……何もない」
「それは……」
「うん、鳩お姉さんは……もう死んでいるのかもしれない」
白猫がそう言うと、隣の黒猫が暗い顔で視線を落とす。
諜報は極めて危険な任務だ。優れた諜報部員だとしても、状況によっては命が危なくなる。『夜の狩人』の工作組も、そうやって1人また1人と命を落としたらしい。
「こうなったら……私が直接王都に入るしかない」
「白猫さん……」
「心配しないで、シェラちゃん」
白猫がシェラに向かって笑顔を見せる。
「私だって簡単に死ぬつもりはないわ。ただ、任された任務を完遂したいだけよ。だから……許可出してくれるよね? 頭領様」
白猫が俺の方を見つめると、みんなの視線が俺に集まる。
「……分かった」
少し考えてから、俺は頷いた。
「ただし……任務を完遂しても、あんたを失ったら俺たちの負けだ。そのことを忘れるな」
「はい、はい」
白猫は笑顔で答えた後、黒猫の頭を撫でた。黒猫は……心配そうな顔をしていた。
黒猫は、お姉さんが危険な任務に出る度に心配したはずだ。俺が格闘場の試合に出る度に、アイリンが俺を心配したように。
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作戦会議の後、俺は執務室でしばらく書類仕事をした。
シルヴィアが作成してくれた財務報告書によると、もう大規模の作戦を行えるほどの予算は残っていない。今回の『治安維持活動』が限界だ。
軍事作戦って、毎日毎時間お金をばら撒いているようなものだ。でも今は仕方ない。王国の経済が破綻するのが早いか、戦乱が終わるのが早いか……本当にギリギリでの勝負だ。
ケント伯爵領に連絡して、エミルに追加予算を要求するしかない。俺はそう判断してから、執務室を出た。少し体を動かしたくなった。
主塔から出て東南に行くと、城壁の近くに広い空間がある。カルテア要塞の訓練場だ。数人の兵士たちが訓練場で体を鍛えている。
訓練場の隅の掛け台から木剣を取って、剣術の練習を始めた。精神を集中し、多数の敵に囲まれた状況を想定して……木剣を振るい続ける。
激しく体を動かしていると、雑念が消えていく。全てを忘れて、仮想の敵に集中できる。それで俺の動きはまるで実戦のように鋭くなる。
「レッド」
ふと呼び声が聞こえてきた。俺は仮想の敵から視線を外して、声がした方を振り向いた。
「1人で鍛錬していたの?」
シェラだ。シェラは木剣を手にして、俺に近寄る。
俺は構えを解いて、婚約者を見つめた。
「少し体を動かしたくなってな」
「そうか。私も剣術鍛錬でもしようかな、と」
シェラが恥ずかしそうに笑う。
2年前から、シェラはカレンに剣術を教わっている。カレンの剣術はもう超人の域だし、弟子のシェラも短期間で結構強くなった。まだ1流の戦士とは呼べないけど。
「カレンさんの不在中にも、鍛錬を疎かにするわけにはいかないし」
「いい心構えだな。じゃ……俺と練習してみるか?」
「……レッドとの鍛錬か。本当に久しぶりだね」
シェラが苦笑いする。
「いいわよ。今度こそレッドをぶっ飛ばしてあげる!」
「へっ」
俺とシェラは、互いに向かって木剣を構えた。そして数秒後……2本の木剣が交差する。
「はあっ!」
シェラは素早く動き、俺の手首を狙って剣を振るう。相手の戦闘力を奪う、正確な剣術だ。カレンからちゃんと学んだようだ。
俺はシェラの攻撃を木剣で弾いて、防御に入った。シェラは諦めずに攻撃を続けるが、俺の防御を突破することはできない。
10分、20分、30分……剣を振るい続けたシェラは、結局疲れてしまう。まるで俺が彼女に格闘技を教えていた時と同じく。
「はあ……はあ……」
疲れたシェラはその場に座り込んでしまう。
「少し休むか?」
「うぐぐ……今度こそ1発殴ってやりたかったのに……!」
シェラは悔しい顔で俺を見上げる。
「あんたまた強くなったでしょう!? 本当に反則だよ!」
「へっ」
俺は笑った。
でも……確かに俺の武は、最近更に強くなった。いくつもの戦場を乗り越えたおかげなんだろうか。
俺とシェラは訓練場の長椅子に一緒に座って、一緒に空を見上げた。
「何か懐かしいね、こうしていると」
「そうだな」
俺もシェラも昔のことを思い出していた。俺がまだ小さな組織のボスだった頃を。
昔といっても、たった3年しか経っていないけど……いろんな事件があったせいだろうか。本当に懐かしい気持ちがする。
「あの頃は想像もしていなかったね。まさかこんなところに来て、こんなことをするようになるなんて」
「本当だ」
俺が苦笑すると、シェラがニヤリとする。
「私にこう言ったでしょう? 『俺はこの王国を滅ぼすつもりだ』と』
「だから俺の声を真似するな」
俺とシェラは一緒に笑った。
「でもレッドって、結局この王国を守っているよね」
「王国を守っているわけじゃないさ。俺は……俺が好きなものを守っている」
「そうだね」
少し間を置いてから、シェラがまた口を開く。
「でも……レッドは戦乱を終わらせるために本当に頑張っているのに、まだレッドのことを悪く言う人々がいる。何か理不尽だよね」
「仕方ないさ」
俺は肩をすくめた。
「別に褒められるために戦っているわけでもないし、化け物扱いされるのは慣れている。だから……俺に関する噂や悪名については、お前も気にするな」
「気にしないことができるわけがないじゃん」
シェラが真顔で言った。
「好きな人が悪く言われているんだから、当然気にするわよ」
「……ありがとう」
俺はシェラの頭を撫でた。
「お前を含めて、俺のことを支持してくれる人がたくさんいる。俺に希望を託して、信じてくれる人がたくさんいる。俺にはそれで十分すぎるさ」
「うん……」
シェラが俺の肩に頭を乗せる。俺たちは互いの体温を感じ合った。




